有翼民の宗教的思想
第10話 有翼民の入浴作法①
「夜になんか入ったら湯冷めするじゃん」
“何言ってんの”的なレアンの物言いに、僕はムッとし、(そんな事、知るか!)と叫びたい思いを飲み込む。
落ち着いて考えると、理論的には間違ってない気もする。
さらに詳しく聞くと、有翼民の言う入浴と、僕の思っていた入浴は、似て非なるものだった。
体の汚れを落とすと言う一点においては同一思考だが、そんな簡単な理由では、終わらない。
有翼民の場合、ヨゴレを落とすと言うより、ケガレを落とす方に重きを置いているようだ。
風の女神"サウナ"が水に乗り移り身体を清めてくれると言い伝えられ、有翼民にとって、お風呂とは風の女神を祀る神社に相当し、お風呂に入ると言う行為は、神との交流に等しいのだそうだ。
ケガレを落とす事で、滋養強壮や疼痛緩和、子宝に恵まれるとまで言われ、まぁ一部は”それ温泉の効能じゃん"と思うところもあるが、有翼民にとって、お風呂が、とても神聖なものだと知ることが出来た。
まさか、レアンから、ここまで詳しく聞けるとは、感心を隠さずに言葉で表す。
「凄い。為になったよ。ありがとう。」
「そんな、みんな知ってることだし。」
レアンはツンっと顔を背けるが、顔を恥ずかしそうに赤らめるも、ちゃんと感謝の言葉として受けとってるようで安心した。
お風呂は、先ほどの生活河川を更に上流に進むと見えてくるらしい。
川に沿って歩き、小さな林を抜け、当たりが開けてきたところで、飛んできた、アレスとエレンさんが僕たちと合流した。
「すまん。すまん。ベニイモってやつに夢中になっちまって。」
「先生、ごめんなさいね。ウチのが案内する予定だったのに。」
「いえ、レアンが案内してくれましたから。」
僕は"ありがとう"の意味を込めて、ニコッと笑顔をレアンに向ける。
「もう、パパったら、しっかりしてよね。魚も置いてっちゃうし。私が食べちゃったからね。」
レアンはツンッとした態度を取ると、ズンズンと歩いて行く。
「あぁ、また捕まえに行くよ。」
娘にタジタジなアレスに、「まあまあ」と言って付き添うエレンさん。
こんか幸せな家族を見たのは、いつぶりだろうか、なんか、とても懐かしく温かい気持ちになった。
お風呂に近づくに連れて、ピチカの住民が飛び交い、挨拶を交わす。アレスが色んな人に僕を紹介し、僕はその都度、頭を下げた。
村としての規模を想定していたが、ピチカ地区だけで、これ程の数が居るとすると、残り二つの地区も含めると、かなりの数が予想できる。
数に少し圧倒され、信仰や宗教に無縁だった僕は、少し不安になった。
「アレスさん、お風呂に入る上で何か作法とかルールとか有りますか?」
「まぁ、あるにはあるけど。そんな堅苦しく考え無くて、右に倣えで大丈夫だ。間違えたところで、誰も咎める奴はいないさ。それに、俺たちもいるから問題ない。」
(俺達?たち?)
言葉に一瞬、疑問を持ったが、目の前の厳かな空気に疑問は呑み込まれる。
扉の無い石造りの門をくぐり抜けると、一面に湯気と甘い香りが立ち込め、空気が変わったのを肌で感じた。
「おぉ、ルーベン君。君も来とったか。」
「村長!」
僕は有翼民の長に深々と頭を下げて挨拶をする。
「村長は、もう入られたのですか?」
「ハッ、ハッ。ワシは入らんよ。氏子(うじこ)じゃからの。まぁ〜難しい話じゃ。後でアレスにでも、ゆっくりと聞くが良かろう。それより、それよりじゃ、ルーベン君。入浴とは禊じゃ。身を清めるのに衣を羽織っては可笑しかろう。」
長老は軽快に笑ったかと思うと、真剣な表情で訴えかける。
「そうですね。入るときには、ちゃんと脱ぎますから。」
「ルーベン君。禊はな、門を潜ったとこから始まるのじゃ。」
僕は長老の目力にたじろぐものの、全裸になるのは流石に困る。交渉に次ぐ、交渉を重ねて、ようやく活路を見いだした。
「まぁ〜タオル一枚、巻くくらいなら、ええか。風の女神は寛大じゃ。許してくれよう。」
と半ば負けに近い形ではあるが、首の皮一枚というところで、僕の羞恥心は保たれた。
「ほれっ。みき酒じゃ。」
そう言われ、お椀を渡される。
お椀は木製で色味が無いものの、歪差はなく、美しい造形美を有していた。
椀の中には透明か、やや薄黄色のサラッとした液体が注がれている。
アレスが片膝をつき、両翼で椀を持ち、掲げる様にする。エレンさんやレアンも同じようにしたので、僕も右へ倣えの精神で同調した。
長老は隣に立つ、美しい有翼民の女性を見る。
木製のケトルの様なもの、後々に知ることになるが屠蘇器(とそき)と言うものを、手に持っていた。
「ルーベン君は初めてじゃな。孫娘のリリじゃ。よろしく頼む。」
レアンぐらいの歳か、長い艶のある黒髪にグレー混じりの濃い茶褐色の風切羽。内羽根は翼を閉じていて分からないが、たぶんピチカなら薄黄色だと思う。
リリはピンと背筋を伸ばし軽く会釈する。品格が際立っていた。僕も返す様に会釈をすると、「うむ」と村長が頷き前に出る。
「では先ず一献。椀のみき酒を空にして、ご先祖さまに頂いた、今の巡り合わせに感謝をするのじゃ。」
僕たちは椀に注がれていた、少量のみき酒に口をつけ、飲み干す。
味自体はミードで間違いないが、朝食の時のものとは段違いに異なり、甘みは抑えられ、キリッとしていて、アルコール度数は高く、身体の内から燃える様な感覚を味わう。
リリは空になった椀に屠蘇器でみき酒を注ぐ。先程より少し多い様に感じる。
「では二献目。これは現在。今しがた自分を支える家族への感謝じゃ。」
やはり、量が増えている。それでも二口で飲み干す程度だ。言うほどの量じゃない。
リリが先程より更に多く、みき酒を注ぐ。
辺りを見渡すと、湯気の中からピチカの住人達が、僕たちと同じように跪き、椀を掲げていた。
「では三献目。我々、ピチカの繁栄と有翼の民の安泰に感謝するのじゃ。」
三献目を飲み干すと、流石に頭が少しぼんやりとしてきた。
開拓者になってウィスキーを嗜むようになってから、少しは酒に強くなったと思ってはいたが、雰囲気に呑まれたというのもありそうだ。
周りがゾロゾロと移動を開始する。
「先生。それじゃ、私達も行きましょ。」
「いや、僕、男だから。」
「何言ってんだ、先生。俺たち家族じゃないか。」
「そうですよ、先生。私達は家族なんですから、そんな遠慮なさらないで、寂しいこと言わないで下さいね。」
「はぁ。ありがとうございます?」
で良いのか?
レアンは両翼を僕の腕に絡める様にしてガッシリと掴み、力強く案内する。
(ちょっとレアンさん。む、胸が当たってますよ。)
僕は、みき酒の甘い香りに理性を失いそうになるも、ホントに良いのかと自問自答を繰り返した。
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