第2話 ビバーク
「おい、ルーベン。ルーベンはいるか。」
猛吹雪の中、僕を呼ぶ声が聞こえる。
やがて、声が近くにつれて、ハンターの声だとわかる。
トーマス・ハンター。登山家で今回の開拓班のリーダーを務めている。
「あぁ、ここだ。」
僕はテントから顔を出す。
「すまん、すまん。岩陰を選んだと言うのに、こんなに吹き込むとは、流石に視界が悪くてな。」
「問題ない。それより、どうした?」
「現地スタッフが凍傷の様で、直ぐに見てもらえないか。」
「わかった。道具を持って向かおう。」
「すまない。」
僕は道具を纏めると、ハンターと自分をロープで結びツェルトを出た。
猛吹雪は容赦なく僕達に襲いかかる。油断したら吹き飛ばされそうな勢いだ。
僕はアイゼンがしっかりと地面に固定されたことを足で感じ取りながら、ゆっくりと追い風か向こう風かも分からない猛吹雪を進む。
今、僕を支えるのは、ドワーフ印のアイゼンとピッケル。そして、ハンターと繋がれた、一本のロープだけだ。視界はほぼ皆無と言っていい。白だけの世界が容赦なく僕達に、襲いかかる。それでも、迷う事なき進むハンターは流石だと認めざる負えない。
ハンターに連れられて2人様ツェルトに案内される。テント内には現地スタッフのレオとフレディ。レオがタオルで手を押さえ、フレディが心配そうに看病していた。
ハンターはテントから顔をひょこっと出して説明を始める。
「どうやら、ツェルトの補強中に怪我したみたいだ。傷口は3センチ程度で深くはないが、血が止まらなくて困っている。」
やや途切れ途切れだが、ハンターはよく通る声の持ち主でもあり、ツェルト内に吹き込む風に負ける事なく、ちゃんと聞き取る事が出来た。
ハンターは説明が終わるとロープを外し、外の白い世界に飲み込まれていった。
僕はバックパックから救護箱と発光石を取り出す。発光石が淡く黄緑色に発光する中で、スライムの皮膜で作られた手袋をし、レオの手からそっとタオルを外した。
傷口からは少量の血液が止まる事なく流れている。外傷に間違いないが凍傷も併発し、血管が細くなり血小板による組織修復が遅れている。
消毒液に浸した棉で傷口を拭う。
「痛くは無いかい?」
僕の問いかけにレオは大丈夫と冷静に答えた。痛覚が麻痺していると言う事は、凍傷としての重症度リスクが上がる。
僕は道具箱から、すでに糸を通してある針を出し傷口を縫っていく。やはり、痛みは無いようだ。
傷口を縫い終えて、ガーゼを被せ包帯で巻いていく。
「すまないな、助かった。」
「気にすれな、仕事だ。免許は剥奪されてるから他言無用でお願いしたいが。」
「勿論だ。感謝している。」
医師になって人を救う事が、何より僕の生きがいだった。剥奪されてもまだ、感謝されるとは医師冥利に尽きると言うものだ。
僕はアルコールランプとファイヤースターターを取り出す。棒状のメタルマッチを這うようにしてサバイバルナイフを滑らせ、アルコールランプを着火させた。
「火龍の亡骸を使っている。市販のアルコールランプとは違って、一酸化炭素中毒の危険はないから安心してくれ。」
「一級遺物をこんな所で拝めるとは感激です。」
「医療機器の消毒に火龍は欠かせないからね。値は張ったが最高の商売道具だよ。まぁ、今は用途が違うけどね。」
僕はライテックケトルをバックパックから取り出し、外の雪を掬いケトルに詰め込む。手袋を軍手に変え、アルコールランプでケトルを温めた。
ケトルが熱くなるにつれ、ツェルト内も暖かくなってきた。
僕は味噌玉をマグカップに入れ、ケトルのお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜる。
「ほら、レオ、身体が温まるぞ。フレディもマグもマグを貸してくれ」
「俺も良いのか。」
「勿論だ。」
3人はマグカップを両手に抱えるように持ち、ゆっくりと啜る。
発酵した大豆味噌の香りがツェルト内に充満する。
「はぁー、生き返るな。地獄に仏とは、まさにこの事。」
フレディの先程までの強張った表情は和らぎ、饒舌に話し出す。僕はこの時、初めて神以外の仏という存在を知る事になった。
フレディの語る仏門が、のちの僕の役に立つとは気づきく余地もなかった。
気がつけば、吹雪は弱まりつつあった。
予測はしていたが、急にレオが傷口を押さえて痛みを訴えた。高まる緊張に僕は口を開く
「もうすぐで、雪は収まる。そしたら、みんなを集めよう。」
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