第五章
翌日の高等学校、午前中。
体操着に着替えた委員長が校舎から出てくる。鬼越の看病で少し寝不足ではあるが、委員長は翌日は普通に学校に登校してきた。
今日も日差しが強い。30度は余裕で越えるだろう。
そんな朝から季節はずれの強い日差しの中、委員長に続いて同じクラスの生徒もぞろぞろと出てくる。本日の午前中は体育である。
校庭に出た男子と女子が違う方向に歩いていく。中学の時点から男子と女子の体育は体力差を考慮して別々に行われるのは今も昔も変わらない。
ちなみにこの高校、女子の体操着はハーフパンツとブルマが選択式となっている。
「ハーパンだと日焼けしたら格好悪くて水着が着れない」と女子生徒から激しく抗議されたのでブルマも穿いて良いという校則ができたのだった。流石創立15年の新設校らしい柔軟な対応なのだろう。
陽子が普段着ているあのビキニ型レーシングウェア。普通の人間の女子は大会本番くらいしか着用しないので、いざ着ると日に焼けていない部分が生白くて格好悪かったりする。それと同じ現象が気合を入れて水着になってプールに行くぞという時に起こるわけだから、女子から改善要求が出てくるのも当然なのかもしれない。
それでもまだ6月ということでほぼ全員がハーフパンツである。ブルマは二名ほど。多分彼女たちは今から夏の計画を立てているのだろう。ほんのちょっとの強い日差しからも格好悪い日焼けを回避したい様子。
「せっかくの体育なのに二人とも休みなんだね」
委員長の下へ
「鬼越さんが原因不明の病気で倒れちゃって」
「原因不明って、なにそれ!?」
委員長の説明にさすがにミカも驚きを隠せない。
鬼越が弱点である菖蒲の匂いを吸ってしまったからと正直にいっても良かったのだが「あまり話が拡大されるのも好まん」と鬼越本人が望んだので、委員長もぼやかして説明している。鬼が菖蒲の匂いを吸ったとなると、その菖蒲は一体どういう経路で鬼越の下に来たのかと詮索されることになり、委員長の母が委員長に送ったと知られるまで行ってしまうだろう。なんの目的で送ったかまで知られてしまえば、委員長が鬼越に恨みを持っていたのも分かってしまう。そしてそうなるののを、被害者である鬼越が一番望んでいない。
巫女のミカは普通の人間よりも不思議生き物寄りの人なので説明しても良いかと思ったが、鬼越が完治してから本当のことは話そうと委員長は思った。今は鬼越の意志を尊重する時期。
「鬼越さんは鬼だから、人間の病気じゃないみたいで……」
「ああそうか、彼女鬼だもんね」
「それでも寝てれば治るらしいから」
「ふーん、まさに鬼の霍乱だね」
しかも霍乱させたのは鬼の唯一にして究極の弱点なのだ。風邪などの普通の病気にはもしかしたら鬼はかからないのかも知れない。
ちなみに委員長もミカも夏に向けて色気づくお年頃ではないらしく、普通にハーフパンツ姿だ。
もう一人姿を見せない陽子の場合は、通常の体育授業の時は普通の体操着姿だが(一旦着替えるので、暑さ対策などは大丈夫らしい)夏場はどうするのかと疑問が出てくるが、彼女の場合は日差しの強い日は体育自体を休むので余り意味の無い選択肢かもしれない。
そんな陽子は本日の気温も高くなるということで、登校しても一日中机に突っ伏して伸びてるだけだろうと、鬼越の看病がてら部屋に残っている。菖蒲で苦しむ鬼越に何が出来るというわけでもないが、目を覚ました時に側に誰かがいるだけでも安心できるものだ。
「おーい女子たちー、集まれー!」
女子部担当の体育教師が集合をかけていた。
「行こう委員長」
「うん」
委員長とミカは連れ立って女子担当の教師の下に走った。
向こうの方では男子部担当の教諭が、うんざり顔で男連中を集めている。そりゃまぁ女の子の方が良いですよね、花の女子高生ですし。本日はブルマ二人いるし、銀色のも赤色のも今日はいないし。
銀色も赤色も彼女たち自身が悪さをする訳ではないのだが、騒動の元にはなるので居ない方がホッとしてしまうのは教師側としては仕方ない対応かも知れない。
しかし騒動というものは、狼女と鬼女がいなくても起こる時は起こるのである。
とある道路上に、重車両運搬用トランスポーターが停車していた。荷台に載っているのは一台のクローラーダンプ。不整地などで運用される履帯クローラーを履いた土砂運搬車両である。その特性上整備された道路上を長距離移動するのには向いていないのでこのように運ばれる。
このクローラーダンプを運んでいるドライバーは、まだ現場への車両納入まで時間があるのかトランスポーターの運転席で缶コーヒーを飲んで休んでいた。
そうやって一息吐いている時、バキンという音と共に唐突にドアが開かれた。
「え?」
