第11話 ※有翼民の入浴作法②
レアンに連れられて、湯気の中の滑らかにカットされた石畳を少し進む。
僕に密着する薄黄色の内羽根は、ほのかにミードの甘い香りをさせながら、歩くたびに肌を擦り、レアンの心臓の鼓動と擦れる内羽根の感触が僕の気持ちを高揚させていく。
(火も使えない、ましてや手も使えない有翼民がどうして、石切りの技術を持っているのだろうか?)
僕は出来るだけ論理的思考を働かせる事で理性を保っていた。
とにかく、質問を重ね、論理的思考を繰返す作戦を実行する。
熱心に質問する僕に、少々戸惑いながらも、アレスやエレンさん、それにレアンは懇切丁寧に教えてくれた。
先程のみき酒を飲むのは"三献の儀"と言って、神への誓いを立てる、用は神様にお風呂に入ってもいいですか?的なお伺いなんだそうだ。
次に行うのは、洗礼の儀。
男女2人1組、または3人1組で禊を行うそうだが、出来るだけ年齢や関係の近しい男女が望ましい。
例えば家族、恋人、友達と特に決まりは無いものの家族が優先されることが多いそうだ。それを聞いても、決して、やましい事ではない事が分かる。
互いの性別を理解し合い、日々の疲れを労う。どちらか一方の為では無く、相互理解を深める為。
こんな文化が人間社会にも根付いていたらと心から思う。と同時に、すでに取り返しのつかない、男尊女卑の現代には、このような入浴や禊といった神聖な儀式を取り入れたとしても、言葉清らかなまま、下世話な利権者に利用されるのが落ちといったところだろう。
無念な気持ちはため息となり、秋の乾いた風に乗り、太陽が傾きかけた晴天の空へと消えて行く。
先に進めば進むほど、湯気は揺めきは一層と濃くなる。
目の前には大きな一枚岩が、反り立つ様にして存在感を多いにふるう。一枚岩は湯気を丸呑みにするように風を滞留させていた。
天上の岩盤からは滴が垂れ、足元に広がる湯船に波紋を作る。
僕とレアンは、ぽちょんと片足ずつ湯船に足を通す。さほど熱くはない。むしろ、ぬるいくらいだ。
「じゃあ、レアン。先生をよろしく頼むぞ。」
「わかったぁ。また風祭りが終わったら戻るね。さぁ、先生。せっかくだから、もっと奥に行きましょ。」
レアンは右翼でしっかりと、僕の腕を包みながら、左翼では両親に手を降っていた。
僕達はパチャパチャと、足首程度の深さの湯船を進む。
たちまち2人の姿は濃い湯気の中へと消えて行った。
「先生、お椀を此処に。」
僕は言われるがままに椀を湯船に浮かべた。
奥に進んでも、さほど深さはない。膝下、ふくらはぎが半分、隠れる程度。
熱さも体温より少し高いくらいで、足湯に似ている。
2人で談笑していると、ぱちゃん、ぱちゃんと誰かが歩いてくる。
「では、この場は、リリが務めさせて頂きます。」
先程の黒髪の少女は、軽く会釈をすると湯船に膝をつく。
僕達は湯船の底に正座する。それでも、湯船の水面は腰に満たない。
僕達は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
リリは屠蘇器(とそき)で片方の椀にみき酒を注ぎ入れ、もう一つの椀にはオレンジ色の、小さな丸い果物を乗せた。
「カンミツの実に御座います。」
リリがそう告げると、柑橘系の爽やかな匂いが、ミードの甘い匂いと相まって、不思議な空間を作り出す。
僕達は頭をあげ、レアンがみき酒に口につけ、コクっコクっと二口程飲むと、
「はい、先生。飲み干して下さいね。」
僕はレアンから椀を受け取り、一気に飲み干した。足湯で温められた、血管の開いた身体に、アルコールが駆け巡る。
今まで、あれこれ考えた論理的思考は迅で飛び。ボヤけた頭は儀を全うすることに集中した。
「松毬(ちちり)の湯爪櫛(ゆつまぐし)になります」
リリがみき酒の空いた椀に、針葉樹の果実を置く。
再度、僕達は頭を深々と下げる。
リリは屠蘇器で、じゃぶりと湯を掬うと、チロチロと、僕達の頭にかけた。
リリは湯をかけ終えると、カンミツの実を湯船に落とし、レアンは松毬を咥えた。
リリは椀を回収し、スッと立ち上がる。
「では、風祭りの刻まで。風の女神の祝福があらんことを」
リリはそう告げると、波音立てずに去っていく。
僕達は顔を上げ、互いを見る。
「さいほは、わたしがやるから。せいへいは、動かずないへね。」
松毬を咥えたレアンは、アホみたいな喋り方で話す
しかし、次の瞬間、僕は後ろからレアンに抱擁され、松毬で髪を解かされと、触れ合う肌に気持ちは高揚し、アホみたいだなんて言葉は消えていた。
彼女は口に咥えた針葉樹の果実の傘の部分を僕の髪に絡め、頭頂から滑らかに毛先へとすべらせる。
密着した彼女の身体は上下に動き、柔らかく弾力のある胸が、僕の背中を摩る。
タオル一枚という、ほぼ防御力0の状態の僕は、イキリ立つ自分の欲望を抑える事が出来ず、手で隠すのが精一杯だった。
彼女は僕の前髪を解かす為に、ぱちゃぱちゃと膝で歩き移動する。
水で張り付いた内羽根は、ボディーラインを如実に描写させ、僕の目の前できれいな曲線美が、上下に踊る。
僕の顔は柔らかい翼に包まれ、顔を伏せる事も許されず、目のやり場に困りながらも、時には彼女の一生懸命な顔を、目に焼きつけた。
彼女の動作が止まり、僕は顔を上げる。
すると、彼女は口移しの容量で、僕の口に松毬を押し込んだ。
松毬の外れた彼女のだらしなく開いた口から、キラリと輝く汁が糸の様に垂れた。
「ほら、先生。髪が綺麗になったよ。」
そう言って、ニコッと覗き込む様にして笑う顔は、スポットライトの様に、西陽に変わる太陽に照らされて、見惚れてしまうほどに美しかった。
彼女は髪をかき上げると、僕の顔を舐め始める。
僕は混乱し声が出るが、松毬を咥えた口からは、漏れる程度にしかならない。
「先生。じっとして!まだ、洗礼の儀の途中なんだから。」
どうやら、これが洗礼の儀らしい。
気づけば、僕は瑠璃色の瞳に魅了されていた。
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