第14話 礼拝堂と氏子②
村長がやってきて、場を仕切ると、礼拝堂は静まり返る。
前から順に祈りを
「
「氏神様、最近、肩が痛くて挙げられん、どうにかならないものか。」
そんな祈りの多さに、"ここは病院の待合室かよ!"とツッコミを入れたくなる。
「うじがみさま、きのう、ままとのおやくそくをやぶってしまいました。」
何と可愛らしい
「氏神様、最近、狩猟が
アレスの今までにない
本当に悩んでいるのだろう。
僕の考えは当たっていた。医学を学ぶ為、父と諸国を見てまわったが、比較的、狩猟に重きを置く部族には、
有翼民には自然の
それでも、
しかし、今の
まず、情報を整理する。一番の食糧難が予測されるのは、冬籠り。有翼民の冬がいつからかは、わからないが、ほとんど
すると、ニヶ月後、早くても一ヵ月後と考えるのが妥当なところ。
ベニイモを
山菜や木の実の採取はどうだろうか。しかし、これも難しい。アレスの足に捕まり空から見下ろした有翼民の村は岩だらけで、ホーク地区には水田があるものの、ピチカには田畑どころか山林すら乏しい。
後は外交だ。レオやフレディが間に入り、現地人と物々交換を行う。問題は果たして、この村に交換に使えるカードがあるかという事。
自ら提案を出しては引っ込めてを繰り返す。
「先生、先生。どうしたんの。ボーっとして。礼拝は終わったよ。」
レアンの声に我に帰る。
「では、私は失礼します。」
リリは立ち上がり、きれいに、頭を下げると去っていった。
「いやー、今日は長かったな。腹へった。帰り
さっきの
「パパ、それいいね。先生も早く行こう。」
「あぁ、ちょっと待って。こっちに橋を作って置いたんだ。」
僕は駆け足で追いつき、皆を誘導する。
「なんだ、端って?」
「橋ですよ。アレスさん。生活河川の上流は、流れは早いですが幅は短い。岩と岩の間に丸太を通して渡れるようにしたんです。まぁ、即席ですけどね。」
枝葉のついた倒れた丸太を橋というのはどうかとも思うが、水を
レアンは意外にも初めてのものには臆病なようで、僕の手に翼を差し出して、恐る恐る渡った。
アレスは必要もないのに、「凄いな!」と羽根を、バタバタと羽ばたかせ、はしゃぎながら渡った。
もちろん、エレンさんは微笑みながら、橋は使わずに、飛んで渡った。
「じゃあ、俺は魚取ってくるから、みんなは待っててくれ。」
そう言うと、アレスは勇ましく飛びたった。
僕は火を
「へぇ〜。これが火なのね。レアンが言ってた通り、暖かいわね。」
川の水音、風に踊る木の葉、エレンさんの優しい声、パチパチと火は音を立てて燃え、冷たい風にも負けない温かい陽気。
何と優雅な昼下がりだろう。
さっきまでお腹すいたと言っていたレアンはうたた寝を始めている。
「とりあえず、3匹は取ったぞ。先に食べててくれ。」
アレスが有無を言わさず、魚をどさりと投げると、また川下の方へと飛んでいった。
レアンは起きる気配がない。
「先生、もう少し待ちましょうか。みんなで食べた方が美味しいですし。」
「そうですね。」
この家族に出会って、本当に食事が楽しいと思うようになった。
広いテーブルに堅苦しいマナー、開拓者になっても、食事は生きる為に必要な作業として、とりあえず詰め込んでいた。
僕は先程、形を整えた細長い枝に治療用の糸と細工を加えた
アレスの取ってきた魚の鼻に細い針で穴をあけ、糸を通し解けないように結ぶ。結んだ糸から更に糸を垂らし、錨型の針をつけ、魚を川へ放った。
「先生、
「大丈夫です。これは
「はぁー、そうなんですね。びっくりしました。」
「すいません、驚かせて。でも、収穫祭までに出来る事がしたいんです。」
エレンさんは優しく微笑み、釣りをする僕の横に腰掛ける。
「先生は頑張り屋さんですね。私は努力する人は大好きですよ。」
覗き込むように見る
「でもね、先生。そんなに単純でも無いの。」
「食糧不足がですか?」
「そう、問題は山積みよ。ミンクの自給率が下がってる。これは、その年によって変動することだから仕方がないわ。ただ、それを
「要するに、自分たちだけ裕福になっても意味ないと。」
「そうよ。分け与えたとして、今年はそれで良いかもしれない。けど、来年、再来年と続けば、与える側がどう思ってようと優劣がついてしまうわ。」
「最低限、各家庭で生き残る程度の食糧を蓄えなければならないという事ですね。」
「それだけでは無いわ。
エレンさんは、おっとりした口調とは裏腹に確信を突く言葉を発っしていく。
僕は履き違えた考えをしていた。冬籠りまでに食糧不足を解消すれば、僕達家族は冬を越すことができ、春になれば、いくらでも立て直せると思っていた。
しかし、この人達はもっと先を見据えている。ピチカ地区全体の食糧自給率の底上げと、奉納に対しての改革。
自分たちだけが良ければいいという訳では無い、だから問題が山積みなのだ。
食糧自給率の底上げには方法がなくは無い。問題は奉納だ。
「エレンさん、氏神について教えてくれませんか?氏子とは、なんなのか。僕には、その知識が足りない。僕も家族の一員として同じ悩みを共有したいんです。嬉しい事も、
エレンさんは両翼でギュッと僕を包み込む。
「もちろん、先生は私達の愛おしい家族ですよ。」
(ダメだな。この人の前だと、心が正直になってしまう。ぽっかり空いた心の隙間を
痛くも無いのに、辛くも無いのに、苦しくも、悲しくもないのに、僕から一筋の涙が垂れた。
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