第6話 有翼民の生活様式①

アレスの語るには、有翼民は薄暗い洞窟や岩壁の隙間など、風を防げるところに住まうのが一般的なようだ。所得というか成果によって、住む場所が異なるらしい。

「ところが先生、聞いてくれ。俺は先月、フルローンで新築を新調したのだ、だ、だ、だ。」

自ずとエコーが入る勢い。家を持つことは有翼民の世界でも、一つのステータスの様だ。しかし、フルローンとは?通貨が存在するのだろうか?それは、後々に聞いて行くとして

「アレスさん、先生はやめてください。もう医師免許だって持ってないんですから。」

「先生は先生だ。俺がそう呼びたいんだ。」

アレスは有無を言わさず、ズンズン進んでいく。


アレスの向かう先には、きめ細やかに重ねられた石レンガの家。見てくれは殺風景なものの、中は広々としたリビングがあり、階段を降りると寝室や客間、食料庫があるとの事だ。

僕はアレスに誘導されるがまま、扉がないが玄関らしき門を潜る。

思っていた以上にリビングは広く、辺りには光苔が散りばめてあり、薄っすらと黄緑色が混じるが、夜にしては十分な光量を確保していた。

アレスは妻と娘を紹介してくれた。

「妻のエレンと、朝に助けてもらった娘のレアンだ。」

「先ほどは娘がお世話になりました。碌な持てなしも出来ませんが、どうぞ、御ゆるりとしていって下さいね。」

娘は妻似だと一目で分かった。透き通る肌や大きな瑠璃色の瞳は紛れもなく親子である象徴であった。また、朝は意識していなかったが、茶褐色とグレーといった風切羽の色彩も似ていた。

「こんな美しい奥さんや可愛い娘さんがいて、アレスさんは幸せですね。」

本心から出た言葉だった。

「まぁ、先生はお上手ね。」

「ルーベンで結構です。」

「やっぱり、わかっちゃうか〜。先生、俺がモテるってわかっちゃうか〜。」

アレスは趣旨を間違えてる。ただ本人も上機嫌だし、指摘する事でもないと判断した。

上機嫌な有翼民はアレコレと教えてくれた。

どうやら、有翼民には調理という習慣がないらしく、キッチンや台所の類は見当たらない。代わりに穴がくり抜かれた岩に水を溜めた、水場的なのがあるとのことだ。トイレ、風呂は共同で、風呂に関しては週に2回、住んでる場所で区切られてるらしい。それより、着く前に寄った共同トイレが強烈だった。

やや流れの速い川辺に案内され、男女の区別がない。有翼民は羽根で隠しながら用を出すのだが、羽根の無い僕にとっては、羞恥プレイそのものだった。

「一応、大きい方は川下でするのが暗黙のルールだ。」

何も気にせず話すアレスを見て、羽根の無い僕はどうすれば良いのですか?ともいい出せず、人気の無い場所を必死に探し事なきを得たのだった。

夕食は至ってシンプルだった。ミンクと呼ばれる、耳の短いウサギの様な動物の干し肉と

脱穀米、木の実とナッツ。

リビングの中央の岩のテーブルに、綺麗な羽根で織られたテーブルマットが敷かれており、その上にワンプレートで配膳された。

かなり質素に思えたが、「今日はご馳走だ。」と言ったアレスの言葉は、エレンやレアンの表情を見ても、決して見栄を張っているとは考え難かった。

考えるに作物がある事から狩猟一筋とまではいかないものの、有翼民はほとんど狩猟民族と位置付けても遜色ないと思う。今日1日で結果着けるのも如何なものかと思うが、家畜を飼ったり、畑を耕したりとした酪農の文化は無いと見て取れる。

お国が異なるとはいえ、現在が実りの秋と断定すると、有翼民の食料自給率は深刻なのでは無いだろうか。主だった外交も無さそうだし、ただそうだとして、僕には何が出来るだろうか?

「先生、お口に合いませんか?」

妻のエレンさんが不安そうな目を投げかける。

僕は直ぐに表情を整え直す。

「とても、美味しいですよ。ミンクという食べ物を知らなかったもので、驚いてるだけです。干しただけなのにクセがなく、淡白で香辛料ととても合う、食べやすいですね。」

それを聞いたエレンはホッと肩を撫で下ろし、食事を続けた。僕を見ていた顔はワンプレートに向けられ、発達した犬歯でミンク肉を器用に噛み切る。アレスもレアンも手が使え無いはずなのに溢さず、ヒューマンの僕から見ても行儀の悪さを感じさせなかった。

「はいっ。ルーベン先生。食後のガムの実」

レアンが翼で包んだものを、僕に差し出す。

「ガムの実?あ、ありがとう。」

受け取りレアンの顔を凝視する。モグモグと口を動かしているのを見ると、噛むという事でいいのだろうか。

「もう、人の歯磨きなんて、ジッと見ないでください!」

顔を朱に染めて、プイっと外に顔を向けると、ペッとガムの実を吐き捨てた。

僕は真似してガムの実を噛んでみる。ピリピリとした辛みの後に口がスーッとし、爽やかな香りが鼻腔を抜ける。

噛み続けると、次第に小さくしぼみ、石みたいに固くなった。レアン同様に吐き捨てた。


その後は話も早々に寝室へ案内された。階段を降りて1番奥の部屋。こじんまりとして居て家具は本棚くらい、ベッドも無い事から、どうやら雑魚寝の様だ。

僕は下着を着替え、本棚から本を拝借した。吹き込む風は無いものの、石畳は冷たくて硬い。僕はバックパックからシェラフを出して包まった。

「なんだ、先生。そんなケッタイなもんに包まって。」

「すいません。先生、お待たせしました。」

「先生、ごめん、待った?」

有翼民は薄暗い洞窟で羽根を絡める様にして夜を過ごす。そんなこと聞いたことも想像した事もない。僕は思考は停止し、パニックに陥る。

部屋の片隅、壁に寄りかかるようにアレスが座ると、羽根を大きく広げる。

アレスの右翼にエレンさん。左翼にレアン。

さぁ、どうぞと言わんばかりに羽根をひろげている。

「先生、どうしたんですか?」

「先生、早く。寒いんだから。」

「ほら、先生。」

僕は声に押されるがままに歩み寄る。

僕が家族の輪に、お邪魔すると羽根は閉じられた。

内羽根は柔らかく、とても温かい。

それに、顔が近いし、良い匂いがするし、柔らかいものは当たってるし、良い匂いがするし。

ぬるまったい息遣いや鼓動が、僕を通り抜ける。

あぁ、こんな。僕は眠ることが出来るのだろうか。

そんな僕の不安は闇に溶け、いつの間にか眠りについていた。


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