第17話 狩猟と収穫祭②

「大丈夫ですか、エマさん。足、触りますよ。」

「痛い。痛い。痛い。」

右の3本ある足趾そくしの外側がうちに入るように折れ曲がっている。外皮がいひやぶれたり切れたりは、していないことから、脱臼だっきゅうをしているのは確かだが、これが骨折をともなってるかが重要な指針となる。

ヒューマンなら青く腫れ上がり、熱を帯びることが多々たたあるが、鳥の足趾は他の外皮と同じ濃い黄色をしていて、外見から骨折を判断するのは容易ではない。

もし、骨折を伴っていたとすれば、石膏せっこうを使った固定が必要となる。幾ら患者が若いとはいえ、接着不良になり、最悪の場合、時間とともに壊死するケースも考えられる。

(常に最悪を予測し、回避と対処を考えろ。)

僕は自分に言い聞かせ、頭をフル回転させる。

エマの悲痛な声を聞いて、近くで狩猟していた有翼民が集まって来た。

「すいません。誰か太めの枝を持って来て下さい。」

「お、おう。わかった、ちょっと待ってろ。」

「大丈夫です。エマさん。絶対に直しますから。もうちょっと、頑張りましょう。」

エマは、オレンジ色の瞳に涙を浮かべながら、僕の顔を見てコクコクと小さく頷く。

医者がと口にするのは御法度ごはっとだが、自分の首を絞めてでも、エマに安心を与えたかった。

「おぅ、枝を持って来たぞ。これで良いか?」

「ありがとうございます。」

太さは丁度良い。後は長さだ。これでは少し長すぎる。

僕はバックパックからナイフを取り出す。

(クソっ、こんな事ならアイスアックスを持って来るべきだった。)

嘆いていても始まらない。僕はナイフで程良い長さに切り、エマの口に合うように削っていく。

「よし、出来た。」

「すまん、先生、待たせたな。ガムの実、取って来たぞ。」

「ありがとうございます。こっちも準備が出来ました。エマさん、この枝を噛めますか?」

よし、ちょうどいい。

「ジェームスさん、枝を押さえてて下さい。ちゃんと押さえてないと舌噛みますから、気をつけて下さい。アレスさんはエマさんの両翼を押さえて下さい。」

僕は目をつぶり神経を研ぎ澄ます。

(感触と手から伝わる振動で、すべてを把握するんだ。)

エマの右足趾に手をかける。

「んふぅー、ゔぅー、ふぅふぅ。」

痛みでエマの顔がゆがむ。

「大丈夫。大きく息を吸って、そう、いいよ、頑張ってる。はい、吐いて、そうだ、頑張れ。」

折れ曲がった足趾を、もとの位置にゆっくりと戻していく。

(有翼民の足趾の靭帯はこんなに強靭なのか。)

グググっと、足趾を握る右手に力が入る。

「ん〜、んぅ〜ん〜、ふぅ〜ん。」

エマの右足は痛みから力が入り、グゥーっと曲げられた正常な足趾が、僕の手首に絡まり、爪が刺ささる。

「先生!血が出てるぞ。」

「アレスさん、そのまま。僕は大丈夫ですから。本当に辛いのはエマさんですから。」

僕は更に右手に力を加える。爪は食い込んでくる。ただ不思議と痛みは感じない。

(ここからが重要なんだ。骨が元の位置に収まり、伸びきった靭帯が収縮する、その一瞬。骨の動き、骨の振動を感じろ)