もちろんドアロックはかけている。
驚いたドライバーが開いたドアの方に顔を向けると、覆面に全身タイツという怪しすぎる男が開かれたドアに手をかけていた。
「!?」
覆面に全身タイツという怪しすぎる男――元鉄車帝国兵は、ロックがかけられていたドアを腕力だけで難なく開くと(もちろんロックは壊れた)運転手の首へと神速の手刀を当てた。一瞬にして思考が停止したドライバーがだらりと兵の方へ倒れこむ。手に持っていたコーヒー缶が落ち地面に乾いた音を立てた。この首筋に手刀(クビトンともいわれる)は、余程の武術の達人でなければ不可能な技なのだが、鬼貫の例でお分かりのように鉄車帝国構成員は一般兵士であっても一騎当千の強者であるので、兵であれば誰でも使える基本中の技である。
昏倒させたドライバーをコーヒー缶の隣りに降ろすと、兵は運転席に乗り込んでドアを閉めた。ドアはもちろん完全には閉まらなくなっているが最早関係ない。
キーは刺さったままだった。兵が捻ると重貨物の輸送を可能にする大馬力エンジンが威勢良く吼えた。
どことも知れぬアジトから放たれて、帝国崩壊後も活動を続ける鉄車帝国残党。
その今なお所在不明な秘密基地の中では技術開発も続行されており、つい最近変身して鉄車怪人となる力に新たな機能が追加された。
それは変身して怪人となって仇敵を待ち続ける彼らにとっては、絶好の追加機能だった。
早くその新しい力を試してみたい。
その為には多くの的が必要になる。出来るだけ数が多い方が良い。
そしていつも人質として重宝する保育園児や幼稚園児では的としては小さい。下手をしたら窒息死させてしまう可能性がある。それでは人質としては成り立たない。出来れば中学生か高校生くらいの大きさは欲しい。
彼は少しトランスポーターを走らせると、とある学校の正門を見つけた。
彼はそれを見た瞬間、学校へ向けて車体をカーブさせ、躊躇無く校内と校外を遮断する鉄格子をぶち破った。
「いくよ委員長!」
「いつでも!」
マウンドに立ったミカとバッターボックスの委員長が声を掛け合う。
お互い敵チーム同士で声を掛け合うのもどうかと思うのだが、その辺りは授業の一環でしかないので、真剣勝負というわけでもなく気楽な物である。
体育授業の女子の部が、ソフトボールに勤しんでいた。二チームに別れ、球を投げ合う。
ちなみに男子は体育館でバスケットボールらしい。
こんな暑い日では普通逆じゃないかと思うが、授業進行スケジュールと天候は関係ないので仕方ない。雨や雪なら変更もあろうが、ただ日差しが強いだけではそのまま外で続行である。二名のブルマ女子はちゃんと日焼け対策が功を奏して良かっただろうが。
今マウンドではミカがボールを投げる構えをしていた。彼女がお互いのチームのピッチャーの一方を務めているが、特に彼女がソフトボール経験者とかでもなく、単なるくじ引きだ。
そして迎え打つのは我らが委員長。少しへっぴり腰気味にバットを構えている。
普段の彼女は特に運動神経が高いというわけでもなく、ごくごく普通の女子高生平均レベルの身体能力である。
ヘルメットの下は眼鏡をかけたまま、というのが、多くの女子と同じくソフトボールも野球も学校の体育授業でしかやったことはないというのがうかがい知れる。彼女の場合は眼鏡は有っても無くてもそれほど変わらないので、その辺の扱いは適当なのかも知れない。
「とりゃっ!」
構えたミカソフトボールの投球フォームに従い腕を一回転させると、雄叫びを上げながら投げた。
「……」
委員長へ白球が迫る。
とりあえず一球目は自分に気合を入れるためもあって、どんな球でも振ろうと思っていた。
「――りゃぁっ!」
委員長も気合一閃、思いっきりバットを振るう。
そして全力で振るった一撃が、偶然にも下から掬い上げるように芯を捕らえた。
ガキン! と良い音がしてボールが飛ぶ。見事なホームランコースだ。
「え……やった?」
学校正門の方向へ飛んでいく球を見て、委員長が自分がやったとは信じられない顔になる。打たれたミカも「あちゃー」といいながらそのまぐれ当たりであろう本塁打の行方を追っていった。
そして正門の方へ飛んでいった球は、正門をぶち破って進入してきた大型車両のフロントガラスに当たり、見事に割った。
「えぇえええっ!?」
予期しない展開に、その場にいた全員が異口同音に声を上げた。
ちょうど人がいない場所を縫うようにその車両は校庭に進入し、止まる。誰も撥ねられても轢かれてもいない。侵入者の意図は無差別殺人ではないらしい。
だから全員、最初は事故が起きたのかと思った。委員長も自分が打った球で事故を引き起こしてしまったのかと思った。
そのような理由から一瞬対応が遅れた。
