第五夜 「僕は名カメラマン」
第五夜
「僕は名カメラマン」
堀川士朗
ブサイクな僕の彼女がトイレに行った隙にテレビのリモコンを変えた。
恋愛ドラマなんか観たくない。
かっこいい未来的なフォーミュラマシンの走るなんかのレースの番組にした。
僕は名カメラマン。
写真を撮りたいなと思って近づいて車が何台も火を噴いてクラッシュするところをカメラにおさめた。
するとその至近距離に日本家屋がある。
何だろう?ここは外国のサンタナのレース会場のはずだが。
こんな所に家屋を建てたらマシンが飛び込んできて危ないじゃないか。
どうやらそこは豆腐屋さんだった。
日本語の文字が外国では珍しい、緑色の表札を撮りたくて店主のおじさんに声をかける。
「あの。これ。この表札。撮影してもいいですか?」
「さっきのクラッシュすごかったねぇ。あんた豆腐は好きかい」
「ええまあ」
「じゃあ食って行くといい。今ちょうど出来たてがあるから。うちの豆腐んまいよ」
店主のおじさんはそう言うと僕に小皿に入ったあんかけ豆腐をくれた。
ほんのこれっぽっちしかなかった。
量が少ないので一口で食べた。
「美味しい。お代わり」
「ないよ。それで終わりだ」
「え。写真撮っていいですか」
「いいよ」
太陽は出てるんだか出てないんだかよく分からなかった。
いつの間にか夜になっていた。
どこからかミルクセーキの匂いも漂ってきた。
僕は連写で店の表札、恥ずかしくて顔を隠した店主、爆裂して黒い煙を上げるフォーミュラマシンなどを撮った。
ついでにレース会場にいる若者たち数人も。
すると若者の一人がつかつかと歩いてきて文句を言ってきた。
背の高い馬面の青年。
「ちょっと。許可なく顔撮らないでよ」
「え。写り込んでないですよ。下のスポンサー広告の所を撮りましたから。あなたの顔は写ってないです」
「ふーん。あんたなに?有名なカメラマンなの?」
「ええまあ。ロンドンで写真賞も獲った事ありますし、いつも個展は満員ですよ」
「何それやるじゃんお前。最高だなッ!」
もちろんウソである。
夢の中で僕はよくウソをつく。
虚構の中で僕は、更なる虚構を重ねる。
もっと猥雑な、原色に近い写真が欲しいなと思って、さっきまで観ていたテレビに映るトゥリンドルを撮った。
笑顔のトゥリンドル。
これこれ。
こういう無価値な顔がいいんだよ。
すると若者の中の一人、オレンジピンクの髪の色の女が、
「あのー。あたしも無価値ですか?」
と言って有名写真家の僕に写真を撮られたいようだった。
彼女はビキニを着てグラマーだった。
「ビキニ」と書かれた帽子を浅くかぶっている。
名前はまだ知らない。
カラダをクネクネしている。
こっちまでカラダがクネクネしたくなった。
エロい想像をかき立てる。
僕はお腹もすいていた。
さっきあれっぽっちしか豆腐を食べてないし、夢の中では性欲と食欲が同居する事はよくある事だ。
このオレンジピンクの髪の女はなんかどこかで見たような気がするぞ。
ふたりで、つかず離れずの距離でカラダがクネクネ。
これは恋だ。
続・恋するふたり。違うか。ルンルルン。
さっきまでの写真の事などどうでもよくなってきた。
さっき撮ったくだらない写真はデータを全部消そう。
まだ名前も知らないが、今夜はこのオレンジピンクの女が僕の相手だ。
連写!
連写!
連写!
ブサイクな僕の彼女がトイレから戻ってくるその前に!
第六夜に続く
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