有翼民の生活

第5話 有翼民の鎖国と外交

「やあやあ、客人。私が長老のエドワードじゃ。よろしく、よろしく。」

翼を差し出され、僕は迷いながらも右手を差し出す。

柔らかそうに見えた風切羽は硬く、僕の右手を包み込むようにして握る。

「助けて頂き、ありがとうございます。ルーベンと申します。」

「いやいや、レオも随分世話になったみたいだしのぉ。レオが居なければ下界の情報が入らんてな。それにしても、間に合ったから良かったものの、おぬし、間一髪のところだったみたいじゃよ。」

「雪崩に巻き込まれた僕を、どの様にして助け出したのでしょうか。他に救助者はいませんか。」

「いたとしても助けんよ。義理がないからのぉ。わざわざ、危険はおかさんよ。質問したい事は山程あるかも知れんが、まずワシの問いに応えてくれんかのぉ。」

僕は首を縦に振る。

「すまんのぉ。まず、お主に親、兄弟はいるかね。」

「いぇ。皆、疫病にやられました。」

「そりゃ。酷な質問じゃったな。重ね重ねすまぬな。」

「気にしないで下さい。もう昔の話ですから。それに、僕には恋人や友人、他にも口外する様な人はいませんよ。」

「理解が早くて結構。昔の有翼民族は人様の戦争に顔をだしたりしたもんだが、今では相容れぬ。では、雇い主はどうじゃ。主を前にしたら、お主はどうかのぉ。」

「金だけで繋がっていた関係ですので。今回助けて頂いた恩義に比べれば、大した事はありません。他の地に移り住めと仰るなら、その提案も呑んでも構いません。」

「まぁ、そう先走るな。勘違いせんで欲しいが、ワシらは別に客人を追い出したい訳じゃないんじゃ。なぁ、アレス。これで文句無かろう。」

「でも、長老。口約束だけでは、人間の心は移ろいやすいといいますし。」

アレスの必死な説得中に、バタバタとまた違った色彩を持つ有翼民の男性が入ってくる。

「長老。大変です!アレスも此処にいたか。アレス、娘のレアンが落氷で頭を怪我した。」

先ほどまで、顔を赤くして抗議をしていたアレスの顔から、どんどんと血の気が引いて行く。

「場所は何処じゃ。案内せい。」

「僕は医者です。僕もついていきます。」

僕は救護箱を手に持つと、有翼民の長の後を追い洞窟から飛び出る。

眩い光を全身に浴び、目を細めながらも、必死で後を追う。

有翼民はバサバサと低空飛行で飛び続ける。

「場所は氷穴で、今朝の狩で取った獲物を保存しようとして、落氷にあった模様です。」

有翼民の男は的確に事情を説明する。

「それで、容態は?」

僕は不躾ながら、言葉で会話に割り込む。

有翼民の男はムッとしたが、説明を続けた。

「頭頂部にパックリとあいた傷口があり、今は近くにいた者に力を借りて、氷穴の外まで移動しています。あっ!あれです。」

有翼民の男の示す翼の先には、介抱されている有翼民の女性の姿があった。

「長老。血が、血が止まらないんです。」

介抱していた有翼民達は、長老に縋る様な目を向ける。

今まで、威勢の良かったアレスは、慌てふためき涙目を浮かべている。

「慌てる出ない。申し訳ない。客人よ。少しお知恵を貸してくれんかのぉ。」

「はい。女性の傷口から察するに落氷自体は見てませんが鋭利なもので切ったような傷です。ただ傷口自体はそこまで深くありません。」

僕は怪我を負った女性の前に屈み、救護箱から発光石をだし、彼女の目の前で照らす。

次に指先を目の前に出す。

「僕の指先を目で追って見てください。」

「おぃ。どうなんだよ。レアンは大丈夫なのか?」

「ほれ、アレス。落ち着かんか!」

「でも、長老〜〜〜。」

僕はアレスの肩に手を添える。ゴワゴワした風切羽。

「大丈夫ですよ。傷口も頭蓋に達してませんし、脳内に損傷も見られません。消毒と圧迫止血で事足りますが、どなたか、あまり汚れてない羽根を一本いただきたい。」

「俺のを使ってくれ。内羽根だ。そんな汚れては無いはずだ。」

アレスから僕は薄黄色の羽根を受け取ると、消毒液を垂らす。

「ちょっと沁みますけど、我慢して下さいね。」

僕はスライム皮膜で作った手袋をして、消毒液を垂らした羽根で傷口を掃除する。

アレスの娘は苦悶に顔を歪めながらも、歯を食いしばり耐えた。

消毒液を付けたガーゼを被せ、レアンの髪の毛を結びガーゼを固定していった。

「はい。これでもう大丈夫。出血が収まっても傷口は開いてますから安静にして下さいね。」

僕は説明をしながら顔を覗き込む。とても可愛い顔をしていた。目はパッチリとしていて瑠璃色の瞳。鼻は高く、遠慮がちに添えられている小さな口に色気のある薄ピンク唇。肌は白く透き通り、どっからどう見てもアレスの娘とは思えなかった。

「あり、がとう。ごさいます。」

アレスの娘は顔を赤くし、目を伏せる。

「ありがとう!ありがとう!」

アレスは覇気のある声を上げながら、僕の頭をバサバサと力強く撫でた。

「客人。ワシからも礼をいう。ありがとう。ところでルーベンと言ったかのぉ。もし、急ぐ用事も無いようなら、ゆっくりして行ったらどうじゃ。お主を助けたのは、何を隠そうアレスじゃ。色々、話が聞けるじゃろうて。

必要な物があれば、レオを頼るといい。レオとフレディはワシらを招き入れた現地人じゃ。信用してよろし。」

僕は礼を言い、暫くアレス家で厄介になる運びとなった。


















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