第9話 有翼民の食事形態

河川の上流は少し流れが早く、大きな岩でゴツゴツとしていた。岩の隙間から木が生え、色付いた落ち葉が急流を流れていく。

僕は半裸になり洗濯を始めた。洗った衣類は出来るだけ脱水をして、陽当たりの良さそうな木に干した。

日中は陽の光があるものの秋風は冷たく身震いする。バックからスライム皮膜のポンチョを出して被る。

(先に暖を取れる様にしておけば良かった。)

そんな後悔も後先には立たず、秋のからっ風は容赦が無い。

ブツクサ言う前に僕は行動にでた。

握り拳より少し大きめの石を拾い、砂混じりの地面に、丸く縁取る様に置く。

縁取った真ん中には落ち葉を敷きつめ、その上に枝を乗せていく。

さらに、僕はサバイバルナイフをだし、枝を薄くカットし木屑を作って中央に置くと、ファイアースターターを出し、金属の棒の部分をカチカチとナイフを這う様にし弾き、火花を木屑に着火させた。

ふーふーと、木屑に顔を近づけ息を吹き込むと、ミチミチと音を立て始め熱を帯びてきた。やがて、燃えた木屑は落ち葉を燃やし枝に燃え移ると、炎は落ち着いたようにゆっくりと燃え、パチパチと乾いた音を奏でた。

今朝受け取ったハンターのアイスアックスで手頃な木の枝を切り落とし薪として焚べる。薪に火が移ると、炎は更に安定した。

僕は手頃な枝をナイフで細く加工し串を作り、バックの中に入れていた食料を出し、先程の串に刺し焼いた。


空気が乾燥している為か、下着は思いのほか早く乾いた。シャツを着ながら、残りの衣類は火のそばで温めていると、バサバサと大きな音と共にアレスが降り立った。

「先生は炎を操れるのか。凄いなヒューマンは!神とだけでなく、悪魔とも契約するというのは本当なんだな。」

アレスは首を傾げながら、不思議そうに火を見つめていた。

「契約をした覚えはないですけど、このファイヤースターターがあれば火を起こせますよ。」

僕はファイヤースターターの火打ち棒をカチカチとナイフで叩き火花を散らして見せた。

アレスは物珍しそうに火を眺めている。

「危ないですからね。近づきすぎると火傷しますよ。」

それを聞いて、アレスは興味で伸ばした翼を急いで引き戻した。

「それより先生。これが岩鮎だ。昼飯まだだろ、一緒に食おうか?」

そう言って、アレスは足から魚を放し、ドサリと僕の前に置いた。

「ありがとうございます。」

川魚にしては肥えており、実がぎっしりと詰まっていそうだ。

僕はナイフで魚の腹を割き内臓を取り出し、串を刺し火のそばに置いた。

アレスの訝しげな眼差しを一身に受ける。

「すいません。ヒューマンは魚を生では食べないもので。」

僕は作り笑顔で対応する。

「まぁ、それも不思議に思ったが、内臓は生で食べるのか。」

「まさか〜」

そう言って川へ投げ捨てようとすると、バサバサとアレスが飛び出して口でキャッチし食した。

「ヒューマンは勿体無いことするな。ここが一番美味いのに。」

半ば怒りに満ちていたアレスに苦笑いで対応する。申し訳なさ程度に、先程から焼いていた食材を差し出した。

「何だ!ヒューマンは木の根も食べるのか。」

確かに根という部分では間違いないか。

「これは、ベニイモです。木の根というより、植物の根っこですかね。魚も頂きましたし、お1ついかがですか。熱いですから、気をつけてくださいね。」

「おぉ。すまんな。」

そう言うと器用に足趾で串をつまみ、恐る恐る口に運ぶ。

「美味いな!ミードとは違うが甘みがあって口の中で溶けていく。こんな食感は初めてだ。」

「口に合う様で良かった。もう一つどうですか?僕の分は、まだ有りますから。」

勢いよく食べる姿を見てると、そう言わざる得ない様な空気になる。一応、社交辞令と言うものだ。

「そうか。すまないな。エレンにも食わせてやりたいと思ってたんだ。」

そう言うと、アレスはベニイモの串を掴み勢いよく飛んでいった。

(あーぁ。魚も忘れてったよ。帰りに持って帰らないと)

僕はベニイモをバックパックから一つ取り出し、串にさし焼き始めた。


「あれ、先生。パパは?」

「アレスさんは家に帰ったよ。」

レアンが右翼をパタパタと振りながら歩き、僕に近づいてくる。

栗色のミディアムヘアーが風で揺れている。前髪は綺麗に切り添えられ、母親譲りの瑠璃色の瞳がキラキラと、陽の光を反射する波打つ水面の様に輝いていた。

茶褐色の風切羽と薄黄色の内羽根、栗色の髪が女性らしい柔らかな色合いのコントラストをしている。

エレンさんの見た目からして、早くても12歳位だと思うが、女の子と呼ぶには身体が成熟していて女性と呼ぶに近しい。

僕から見るに彼女は言動こそ、まだ幼く感じる時もあるが見た目は十分に女性としての色気を兼ね備えていた。

僕は口を半開きに開けて、見惚れていた。

アレスに家族になりたいと言ったものの、兄として、彼女を妹として見ることができるか不安でならなかった。

「もうパパは、魚も置きっぱなしでしょうがないんだから。」

可愛い顔で頬を膨らます彼女に声をかける。

「とりあえず、お昼にするところ何だけど一緒にどお?」

僕はベニイモも手で半分に分け、片方をレアンに差し出す。

「ベニイモって言って植物の根っこでね、アレスさんは美味しいって食べたけど。食べてみない?熱いから気をつけてね。」

レアンは翼を開き、包む様にしてベニイモを持ち口元まで運ぶ。

「美味しい。何これ甘い。氷みたいに溶けるのにあったかいなんて不思議。」

小さな口でパクパクと食べ進める。

「もう片方も食べる?僕には魚があるから。」

「う〜ん、大丈夫。とっても美味しいけど、私も魚、食べる。」

「レアンも魚は生で食べるの?良かったら一緒に焼こうか?」

「ナマ?よく分からないけど、そのまま食べるよ。」

アレスの驚き方からも、焼く以前に火を使う調理方法。蒸すや茹でるといった方法は文化として無い様だ。乾燥熟成や発酵という技術はミンクの干し肉やミードからありそうなものだが、まだまだ謎が多い。

「そういえば、レアンも魚の内臓は好きなの?」

「ん、あの苦いとこ。私はそんなに好きじゃないかな。パパは美味しいって言うけど、ママもあんまり好きそうじゃないよ。」

どうやら、内臓好きはアレスに限っての様だ。危うく一人の意見で独自の文化を見誤るところだった。やはり、これからも不特定多数の意見を取り入れる事は有効になるだろう。

と言うより、あまりアレスの意見を鵜呑みにするのは気をつけよう。僕はそう思った。

「それより、先生。早く食べないと。お風呂、お風呂だよ。」

「えっ!まだ昼間だよ。お風呂って夜入るものじゃないの?」

まだまだ、分からない事だらけだ。






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