第四夜 「夢広告」


 第四夜

 「夢広告」


      堀川士朗



いつからだろう。

夢の中にまで広告がされるようになったのは。


熱い風呂に入って中華屋「桂林厨房飯店」に魯肉飯(ルーローはん)を食べに出かけようかなと思った。

そうしたら玄関に、


「明日はルッコラとエリンギが特売!!山鳥スーパー」


の文字がペンキで書かれていた。

明日には自然に消える。


街なか。

太陽は出てるんだか出てないんだかよく分からなかった。

いつの間にか夜になっていた。

どこからかミルクセーキの匂いも漂ってきた。


街は、あれを買えこれを買えといった文字情報で埋め尽くされていた。

そんな事よりもお腹がすいている。

早く魯肉飯を食べたい。

なのに、昔演劇の世界でちょっとだけ世話になっただけの先輩のゴトウが後ろからやって来て、


「おい待てよ。お前これ観て行かねえつもりなのかよ」


と言って僕の肩を無理やりグイッと引っ張って芝居鑑賞に誘った。

関係者なのだろう。

ゴトウ先輩に案内された場所はライブハウスで、普段はピンサロをやっている所だった。

ピンサロ「スイート倶楽部」の看板が古くて切なくなった。


「観る気はないですがね。チケットはいくらですか?」

「2002円」

「ああ。それなら」


僕は尻ポケットを探った。

中からちょうど、八つ折りにされた千円札二枚と一円玉二枚が転がり出てきた。


「ちょうどあります」

「何それやるじゃんお前。最高だなッ!」


ゴトウ先輩はいたく感心してチケットを渡した。

先輩にはあれだけど、全く観る気がしない。


中に入ると会場はすごく広くてもうお客さんはいっぱいいて舞台は始まっていた。

女の子がいっぱい出て来る芝居だった。

昔共演した事のあるイグチ・チズルちゃんも出ていた。

女の子たちは全員ビキニを着て、「ビキニ」と書かれた帽子を浅くかぶっていて、オレンジピンクの髪の色でかわいらしかった。

歌を唄っていた。

ミュージカルのようだ。


「♪カレーライス食べるなら~会津カレーハウス~。このボリュームで550円~(ラララ550円~)福神漬けも~無料で付いてて美味しい~(ラララ無料の福神漬け~)」


伴奏は男らしいバンドのミッショルギャンエロファントが生演奏でやっていた。

その前に尿意をもよおしてトイレをと思った。


寝る前に酒を飲んだからかもしれない。


地下に続く長い螺旋階段を降りて行くと、トイレがあって非常に汚い男性用便器が二つ置いてあった。

一つは60代ぐらいの掃除夫が掃除中だった。


おしっこをする。

流れる音に併せて、


「携帯買うならアリスのスマホ。携帯買うならアリスのスマホ」


と、おちんちんから声が聞こえてきた。

ウザいのでおしっこを止めたらおちんちんの声も止まった。

再びおしっこをしたら、


「こんな時代、結婚を考えているあなたに、ヤングブライダルの素敵なプランをどうぞ」


数回繰り返した。

何なのこれ。


「ああ、そのおちんちんの声止めない方がいいですよ。自然に自動的に流れてきちゃいますから」


と隣の掃除夫は便器をブラシでゴシゴシとこすりながら言った。


「ええっとあのさあ。僕は桂林厨房飯店で魯肉飯を食べたいだけだったんだよ。それがこんな所まで来て観たくもない芝居観て。おまけにおしっこしたらおちんちんから声が聞こえてきて。眠ってる時までモノを買わせようとするのか!浅ましい。何なのこれ!」

「……そういう時代ですよ」


掃除夫は諦めたようにつぶやいて腰を鳴らした。


いつからだろう。

夢の中にまで広告がされるようになったのは。



    第五夜に続く

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