僕は、目を瞑りながら、右手に全神経を集中させる。

ゆっくり、ゆっくりと元の位置に戻していく。もう少し、あと少し。

グリッと骨が靭帯じんたいに引っ張られ、関節にピタッと収まる。

突っ張っていた靭帯が元に戻り、苦悶くもんの表情をしていたエマの顔が、少し和らぐ。

「よし!やったな、先生。」

アレスの歓喜に、みんなホッと肩を撫で下ろす。しかし、僕はミシッと、骨が戻る時に軋んだ音がしたのを感じとっていた。

「まだ、動かないで!」

皆ピタッと静止する。

ガムの実を咀嚼し、ビヨーンと粘着質の物体を口から引っ張り出すと、包帯の様に曲がっていた足趾に巻いていく。

ガムの実が、石のように固まったのを確認すると、また実を咀嚼し、伸びた粘着質の物体を巻いていく。

最後の方で、歩きにくくならないように、足の底を出来るだけたいらに整形し、念のため包帯を巻いておく。

「よし、もう大丈夫です。ちょっと歩き難いけど、数週間はこのままかな。それにしても、良く頑張ったね。偉いぞ。」

僕はエマに近づき、頭を左手クシャクシャっと撫でる。

涙で目が腫れて、キリッとしていた顔は、くちゃくちゃだ。

「ぁりがとぅ。」

「どういたしまして。」

僕は大きく背伸びをして、深呼吸をした。

(有翼民って足が強いんだな。それにしても、手首、痛いなぁ)

僕は右手の固まった血液を湖畔の水で洗い流した。

「パパ、ごめんね。私ので」

「いいんだ。エマが無事なら」

親子はと抱き合う。

それを見届けると、駆け付けていた有翼民は、また狩猟に戻って行った。

アレスが親子に歩み寄る。

「ジェームス、後でに来い。残ってるミンクを持ってけ。なに、気にすんな。みんな奉納が増えた事くらい知ったる。咎める者なんて、いないさ。」

「アレス、すまない。」

深く頭を下げるジェームスを見て、僕は昨日のエレンさんの言葉が脳裏に蘇る。

"与える側がどう思ってようと優劣がついてしまうわ"


「ジェームスさん、僕とペアを組みませんか?」

「先生、そりゃ無茶だ。さっきも話したけど、ジェームスは誘導役なんだ。」

「ありがとう、ルーベン君。君の申し出は有難いが、僕は仕留める方はからっきしでね。」

ジェームスさんは悔しさを押し殺すようにして、冷静に話していた。

「えぇ、だから僕が仕留め役をやります。別にあわれみとかで話してるのではありません。」

「翼の無い君に、仕留め役が務まる訳がないだろ!・・・すまない。気が立って君の優しさを踏みにじるところだったよ。」

「優しさ?何を言ってるのですか。僕は交渉してるのです。アレスさんが"右に出るものはいない"と認めた誘導役に。それとも、もう誘導にも自信がないですか。」

ジェームスは歯を食いしばり、どうにか憤りを鎮めようとしていた。

「手前に二つ、奥に一つ。この岸辺には、僕が見る限り3つのミンクの住処があります。ジェームスさんなら、どうアプローチしますか。」

「奥、一択だ。ミンクは用心深い、先程の騒ぎで手前は夜まで出て来ない。狙うなら奥だ。少し先まで誘導すると、木々の間隔が広がり開けてくる。隠れるには都合の良い茂みもある。」

「分かりました。では、僕は先に行って準備するので。ジェームスさん、逃げないで下さいね。」

僕はバックパックを担ぎ移動する。

「先生。大丈夫かよ。狩をした事あるのか。」

「アレスさん、僕は医者ですよ。狩なんてした事が無いに決まってるじゃないですか。でも、このままでは、あの親子は一生誰かにすがらないと生きていけなくなりますよ。」

アレスは真剣な顔つきになり、良さそうな茂みを選ぶと、ムクロジの木の実をつけた針葉樹の枝を地面に刺した。

「この棒は此処から狙うというのを誘導役に知らせるためのものだ。先生は方向音痴じゃないよな。」

「えぇ。特に開拓者になってからは、方角は命に直結しますから、気にはかけてました。」

「なら話は早い。誘導役は方角を八つに別けて誘導先を知らせる。日が登る方向がシン、そこから右にソンカンゴンコンケンダンリン。八卦といって、まぁ、これだけ覚えれば先生なら何とかなる。先生、ありがとな、頼みます。」

「あまり自信はないですが、やれるだけのことは、やってみます。」








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