ドアを開けて降りてきたそのドライバーを見て、一瞬なにがなんだか分からなかったのだ。覆面に全身タイツという怪しすぎる格好は、誰がどう見てもあの帝国の残党兵であるのに。
右手にボール、左手に懐中電灯型の謎の機器を持ってふらりと校庭に降り立った兵士は、その右手にある白球を投げた。それは二塁手やピッチャーの頭上を越える凄まじい遠投を見せ、委員長の目前でキャッチャーのミットへと納まった。
「……す、ストライク?」
審判役の体育教師が思わず呆けたようにそういう。兵士はもしかしたら飛んできたボールを単純に持ち主に返しただけなのかもしれない。
しかしてあまりのことの連続に状況が把握できていない生徒と教師の前で、兵士は左手に残った懐中電灯型の機械を自分が運転してきた輸送車両の荷台に積まれている重機へと照射する。
荷台にあったクローラーダンプはその光を浴びると粒子化し、懐中電灯型機械に吸い込まれる。そして次の瞬間、その謎の機械を操っていた兵士を中心として爆発的な閃光が発生した。強烈な光を浴びて目がくらんだ生徒の多くが、そこで始めて悲鳴を上げる。
悲鳴と、そして閃光が収まった。そこには
「か、怪人!」
生徒の一人が叫ぶ。2メートルは越える人型のなにかが重機搬送用トランスポーターを背景にしてそそり立っていた。
戦車と呼ばれる陸上戦闘車両が後部を下にして持ち上がったような胴体に背部に砲塔を背負う形。戦車の車体下面が正面となった胴体を、短く太い殆ど足しかない脚部が支える。
転輪の部分からは左右に腕が生え、胴体上面となった正面装甲部分には醜悪な造形の頭部が乗る。
「きゃー!?」
生徒達から再び悲鳴が上がる。
一瞬にして具現化した恐怖に、脚がすくんで動けない者も出た。多くの生徒の腰が抜けてその場に尻餅を突く。
「に、逃げろみんな!?」
審判役の教師が立ち上がりながら内野に飛び出すが、教師が出来たのもそこまでだった。教師の避難指示を聞いてなんとか後ずさりする生徒も何人かいるが、多くはその突然の威容を魂を抜かれたように目を見開いて見つめている。
トランスポーターの闖入や、乗っていた怪しい格好のドライバーの遠投など呆然とすることに連続で、状況判断力が削がれていた。本来ならその怪しい格好――覆面に全身タイツという格好を見た瞬間に、過去の記録映像で何度も見たのと同様の姿に危機を感じて逃げ出せていた筈だった。
教育機関では年に何度も旧鉄車帝国兵士が現れた際の避難訓練が行われるが、本物の恐怖が表れた時には殆ど役に立たないのが、またしても実証されただけだった。
鉄車怪人が背に背負う砲塔を回転させた。自身の右側へと倒した砲身と連動するように顔もそちらに向ける。
「……ひっ」
砲身と怪人の目に同時に照準された生徒が絶望に打ちひしがれるた顔になる。
今までその砲身は一般人には決して向けられることは無かった。自分を倒しにきた
本日現れた鉄車怪人はその長年守ってきたプライドを曲げようとしているのだろうか。
鉄車怪人の背の主砲が発砲される。その弾丸は一人の生徒に狙い違わず着弾したのだが
「なにこれ!? いやーっ!?」
直撃を食らった生徒が、死傷とは別種の悲鳴を上げた。
生徒の下半身が透明なゲル状の物体で覆われていた。かなりの粘性があるらしく、生徒はその場から身動きが取れなくなった。
怪人はその場でゆっくり旋回しだすと、背中の砲を連続で撃ち始めた。
それは無差別に放たれたものではなく、目標へと正確に着弾し、生徒一人一人の自由を奪っていく。顔を狙うとやはりまずいらしく、胸から下を確実に狙っているという正確無比な射撃である。そうして自分の周りにいた守備側の生徒をあらかた沈黙させると、今度は委員長と同じ攻撃側チームの待機スペースにも砲撃を開始し、手前にいた数人の自由を一瞬にして奪った。
「み、みんな大丈夫か……動けるものは逃げろ」
内野の中に跳び出して行った教師ももちろんそのゲル状の何かの直撃を食らって倒れたのだが、まだ何とか教師として生徒達を守らねばならない責任感からかそれだけ喋れた。
だがそれは、怪人もあれを喋れるようにしておくと自分としてもまずいと認識させてしまったらしく、もう何発か当てられてしまう。着弾の衝撃で地面を何度も跳ねるようにさせられた体育教師は激しく頭を揺さぶられ、たまらず気絶した。
「先生!」
統率してくれる者が失われ、女子生徒の中に更なる恐慌が走る。
「なに、これ……」
バッターボックスに立ち尽くしたままの委員長が思わず呟く。彼女は怪人の位置より遠くにいるので、攻撃対象からは外されていたらしい。ほぼ同じ位置にいるキャッチャー役の女の子も同じように被害は受けなかったので、尻餅の姿勢のまま何とか後ずさりしていた。
