有翼民の伝統文化

第16話 狩猟と収穫祭①

有翼民の朝は早い。何処から察知さっちするのか、日差しが差し込む前に目を覚ます。

しかし、なかなか起きないのが特徴だ。

最初は戸惑っていたが、3日目には身体が慣れ、エレンさんとレアンの内羽根に背を預け、アレスのつかみどころのない会話に家族総出で花を咲かせる。


今日も右往左往する話の断片から有力な情報を抜き取る。

まず、今日はミンクの狩猟が許された日だとゆうこと。そして、昨日、友釣りで魚を釣った訳だが、収穫祭の奉納には魚はダメで、ミンクが必要だという事。

収穫祭まで2週間を切ってるという事だ、我がアレス家は、奉納に必要なノルマはクリアしているとの事だが、今年は例年にも増して働き手が不足し、ピチカ地区としては、まだ集めきれてない家も多いらしい。

僕達は不足している家族のバックアップと冬籠ふゆごもりの準備も兼ねて、狩猟には紛糾ふんきゅうしないといけないみたいだ。


朝食を食べ終え、僕はレアンの診療を始める。

「うん、心配してた感染症もなさそうだし、化膿も無し、明日には飛んでも大丈夫そうだね。」

「やった〜」

レアンに釘を指す。

「完全に傷口が塞がったわけじゃないんだから、無茶しちゃダメだよ。」

「わかってるって。先生。」

「こら、ダメですよ。先生のいうことをちゃんと聞かないと。」

「そうだぞ。」

「はーい。」

レアンは、しょぼくれた返事をする。

「それより、レアンは今日どうするの。」

レアンの機嫌が悪くなりそうだと察した僕は、あえて診察とは異なる話題をだす。

「本当は、飛べたらパパを手伝おうと思ってたんだけどね。」

「また、そんなこと言って。今日は私と一緒にクロブの蕾を摘みに行くの。」

「わかってるよ。」

悪気があった訳ではないが、火に油を注いでしまったようだ。

「俺はもちろん狩猟だけど、先生はどうする。」

「僕も良ければアレスさんに同行させて貰えませんか?ミンクの特徴が分かれば、何か、お役に立てるかもしれませんし。」

「おう。お安い御用だ。先生。」

僕はアレスの足に捕まり飛び立つ。

排水用河川から北東。東側に位置し、ホーク地区へと流れる生活河川の上流へと進む。

どうやら、ミンクの住処は湖畔林こはんりんのようだ。

蛇行だこうする生活河川を抜け、岩山から流れ落ちる渓畔林けいはんりんとぶつかる、扇状に盛り上がった湖畔林に降り立つ。

秋の湖畔林は、ムクロジの落葉針葉樹が燃えるような赤や黄に染まり、ハラハラと葉が風に遊ばれながら落ちていく。

渓流から勢いよく流れた水は、この湖畔で一時の休憩をとる様に、ゆっくりと時を忘れたかのように鎮まり出す。

湖畔には、チロチロと何処からともなく流れ出る水の音と、サラサラと葉をもて遊ぶ風の音色が木霊こだましていた。

バサバサとピチカの有翼民達が湖畔に降り立つと、あれやこれやとアレスは翼で指し示し、配置を決めていく。

出来るだけ、ノルマが足りてないものには岸辺に近いところを優遇していた。

「アレス、今日は、お前が岸辺の番だろ。良いのか、この配置で。」

「あぁ、良いんだ。それより、ジェームス。娘さんか、大きくなったな!」

「娘のエマだ。今年は奉納ほうのうが増えたからな。は男手が少なくて、あまり乗り気では無いが、背に腹はかえられ無いからな。でも、流石にこの前も譲って貰ってるから、、、」

