第14話 礼拝堂と氏子②

村長がやってきて、場を仕切ると、礼拝堂は静まり返る。

前から順に祈りをささげていく訳だが、祈りというか、望みというか、願いというか。

氏神うじがみ様、どうか腰の痛みを治して下さい。」

「氏神様、最近、肩が痛くて挙げられん、どうにかならないものか。」

そんな祈りの多さに、"ここは病院の待合室かよ!"とツッコミを入れたくなる。

「うじがみさま、きのう、とのおやくそくをやぶってしまいました。」

何と可愛らしい懺悔ざんげだこと。

とみくじで一攫千金とか、馬比うまくらべで大穴を当てたいとか、ヒューマンなら4人に1人は居そうなものだが、有翼民にとって富や名声とは無縁のようだ。

「氏神様、最近、狩猟がかんばしくありません。このままでは、収穫祭までに一定量の食材を集めるだけでなく、冬籠ふゆごもりに困窮こんきゅうする家族が出るやもしれなません。どうか、慈悲深き、お恵みを与え下さい。」

アレスの今までにない辛辣しんらつな声。今まで、"どうにかなる"や"大丈夫"といった、前向きな言葉を使うアレスには、似つかわしくない態度。

本当に悩んでいるのだろう。

僕の考えは当たっていた。医学を学ぶ為、父と諸国を見てまわったが、比較的、狩猟に重きを置く部族には、たくわえがないのだ。

有翼民には自然の冷蔵倉庫れいぞうそうこたる、氷洞ひょうどうがあったが、冬を越える程度にしかならないだろうと思っていた。

それでも、何処どこか安心してしょくを楽しめたのは、頼れるアレスの背中があったからかも知れない。つねに明るく振る舞う彼が居たからこそ、僕の抱いていた不安は微々びびたるものとなっていたのだ。

しかし、今の辛辣しんらつな彼の顔を見てしまっては、何か考えずには。いられない。


まず、情報を整理する。一番の食糧難が予測されるのは、冬籠り。有翼民の冬がいつからかは、わからないが、ほとんど緯度経度いどけいど共にバビロンと変わらない。山の上ということも考慮しても、ヒューマンのこよみと大差ないだろう。

すると、ニヶ月後、早くても一ヵ月後と考えるのが妥当なところ。

ベニイモを種芋たねとして育てる方法もあるが、収穫適齢期は春。冬に抜いては時期尚早じきしょうそうせた芋では急場凌きゅうばしのぎにしかならず、種芋まで食い尽くしてしまう。

山菜や木の実の採取はどうだろうか。しかし、これも難しい。アレスの足に捕まり空から見下ろした有翼民の村は岩だらけで、ホーク地区には水田があるものの、ピチカには田畑どころか山林すら乏しい。