委員長は水の魔物と実際に遭遇し、鬼越という狂戦士との対戦経験(追いかけられただけともいうが)もあるので、他の生徒よりも冷静でいられたが、今は自分が弱い人間の一人でしかないのも自覚している。何も出来ないのは周りの人間と同じだった。
「しかしこれって……とりもち?」
そんな中委員長は、生徒たちの自由を奪ったゲル状の透明な何かを見て、怪人制圧の際に陸保や水保の戦車から放たれるトリモチ弾と同じような印象を受けた。
しかもその材質が、昨日遭遇した水の魔物の体組織に良く似ている。
「進化……してる?」
鉄車帝国の残党組織が水の魔物の力を何らかの方法で取り入れ、それを自分達を苦しめるトリモチ弾と同じように使う方法を編み出した――委員長はそのように予想した。
水の魔物自体は鉄車帝国とは直接関係無く、偶発的に出現したものといわれている。
鉄車帝国の超巨大水陸両用戦車型怪人がチャリオットスコードロンに倒され首都内湾に沈んだ時、それで湾内の生態系の何かが変わってしまったらしく、それが魔物出現のきっかけになったらしい。その異のテクノロジーすら残党たちは取り込んだというのか。
『――』
鉄車怪人はある程度の数の人質を確保すると、静かになった。
ゲル状の透明な何かを付着させられ何とかそれを外そうとしている生徒。付着したまま諦めてそのまま静かにしている生徒。攻撃は食らわなかったが、恐怖で思うように身動きできない生徒。バットを握ったまま呆然と立ち尽くしているようにしか見えない委員長も、怪人にとってはそんな人質の中の一人だろう。
悠然と怪人は何かを待つ。戦うべき相手の出現を待つ。
組織を壊滅させたあの戦士たちの再来を怪人は待つ。戦士たちを自分が討てば帝国の再興が叶うと信じて。
その時、校舎の外部に設けられているスピーカーというスピーカーから非常サイレンが鳴った。遅ればせながら校庭で起こっている緊急事態に気付いたらしい。校内放送では外に出るなと教頭の声が流れる。助けに出ようと思っても相手は鉄車怪人。高校生が敵うような相手ではなく二次被害が広がるだけだ。同じクラスの男子たちも体育館の方から遠くに事態の推移を見守るしかできない。
そして高校生でも敵いそうな二人は、本日二人とも登校していない。
「……」
だが、ここにもう一人、怪人にも対抗できそうな女子高生がいる。しかしそれは条件付きだ。その条件を満たすためには姿を変えなければならない。
「……」
委員長は――
「ねぇスケアディキャット)は「臆病者」という意味です、聞いてるよね?」
握っていたバットを地面に捨てながら、委員長は虚空に話しかけた
『もちろんですぞ』
首に下げるプレートが小刻みに震動すると、あの変態紳士の声がかすかに聞こえた。
風に乗って流れてきた委員長の声を聞き、自分の声を風に乗って流し、委員長が胸に下げる銀の許可証を震動させて会話を成立させている。さすが風使いの名に恥じない力を発揮している。
「じゃあ、この惨状わかるよね」
『もちろんですぞ』
委員長の位置からは姿がうかがい知れないだけで、どこかから見ているのだろう。本日はブルマ女子が二人もいた訳であるし。
「魔法少女って別に正体がばれても魔力がなくなるとかすぐに死ぬとか無いよね?」
委員長が知りたかったことを訊く。
『それはそうですが、正体がばれると色々と行動に制限はつきますぞ?』
「……それくらいならここで変身しちゃっても――良いよね?」
委員長は――決断していた。今すぐここで自分が魔法少女に変身して、みんなを守ると。
なにもこの場で変身しなくとも、一旦自分がここから離れて、誰もいないところに退避した後に変身するのも手ではあろう。
一昨日までの自分であったらそちらの方を選んだ。逃げる時にあの砲で背中から狙われないとも限らないが、何とか校舎の方まで逃げ延びたキャッチャーの子と同じことをすれば何とかなるかもしれない。
しかし委員長は、昨日という時間を越えて一昨日までの自分とは違っていた。
自分が入学の時から追い続けていた銀色の
そしてその狼人を盗られたと恨んだ赤色の鬼も今この場所に居れば、彼女は間違いなくクラスのみんなを助けるために怪人へと立ち向かって行っただろう。自分に振るった金棒を今度は怪人に向かって振り回しながら。
恨んだ相手は実は聡明で、そして――優しい女の子だった。
昨日自分が傷つけてしまったその優しい女の子が居れば、この場はなんとかなったのかも知れない。しかし自分が全てを駄目にした。
鬼は悪役であるが悪人ではない。その矜持に従って鬼であっても弱き者のために己に託された強き力を振るう。
だから今はいないあの