「そんな事、気にすんなぁ。こちらの先生はなんと、魚を取ることが出来るんだ。」

僕はキョトンとし、頭を下げた。

「そりゃ凄いな、アレス以外で魚を取れる奴がいるとはな!すまない、ジェームスだ。こちらは娘のエマ。」

ジェームスさんは紫を基調とした寒色系の艶やかな風切羽根の右翼を、僕の目の前に差し出した。

「はじめまして。アレスさんのところで厄介になっている、医師のルーベンと申します。」

僕は差し出された翼を右手で握る。その後、エマにも右手を差し出すが、ツンっとそっぽを向かれ、僕は右手を引っ込めた。

レアンくらいの歳だろうか、柿のような赤みがかったオレンジ色の瞳に、色素の薄い黄土色の髪の毛をしていた。風切羽根は黄土色とグレーのどちらかと言えば暖色系に近い色合いだが、顔は童顔だが、父親譲りで顔立ちら整っていた。

ムスッとした顔が、やけに似合っていた。

「すまないね。ルーベン君。エマも今日が初めての狩猟だから、緊張しててね。」

困ったジェームスを察して、アレスは早めに切り上げ、自分の持ち場に向かう。

「すまんな、先生。気を悪くしないで欲しい。本当だったら、今頃、ジェームスが俺に代わって現場を指揮してたはずなんだ。」

「スランプですか?」

「いや、ミンクの狩猟ってのは2人1組で行うのが基本なんだ。一人が巣穴に戻るミンクを誘導し、草陰に隠れていた、もう一人が仕留める。ジェームスにはレアンくらいの息子がいてな、息ぴったりで、それこそ負けなしだったんだ。俺も半年前まではジェームスに狩猟長の座を譲るつもりで話を進めてたんだ。」

「お亡くなりになったのですか?」

「いいや。氏子うじこに選ばれて出家しゅっけしたんだ。」

「でも、アレスさんが認めるほど実力があるなら、一人でも十分にやれるんじゃ。」

「いや、難しいんだ。獲物を一人で捕まえようとすると、一発で仕留めるために急速に地面に降りる、直滑降って技が必要になる。ジェームスは体格的に無理なんだ。」

確かに言われてみれば、ジェームスさんは小柄なヒューマンの僕と大差なかった。今思えば、娘さんとも、ほとんど体格差はなかったように思える。

「ジェームスは誘導が非常に上手かったんだ。仕留めるのは、いつも息子がやってた。」

「そうだったんですね・・・。でも、アレスさんは体格に恵まれてたとはいえ、一人で捕まえようなんて、凄かったんですね。」

「確かに、レアンが居てくれたら、どんなに楽かと思ったことはある。我が子ながら、動きは素早いし素質はある方だとも思う。でも、まだ結婚もしてない年端も行かない女の子だ。俺の大事な大事な娘だ。枝葉で切れて

傷だらけになる姿は見たくない。その一心の思いで技を編み出したんだ。あいつだってどうにかしたいと悩み抜いた挙句の決断だったのだろうよ。」

今日はどうも、話の切り返しがうまく行かない。優しくフォローするつもりが、返って誰かを傷つけてしまう。


「ルーベン君、すまない。」

「どうした、ジェームス。そんな、血相を変えて?」

「アレ、アレス。娘が怪我してだな。指がこうなって。ルーベン君は医者だよね。」

「ジェームス、落ち着けよ。何言ってるか、まるでわからん。」

ただならぬジェームスさんの形相。

「アレスさん!急いで、エマさんのところに向かいましょう。」

僕はアレスの足に捕まり、岸辺を目指す。

「エマさん、大丈夫ですか?」

「先生。こりゃマズイ。指が、ひん曲がってる。」

「大丈夫です。僕が何とかします。2人はガムの実を10個くらい、取って来てください。」

「なんとかって、ルーベン君。ガムの実なんて、どうするんだい?」

「説明してる暇はありません。急いで!」

「大丈夫だ。先生が言うだから間違い無い。俺は向こう探す。ジェームス、お前はあっちだ。」

大丈夫と啖呵たんかは切ったものの、鳥の足趾そくしなんて未経験だ。本当に僕に治せるのか。

目の前には、エマが苦悶の表情を浮かべている。

(自分が弱気でどうする!)

「僕は医者です。任せてください。」

僕は笑顔を作り、バックパックを下ろした。





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