第13話 礼拝堂と氏子①

有翼民の朝は早い。目覚めが早いと言った方が、わかりやすいか。有翼民は目が覚めてから起きるまでが異様に長い。

モゾモゾと身体を動かしながら、今日は何をする?から始まり、朝食はどうする?昼食はどうする?昨日あった事は?など、その都度にあーだの、こーだの言って、話が右往左往した挙句

「さぁ、飯にしよう。」

とアレスが声をかけて、やっと起き出す。


曖昧な情報から、とりあえず、今日は礼拝堂に行って祈りを済まし、昼にはアレスは魚取り、エレンさんとレアンは、森に木の実を取りに行くという事がわかった。

もしかすると、有翼民の食料事情は思いの外、切迫しているのかもしれない。


僕は昨日と同じように顔を洗い、朝食を食べ、レアンの傷口の診察をしていた。

昨日の洗礼の儀で、みき酒がかかっていたから、心配はしていたが、僕の心配とは裏腹に着実に完治に向けて修復していた。

「治りが早いね。これなら、思ってたより早く飛べるようになるかもね。」

「ホント!やった。明日?」

「流石に、明日は無理かな。」

僕の苦笑いに、皆クスクスと笑った。


レアンに無理はさせられないので、徒歩で移動を開始する。

礼拝堂はクロウ地区に存在するが、徒歩でも、さほど時間はかからないらしい。ただ、問題は生活河川を越えなければならないとの事。

下流から回れば流れは穏やかになるが、それなりに深さがあり、幅も広くなる。

冷え込みが始まる、翼が長時間も濡れるのは、羽根の生え変わりに影響が出る可能性があるため、あまり良くないのだそうだ。

とりあえず、手で支えられる僕が抱える形で運ぶ事となった。

僕はズボンを、レアンを背負う。

両手でレアンをしっかりと掴み、川を渡る。

アレスは僕のバックパックを脚に引っ掛け、バサバサと羽ばたいている。

エレンさんは「いいわねー。」と茶化しながら着いてきた。

たくし上げた甲斐もなく、ズボンはびちゃびちゃに濡れて、渡り終わる頃には寒さで体が震えてた。

「ありがと、先生。でも、大丈夫?」

出来るだけ笑顔を作り、僕の顔を覗き込む彼女に、見栄を張る。

生活河川を川上へ登り、森を左へ迂回うかいする様に進むと、すぐに礼拝堂が見えてきた。

「今日はいつもにも増して多いな。」

アレスがいう様に、すでに礼拝堂には長蛇ちょうだの列が出来ていた。

「時間、かかりそうですか?」

「そうねぇ。この調子だと、だいぶかかるわねぇ。」

エレンは困った顔で答える。

「ちょっと、僕、服を乾かしたいので、席を外しても大丈夫ですか。」

「いいよ、先生の席は私が取っといてあげる。」

レアンに「ありがとう!」と声をかけ、生活河川の方へと走った。


小一時間経って戻ると、列ははけていた。

(やっば!遅刻だ。)

僕は急ぎ足で礼拝堂に向かった。

礼拝堂は岩山の小さな裂け目を潜った先にある。岩山の外壁には何処からともなく蔦が生え、蔦からは白い花が花弁を開かせている。

(これは、曼荼羅花まんだらげじゃないか!)

僕は急ぐ足を止め、白い花に手を伸ばす。

「それに触れては、いけません!」

僕は体が硬直し、顔だけ声のする方に向ける。長い黒髪に漆黒の瞳、グレー混じりの濃い茶褐色の風切羽。

「リリさん、すいません。この花が、僕の知ってる曼荼羅花まんだらげの花に似ていた物で、少し観察を。」

「ルーベンさんでしたか。大声を出して、すいません。でも、この白顔びゃくがんの花は、この聖堂を守る大切な物です。無闇に触るのはご遠慮ください。」

そう言って、深々と頭を下げると、案内をかって出てくれた。

最初、入り口の手前にある手水舎ちょうずやで手を洗う。手水舎は岩の中心をくり抜いた、大きなバケツの様な見た目で、中からは絶えず、水が流れていた。

礼拝堂の中は思っていたより殺風景で、ステンドグラスや十字架なんて物はなく、光苔ひかりごけで光量を確保しているものの薄暗い。

だだっ広い空間に、鳥の羽根で織られた、座布団ほどの大きさのラグが、無数に置いてある。有翼の民達は、そのラグに着座しながら、今か今かと待っていた。

リリは、アレスはと呼んでいたが、僕としては、集会所に近い感じがする。

皆、同じ方向を見て着座しているが、雑談している者も多く、あまりおごそかな感じはしない。

僕はリリに案内され、ざわざわとごった返す礼拝堂内を、縫う様に進む。

「先生。こっちこっち。」

僕に気づいたレアンが右翼を振る。

「遅くなって、すいません。」

「あぁ、先生、すまんな。思ってたより進みが早くて、席が無くなって昼の部に回されたら困るんで、先に中に入っちまった。」

「いえ、構いません。それより、席とってくれて、ありがとうございます。リリさんも、ここまで、ありがとうございました。」

僕はリリに向き直り、頭を下げた。

「気にしないで下さい。氏子うじこですから。それより、そろそろ、礼拝が始まります。着座をお願いします。」

(そういえば、昨日、村長が氏子うじこがどうのって言ってたな)

僕は氏子うじこが気にかかったが、ここは、リリに言われた通り、レアンの隣りに着座した。

「ルーベンさん。もう少し詰めて頂いても、よろしいですか。」

僕はレアンに身を寄せる。

リリは何処からともなくラグを出し、長い黒髪を茶褐色の両翼でかき上げ、髪を整えると、僕の隣りに着座した。

黒いまなこと背筋を伸ばし着座する姿が、とてもりんとしていた。

「リリさんもお祈りするんですね。」

「私は氏子うじこですので、お祈りは致しません。祈りを氏神様うじがみさまに届けるのが、つとめですので。」

なかなか奥が深く、理解が追いつかない。

「すいません、氏子うじこについて、理解がないもので。お風呂の時も、場を仕切っていたりしてましたが、氏子について、少し教えては頂けないでしょうか?」

「氏子が氏子を語るのは、ご法度はっとですので。」

僕は丁重に断られた。

「いつまで話してるの。先生、お祈りが始まるよ。」

体を擦り寄せ、声をかけるレアンの顔は、むくれていた。





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