そしてそれが今の私に出来る精一杯の罪滅ぼし。
「私にはね、いっつも目立って正体が丸出しでも自分の命を懸けてまで誰かを守ろうって戦う友達が二人もいるのよ。今さら私一人がビビッてどうするのよ! 私は二人のクラスの委員長なのよ!」
それが委員長の決断。
彼女は今この瞬間、本当の意味で母からその力を継承できたのかも知れない。
「良くぞ申した次代の魔法少女よ!」
その声は直接上の方から聞こえた。そして空から舞い降りてくる一体のカカシ。
「この風使いのゼファー、御身の為にこの身粉々に砕けようとも全力で力をお貸ししますぞ!」
委員長の隣りにストンと降り立ったゼファーは、首から変身アイテムの入ったバッグをぶら下げていた。どうやって自分でそう出来たのか分からないが、多分風の力で引っ掛けたのだろう。
「……」
委員長はゼファーが持ってきてくれたバッグを彼の首から外すと、中身を取り出してバッグは遠くに投げ捨てる。眼鏡を外すと畳んでポケットの中に入れた。裸眼になった委員長が、静かに佇む怪人を改めて見据える。
「ゆけ、ドロシー! 変身ですぞ!」
「わかってる!」
名を呼ばれた委員長は相変わらず重たい魔法の杖を振りかざすと、裂帛の気合を入れて叫ぶ。
「へんしん!」
魔法の杖が光輝き、その光に包まれた衣服が粒子化して消失し、新たな衣装が物質化マテリアライズされる。数瞬の後、そこには赤と白を基調にしたコスチュームに身をまとった次代の魔法の戦士が誕生する。
ボディは赤をメインカラーにしたフリルドレス。ところどころ反対側に白を散らしたアシンメトリなデザイン。肩はチューリップのつぼみの袖に、二の腕から指先までは赤いレザーのロンググローブ。手首の周りには真っ白いフリル。
脚は膝上のオーバーニーのブーツ。素材もロンググローブと同じでレザーで色も同じく赤。くるぶしの辺りには白いリボンがあしらわれる。解けた三つ編みが燃えるような赤毛に染まり、頭の後ろに大きなリボンがついた。
そうして最後に膝上のフレアスカートが、脚を下から撫でる不自然な風でぶわっと捲り上がって一連のシークエンスは完了。
「魔法少女マジカルドロシー推参!」
マジカルバトンという名の大バールを相手に突き出して、マジカルドロシーとなった委員長が名乗りを上げる。
「い、委員長!?」
「委員長が魔法少女!?」
「か、かわいい……」
その一連の変身シークエンスを目撃することになった生徒が一様に度肝を抜かれたような顔になる(一部違う方向に興味を持った生徒もいるようだが)
「ゼファー、なんかお尻の当たりが昨日の変身の時よりスースーするんだけど」
本日三回目の変身に際して、過去二回よりも最後に脚をしたから撫でる風が、妙に尻に対する風当たりが強いような気がしていた。
「中身がハーフパンツでは余りにも格好悪いですゆえ消去させてもらいました」
その原因を作った本人が、さらっと「何か問題でも?」といった感じでのたまう。
「じゃあなに今の私生パン?」
「ブルマであられましたらそのままで良かったのですが」
「わかった、次から体育の授業は全部ブルマでやる。その代わり、今度水保から火炎放射戦車借りてきてマジであんた火炙りだから。人類の科学技術の進化をその身を持って味わいなさい」
「おー、文明の利器との風炎対決ですか、それは風使いの腕が鳴りますな!」
そうやって緊張をほぐすように軽く言い合いをしながら、相手との間合いを計る。
「クラスのみんな、聞いて欲しい」
バールを構え怪人との距離を少しずつ詰める委員長が言う。
「私が今からあいつを食い止めて時間を稼ぐ。だから動けるみんなは動けなくなったみんなのことを何とか引き剥がして、ここから逃げて欲しい」
委員長から姿が変わっても委員長はこの級友たちの委員長として指示を出した。教師が気を失っている今、級長である自分が指示するしかない。
「い、委員長……」
ミカは他の生徒と同じように透明なゲル状の何かを食らってマウンドに繋ぎとめられてしまっていたが、委員長の必死の声を聞いて、まだ自由なままの腕で踏ん張ってなんとかここから抜け出そうとし始めた。
「……そうだ、委員長のいうとおり、逃げなきゃ」
ミカのその試みはすぐに伝播し、腕でも脚でもまだ動かせるものは精一杯もがき、透明なゲル状の何かを食らっていない者は、食らってしまった者の無事な体の部分を引っ張って助け始めた。
そして、体育館の方から「わーっ!」と大声を上げながら複数人の生徒が一気に駆けてきた。全員が体操着姿の男子。このクラスの男子生徒たちだ。
委員長の変身と、その委員長の声を遠くに聞いて何かが弾けたのだろう。自分のクラスの女子を守るために男子たちが今命を懸ける!