後は外交だ。レオやフレディが間に入り、現地人と物々交換を行う。問題は果たして、この村に交換に使えるカードがあるかという事。

自ら提案を出しては引っ込めてを繰り返す。

「先生、先生。どうしたんの。ボーっとして。礼拝は終わったよ。」

レアンの声に我に帰る。

「では、私は失礼します。」

リリは立ち上がり、きれいに、頭を下げると去っていった。

「いやー、今日は長かったな。腹へった。帰りぎわに魚でも取ってうか。」

さっきの辛気臭しんきくさい空気を払拭ふっしょくさせる明るい声。

「パパ、それいいね。先生も早く行こう。」

「あぁ、ちょっと待って。こっちに橋を作って置いたんだ。」

僕は駆け足で追いつき、皆を誘導する。

「なんだ、って?」

ですよ。アレスさん。生活河川の上流は、流れは早いですが幅は短い。岩と岩の間に丸太を通して渡れるようにしたんです。まぁ、即席ですけどね。」

枝葉のついた倒れた丸太を橋というのはどうかとも思うが、水をき止めず、向こう側の岸辺につながる様に連なっている。しっかりと橋としての役目は果たしてくれそうだ。

レアンは意外にも初めてのものには臆病なようで、僕の手に翼を差し出して、恐る恐る渡った。

アレスは必要もないのに、「凄いな!」と羽根を、バタバタと羽ばたかせ、はしゃぎながら渡った。

もちろん、エレンさんは微笑みながら、橋は使わずに、飛んで渡った。

「じゃあ、俺は魚取ってくるから、みんなは待っててくれ。」

そう言うと、アレスは勇ましく飛びたった。

僕は火をきながら、細長い枝を綺麗にナイフで整えていた。

「へぇ〜。これが火なのね。レアンが言ってた通り、暖かいわね。」

川の水音、風に踊る木の葉、エレンさんの優しい声、パチパチと火は音を立てて燃え、冷たい風にも負けない温かい陽気。

何と優雅な昼下がりだろう。

さっきまでお腹すいたと言っていたレアンはうたた寝を始めている。

「とりあえず、3匹は取ったぞ。先に食べててくれ。」

アレスが有無を言わさず、魚をどさりと投げると、また川下の方へと飛んでいった。

レアンは起きる気配がない。

「先生、もう少し待ちましょうか。みんなで食べた方が美味しいですし。」

「そうですね。」

この家族に出会って、本当に食事が楽しいと思うようになった。

広いテーブルに堅苦しいマナー、開拓者になっても、食事は生きる為に必要な作業として、とりあえず詰め込んでいた。

僕は先程、形を整えた細長い枝に治療用の糸と細工を加えたいかり型の針を出す。

アレスの取ってきた魚の鼻に細い針で穴をあけ、糸を通し解けないように結ぶ。結んだ糸から更に糸を垂らし、錨型の針をつけ、魚を川へ放った。

「先生、折角せっかくの魚を!」

「大丈夫です。これは友釣ともづりという東国に伝わる伝統的漁法です。結果はどうあれ、アレスさんの取った魚は無駄には、しませんから。」

「はぁー、そうなんですね。びっくりしました。」

「すいません、驚かせて。でも、収穫祭までに出来る事がしたいんです。」

エレンさんは優しく微笑み、釣りをする僕の横に腰掛ける。

「先生は頑張り屋さんですね。私は努力する人は大好きですよ。」

覗き込むように見る瑠璃るり色の瞳は、僕の瞳の中から心の細部へと侵入すると、パチリと長い睫毛まつげを羽ばたかせ、ドキリと僕の心臓を脈打たせる。

「でもね、先生。そんなに単純でも無いの。」

「食糧不足がですか?」

「そう、問題は山積みよ。ミンクの自給率が下がってる。これは、その年によって変動することだから仕方がないわ。ただ、それをおぎなうための方法がないの、アレスは魚が取れるからはどうにかなってるけど、働き手の少ない女系家族にょけいかぞくでは魚に代わるものは木の実くらい、お腹の足しにもならないわ。ピチカにはそういった、女系家族が多いの。」

「要するに、自分たちだけ裕福になっても意味ないと。」

「そうよ。分け与えたとして、今年はそれで良いかもしれない。けど、来年、再来年と続けば、与える側がどう思ってようと優劣がついてしまうわ。」

「最低限、各家庭で生き残る程度の食糧を蓄えなければならないという事ですね。」

「それだけでは無いわ。氏神うじがみ様、いや正確には氏子うじこが増え、奉納が増えてるの。」

エレンさんは、おっとりした口調とは裏腹に確信を突く言葉を発っしていく。

僕は履き違えた考えをしていた。冬籠りまでに食糧不足を解消すれば、僕達家族は冬を越すことができ、春になれば、いくらでも立て直せると思っていた。

しかし、この人達はもっと先を見据えている。ピチカ地区全体の食糧自給率の底上げと、奉納に対しての改革。

自分たちだけが良ければいいという訳では無い、だから問題が山積みなのだ。

食糧自給率の底上げには方法がなくは無い。問題は奉納だ。

「エレンさん、氏神について教えてくれませんか?氏子とは、なんなのか。僕には、その知識が足りない。僕も家族の一員として同じ悩みを共有したいんです。嬉しい事も、つらい事も一緒に、、、もう一人は嫌だから。」

エレンさんは両翼でギュッと僕を包み込む。

「もちろん、先生は私達の愛おしい家族ですよ。」

(ダメだな。この人の前だと、心が正直になってしまう。ぽっかり空いた心の隙間をいとも簡単に埋めてしまう。あぁ、情けないな。でも温かい。)

痛くも無いのに、辛くも無いのに、苦しくも、悲しくもないのに、僕から一筋の涙が垂れた。





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