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先程まで目を合わせていた隣人の男が、頭から離れようとしてくれない。
「処理しきれない…」
昨日今日で睡眠が取れていない私の頭は、ショート寸前。そこへ畳み掛けるようにインターホンが鳴り響いた。カメラ付きのインターホンにあの男が映り込んでいる。
「何の用?絶対に開けないから。」
「おいおい、なん…」
強制的に会話を終了させたが、それでももう一度インターホンは鳴った。
「次鳴らしたら、通報するから。」
そう言い放ち、また会話を強制終了させた。
今までベランダ越しに憎みあってきた同士が、顔を合わせてしまうのは少し気まずい。今更、隣人同士仲良くしましょうというのも難しいのに、あの男は一体何を望んでいるのだろうか。
しばらくすると次は、電話が鳴った。
「もしもーし!西利先生ご無沙汰しております!角田出版の丸井です!」
電話に出てしまったことを後悔した。
「新作の進捗状況はいかかですか!もし出来上がっているものがあれば、原稿を受け取りに伺いたいのですが…」
「前にもお伝えした通り、今後一切小説を書くつもりはありません。」
編集長から電話をかけるように言われたのか、前に私と話したことを忘れているのかは分からないが本当に呆れる。
「いやいや、若き天才西利みやこの引退なんて誰も望んでいませんよ!次回作の目処が経ったら、是非うちに連絡を下さい!ではでは、失礼します!」
勢いで言葉を押し込まれ、電話を切られた。
「丸井さんとはいつも噛み合わないな。なんであの人編集者なんてやってんだろ。」
編集長も、まだ私から搾り取ろうとしてるなら見当違いだと教えてやりたい。
西利みやこの小説家デビューは、5年前に遡る。
16歳で認められた「扉の先」は文芸誌の新人賞を取り、その年の芥川賞候補にも選ばれた。華々しく売り出された彼女のデビュー作は、100万部を突破しテレビでも話題になった。その後一年の間に二作書き上げ、それぞれ60万部を売り上げた。そんな彼女もあっという間に失速し、その後名前を見ることは無くなった。原因として彼女はこう語る。
「面白いものを生み出せなくなった。」
何度も原稿と睨み合ったが、髪の抜ける量が増えたり、皮膚が爛れるほど肌を掻きむしるなど、異常な精神状態が続いたため執筆を断念。四作目の小説はこの世に出なかった。
「西利みやこはもういないのにね。」
携帯電話をソファへ投げ、煙草を手に取る。ベランダへ出ると煙草に火を付け、肺いっぱいに煙を吸い込んだ。
「お前結構キツいの吸ってるんだな。」
隣のベランダから聞き慣れた声が飛んでくる。
「そんなこと言うためにさっきインターホン鳴らしたわけ?」
「ああ、名前を聞こうと思ってな。」
その言葉を理解するのに数秒かかった。
「は?」
隣人の男はさらに続ける。
「俺の名前は、
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