……まぁ合法的に女子の体に触れられるとスケベ心を抱いて走ってきた男子も少しは居るだろうが(いや全員か?)、それでも怪人の待つ校庭に向かっていくのは相当な勇気だ。
「いたいいたいいたい!」
「そんなに強く引っ張ったら腕抜けるから!?」
「どこさわってんのよエッチ!」
あちこちでそんな脱出のための悲鳴が出始める。
それを聞いた怪人が、生徒たちの拘束を強めようと再び砲身を動かそうとするが
「あなたの相手は私!」
委員長がそう雄々しく叫びながら怪人へとダッシュする。そのまま目前でジャンプすると、委員長の意図を知ったゼファーが彼女の背後に風を起こした。それは願い違わず委員長の尻めがけて強く向かっていく。
お尻に叩き付けられた風をかわすように委員長は腰を捻ると、今度はその風に足の裏で乗るようにする。
目標が自分のお尻と定まっているので、後はその角度や位置を自分で変えれば良いだけなので慣れれば結構できた。母親がいっていた「すぐ慣れる」というのは本当だったんだと委員長は実感していた。
「やーっ!」
風の力を借りて飛ぶようにジャンプした委員長は、怪人めがけて逆落としをかける。着地寸前に両手持ちにしたバールを怪人の胸部へと思いっきり叩きつけた。
「いたーっ!?」
金属と金属が衝突する豪快な音がした後に、委員長の悲鳴が続く。固いものを固いもので思いっきり叩いたので、その結果として手に電流が走ったほどの痛みが襲ってきた。しかもそんな思いまでしたのに、相手の装甲表面に軽く傷を付けたくらいだった。へこんですらいない。
怪人が逆襲とばかりに委員長を払うように腕を動かしたが、バックステップでそれをかわす。
「ちょっと……全然効かないじゃない。なんかもっと力貸してよゼファー」
片手を一旦バールから離して痺れた手をブラブラさせながら、背後の風使いに文句を付ける。
「我輩の魔力と娘殿の力は連動しておりますゆえ、まだ魔法少女としては経験の浅い娘殿ではあの相手に傷をつけるのも難しいかと」
「なによそれ、私がいっくらがんばっても無駄ってこと?」
「いえいえ、そんなことはありませぬぞ。今の娘殿の力でも千回ほどぶっ叩けば、爆発崩壊直前のダメージ蓄積までいけるのではないですかな。あと999回ですぞ」
ゼファーも鉄車怪人の体組織の構造は一応知っているようで、そのように教える。
「……」
それを聞いて委員長は渋い顔になるが、それも一瞬で消えて、改めてマジカルバトン(バール)を握りなおす。
「でも、やるしかないわね」
委員長の赤色の友達も銀色の友達も、そんな状況だったとしても一歩も引かずに立ち向かっていくのだろう。
ならば自分だって同じことをするだけだ。
「ゼファー! あんたはあいつが透明なトリモチをまたみんなに撃ったら風の壁で防御! いいわね!」
「承知!」
委員長はそうゼファーに指示を出すと再び怪人に向かって駆けた。今度は正面からではなく横から回り込むように校庭を走る。もちろん怪人も体を回転させて委員長の動きを追うが、委員長はその途中で再び跳んだ。
怪人がまだ生徒に対して再発砲はしていないので、ゼファーも委員長のサポートに全力を傾けられていられる。ゼファーの風が再び委員長の体をお尻から掬うように放たれ、その体を更に跳躍させる。
委員長はその風から一旦ずり落ちるようにすると、自分の横になった風を壁代わりにして片手と片足を突いて、空中で横っ飛びに跳ねた。
そうやってゼファーの送ってくる風をなんとか操りながら、このフリフリでブリブリな衣装も理に叶っているのだなと少し感心した。フレアスカートが帆船の帆のようになっていて、風を大きく体に受けられる。
でもこれからはオーバーパンツかブルマは絶対必須だとも思った。現状では下着が丸出しで恥ずかしいという羞恥の意味よりも、これだけお尻に風を当てられていたら腹が冷えてお腹を壊してしまいそうだという、直接体調に関係してくる問題からだ。
『――?』
そして委員長のそのトリッキーな移動方法は、目標の姿を怪人から見失わせた。
「やーっ!」
あさっての方向に顔を向けていた怪人の後頭部に委員長の振り下ろしたバールがヒットした。「いたい!」とまた悲鳴を上げながら、怪人の肩の辺りを踏み台にして背後に飛ぶと、乗り捨てられたままのトランスポーターの荷台に着地する。怪人が突進してきてそのまま激突し輸送車両の長大な車体が横倒しとなったが、委員長はその前に跳んで逃げて再び間合いを広げていた。
