第15話 礼拝堂と氏子③

エレンさんは僕に教えてくれた。氏神うじがみ氏子うじこについて、有翼民が信仰する神という存在についての物語。

それは、まるで、寝る前に母が子に読み聞かせるような、何処どこか懐かしい架空の物語。



むかし、むかし、

まだ、空が遠くにあった頃の話

神様達は仲睦まじく、暮らしていました。

特に風の兄妹は仲が良く、何をするにも一緒でした。

食事も、寝るのも、お風呂に入るのも、いつも2人は翼をからめ、ひと時も離れずに暮らしていました。

兄が風で、暗い夜空に土や水を運ぶと、妹は太陽を動かし朝を作りました。

兄が太陽を吹き飛ばし、月を運び入れると、妹は無数の星々を運び込みました。

兄妹は風を使って土を盛り、水を流し、踊るように天地を創造しました。

やがて、二人は愛をはぐくみ、みずからが作った楽園に、命の種をきました。

緑色に染まった草木に、色とりどりの花々。世界は二人を祝福する様に風になびきました。

世界に祝福され、2人は子を産み落としました。2人の愛の結晶は世界に祝福されながら繁栄を許されたのでした。


「ん?これだと、妹は風の女神"サウナ"の原型なのは分かるんですが、兄が氏神で愛の結晶は氏子という事ですか。」

「さすが先生。と言いたいところですけど、半分正解ですね。愛の結晶は私達の事で、話しには続きがあるんです。」

エレンさんは、ゆっくりと話し出す。


幸せは長くは続きません。

子供の面倒を見ず、自分達、2人だけで好き勝手に楽しく過ごす2人を見た神々は、天と地を二つに引き裂き、兄を地に、妹を天に閉じ込めました。

一年間、逢うことを禁じた神々は、掟を破らないか、天と地の間に見張りをつけました。


逢えない日々が何日も続きます。

悪戯好きの水の神が妹に近づくと、天から兄を案じていた妹に、兄が水の精と恋に落ちたのだと知らせたのです。

妹は居ても立っても居られなず、真意しんいを確かめる為、天にカーテンがかかる晩の日、見張りの目をくぐり、地に降り立ち、水の精に化けて兄に近づきました。

しかし、長年連れ添った妹に兄が気付かない訳が無かったのです。本当は、兄は妹を一番に思っていたのですた。

妹は、水の神を信じ、兄を信じきれなかった自分を恥じました。

掟を破った2人は神々の逆鱗に触れ、一生離れ離れとなってしまいます。

兄は別れ際に永遠の愛を誓いました。

「私の信頼できる子が天にされる時、花束をたくそう。君は天からそれを受け取って、私の愛を確かめてほしい。そして、また、天にカーテンがかかる日があれば、水の精に化けて逢いに来て欲しい。」


エレンさんは話し終わるとスッと立ち上がる。

「ここまでが、昔から伝わる言い伝えよ。氏子は私達の中から、氏神様に選ばれた人だと教えられています。先生はどうお考えですか。」

「言い伝えに沿って、何らかの理由で氏子が定められているのは確かなようですね。ただ、よく出来た話だけど、取ってつけた違和感が全くないとも言い切れません。それに、この言い伝えと、奉納への義務づけには、あまり繋がる点が無いと思いますが。」

「一応、氏子は神に選ばれた者だから、不用意に殺生せっしょうしてはいけないという掟があるわ。選ばれた者でも、掟を破れば花束はしおれ、風の女神が悲しむと、冬籠りが長くなると言われているのよ。」

エレンさんの口振りからして、他にも話の派生はせいや、それに応じた宗教的な思想や掟があるのだろう。

しかし、基本ベースは、この話で間違いない。入浴の作法も、この話に関連する箇所がいくつかある。

それでも、僕は、何かに落ちなかった。


「あら先生、棒がグィって。」

僕はエレンさんの穏やか声にハッとし、竿を思いっきり引く。

アレスの取った岩鮎に続いて、えらに錨型の針が刺さった岩鮎を釣り上げる。

「わぁー、先生。凄い!凄い!」

エレンさんが子供のように。童心に帰ったように、瑠璃色の瞳をキラキラさせながら、ショートカットの髪をなびかせる。

「どうしたの、ママ?」

レアンが翼で寝ぼけまなこまぶたこすりながら、のっそりと起きてくる。

「先生がね!先生がね!魚を捕まえたのよ〜。」

「え〜、凄い!どうやったの。」

レアンの細かった目は、一瞬でパッチリと開眼する。

そこに、アレスが帰って来た。

「ほら、魚、追加で2匹だ!なんだ、まだ食べてなかったのか。」

「パパ、パパ、先生がね。魚を取ったんだって。」

レアンの声に合わせるように竿がしなる。

僕は落ち着いて、今日2匹目の岩鮎を釣り上げた。

「ねっ。私の言った通りでしょ。」

目を丸くするアレスとレアンに、エレンさんは、"私が取ったのよ"と言わんばかりの態度で

、大人気なく踏ん反り返る。

「もう、ママが取ったんじゃないんだから。」

と娘にツッコミを入れられ、頬を赤くして照れていた。

真剣な顔で話てたと思ったら、直ぐに母親の優しい顔になって、笑顔に囲まれて、笑顔を振り撒いて。

そんな輪の中に、見ず知らずの僕を迎え入れてくれた。

昨日、今日で知り合ったばかりの人を母に類似させることは、とても可笑しな事だ。あり得ない事だと思う。

それでも、僕はこの人が母であって欲しいと願ってしまう。

死んだ母に似つかない容姿だが、あの真剣な眼差しと、優しい笑顔を見せられてしまうと、どうしても、懐かしき母の面影を重ねてしまう。

それ程までに、母の愛情というものは偉大だという事なのだろう。

ただ、ヒューマンの自分の心も開いてしまうことができる、エレンという有翼民の一人の女性は、母性とかでは説明出来ないほど、とても魅力的な人だった。








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