「はぁ、はぁ」
これで二発。あと998回もぶん殴らないといけないのかと思うと先が思いやられるがやるしかない。
委員長が相手との距離を測る合間に周りの状況を確認すると、助けに来た生徒も一緒になってくっ付いてしまっているのがいたるところで散見された。だがそうやって逃れるために一生懸命になってくれてるだけで良い。今はそれが恐怖を紛らわす。
まぁ女子同士でそうなっているのは良いのだが、「スケベ男子がー!」と至るところで違う種類の悲鳴が上がっていたり、助けに来た男子同士で「何故か」透明なゲル状の何かの中で絡み合っていたりしていたが、委員長は見なかったことにした。
「はぁっ!」
委員長は気合を入れなおすと、再び怪人に向かって走る。
その時怪人が背負う砲身が再び動くのを見た。
意外に委員長がやるので、怪人もちょこまかと動く委員長を黙らせたいのか攻撃目標を再び周りの生徒に向け始めたようだ。
横向きに傾けた砲身から、透明なゲル状の何かが撃ち出される。
「させませぬぞ!」
しかしその意図を事前に察知したゼファーが風の障壁を作り出して透明な砲弾を弾いた。だが、何発かは風の障壁をすり抜けて生徒たちに弾雨が降り注ぐ。
「すみませぬ娘殿!」
「いいから! みんなのことを守るのを続けて!」
委員長はそれだけいうと今度はジャンプは見せずに、そのまま怪人の目前に走り込み、怪人のキャタピラで挟まれた腹部へとバールをお見舞いした。
そしてまた「痛い!」と悲鳴を上げながら、怪人の脇をくぐり抜けようとしたが、三回目にして遂にその長い腕が委員長の体を捉える。無造作に振るわれた腕が、委員長の体を横薙ぎにふっ飛ばした。
「きゃぁ!?」
委員長の体は校庭に叩きつけられる。怪人はそれで済まさず、再び腕を振り上げ追い討ちの姿勢になる。
「娘殿!」
ゼファーは倒れた委員長の尻の下に風を発生させると、委員長はそのままの勢いで地面からすっ飛ばされた。委員長の消えた地面に怪人の腕が突き刺さる。委員長は怪人からある程度間合いが離れた場所に落下した。
「いたたた……」
「娘殿! 申し訳ございませぬこんな介助しか出来ませんで!」
「いや、いいよ、助かったから……いてて」
痛みに体を震わせつつ、委員長が立ち上がる。魔法少女のスーツで強化されているから良いものの、直撃を食らえば痛いものは痛い。多分生身だったら今頃粉砕骨折くらいではすまないだろう。そういえばこんな攻撃を頭などに受けたらどうなるのだろうか。
「ねぇゼファー」
「なんですかな」
「このスーツが覆ってない場所、たとえば顔とかに攻撃を食らったらどうなるの?」
「う~む、母殿はその部位に直撃を受けたのは見たことはありませぬが、察するにミンチではないですかな」
「……先に言え」
まずはコイツをミンチにしなければならないと委員長は心に再び深く誓う。確か冷蔵庫でもドラム缶でも自家用車でも何でも砕く工業用シュレッダーとかあったはずだから、あれにぶち込めばいかにコイツといえども粉々のミンチになるはず。首にかけてる許可証を見せて使用方法を説明すれば所有している企業も快く貸してくれるだろう。
「元々魔法少女は、
ゼファーが続けた言葉に、そういえばそうだと委員長も納得した。水の魔物はあんなにも固くない。母が魔法少女になった頃の敵である魔法生物とやらは詳しく分からないが、少なくともあんな鉄の塊ではないだろう。
「……」
これを繰り返せば相手にダメージを蓄積できるだろうと思ったヒットアンドウェイは、三回目にして敗れた。
再び間合いを取った委員長は周りを見渡す。さっきよりも透明なゲル状の何かの中で絡み合っている男子同士の数が増えたような気がするが、やっぱり委員長は見なかったことにした。
さて、どうする。
あと997回ぶっ叩くにしても、もうこれからは毎回なんらかの反撃がくるのは覚悟しなければならない。もう委員長の一撃離脱のヒットアンドウェイは許してくれないだろう。
たった三回のアタックを終えただけだが、委員長の顔には疲れた表情が見えてきた。そして焦りの表情も。
「……どうする」
「そこの魔法少女、加勢に来たぞ」
「!」
校庭内に響き渡る女性の声。
遠くから聞こえた声。それは救援の声。
多分職員室に残る教師たちが連絡してくれたのだろう、陸保か水保の駆逐部隊が来たのか。いや、女性の声だったのでこの地域担当の水保の水陸両用戦車が内陸までやって来たのか。それならば自分を魔法少女と知る声の意味も分かる。
しかし戦車がやってくる時のキャタピラの音も振動も何も無かったのに、委員長は不審に思っていた。そして自分を呼んだその声も、妙に聞きなれた声だったのが更に不審を増長させる。
「……」
委員長が恐る恐る声のした方に振り向くと
「やっぱり鬼越さん!?」
そこには、一方の先端にペール缶を二つ取り付けたような太い棒を右肩に担ぎ、左腕には銀色の塊(陽子)を抱えた赤鬼が、壊れた正門に立っていた。急いで服を着てきたのか着乱れた制服姿。
目の下に真っ黒なクマができており髪もぼさぼさ。誰が見ても体調が悪そうなボロボロの状態。校庭の他の生徒たちからもざわめきが上がる。
「なんで鬼越さんがいるの!? しかも左腕の犬飼さんはなに!?」
「寮の方に連絡があってな。学校の方に怪人が出て魔法少女らしき者が戦ってるからこれから登校しようとしている生徒は絶対に寄越さないようにと」
それは午前中は体調不良で休んでいた生徒や、忘れ物を取りに戻った生徒向けに入れられた緊急連絡なのだろう。これ以上生徒が巻き込まれて被害が拡大しないようにと。
鬼越も体をおかしくして寝込んでいた一生徒であるのだが、それでもその「来るな」という通報を受けて逆にやって来るのが、戦いの種族の末裔である鬼越という女であろう。
「なんで……どうして、鬼越さん」
「同級の者が戦っているのだ。同じ仲間として加勢するのは当然だろう」
そういいながら荒く息を吐く鬼越。
「だが、アタシはどうやらここまでのようだ」
委員長の危機を察して姿を見せた鬼越だったが、両腕の二つのアイテムを運んできただけで病み上がりの体力をほぼ消費してしまったらしい。
「しかし、必勝の策は持ってきた」
「……必勝の策?」
確かに右腕にはそれが可能かもしれない決戦武器があるのだが、左腕の暑さでダウンしている陽子(一応こっちも制服姿だった)はなんの役に立つのだろうと委員長も思う。
「あとは誰かに委員長へ届けてもらえれば良いのだが……」
「鬼越殿ーっ! ほんの少しで良いのでその得物をぶん投げてくれませぬか! 勢いが付けば我輩が風の力で飛ばせますゆえ!」
風に流れて聞こえてきた鬼越の呟きを拾ったゼファーが声を上げる。流石風使いだけある。
「なるほど、ぶん投げられれば良いのだな? ならば……コイツも頼む!」
鬼越が右手に持っていた爆槌を渾身の力で投げる。
それに続いて左腕に抱えていたものもぶん投げた。
「承知!」
その二つはほんの少しだけ宙に上がっただけだが、ゼファーの起こした風によって加速するように天に昇る。
「……ほえ? ボク飛んでるよ?」
体が脱力して狼の姿煮状態だった陽子が、突然の飛翔に驚く。
「ヨーコ! 委員長に抱きつけ! そして絶対離すな! 後は頼むぞ魔法少女!」
鬼越は最後の力を振り絞ってそれだけ言い残すと、その場に倒れた。
「鬼越さん!?」
「えー? あー、うー?」
何がなんだかさっぱり分からず空に放物線を描いた陽子が、委員長の側にべちょっと墜落する。狼人の身体能力+ゼファーの風の力のおかげで落下のダメージは殆どない様子。しかし朝から続く熱波のダメージは続いているわけで身動きができない。ほぼ同時に委員長を挟んで反対側に爆槌が落下してきた。
「犬飼さん!?」
「えー、あー、……あぁ、誰かと思ったら委員長なんだ。なんかすっごい可愛い格好だねぇ」
どろんと溶け出すような目でマジカルドロシーとなった委員長を見ながら陽子が言う。
「えーとなんだっけ……ミユキがなんか今わの際に何か言い残してたような」
立てるような状態ではないので、這うようにして委員長の足下に近づく。ちなみにまだ鬼越女史は死んでない。
「なんだっけ……抱きつくんだっけ?」
陽子はそういってのそのそと動くと委員長の腰に後ろから抱きついた。魔法少女の腰からだらんと狼人が伸びてくっつく。
「え、? あ、? う、?」
陽子がいった謎のうめき声と同じ謎の言葉を繰り返す。
(なに、え、なに、なにが起こってるの……?)
視線を下げれば、ふさふさとした毛が腰に回されている。着ているコスチューム越しにも分かる柔らかな毛並み。
そして背骨辺りには陽子の胸の膨らみが惜しげもなく押し付けられていた。
委員長には女色の毛はなかったが、その柔らかい胸の丸みも柔らかな銀毛に包まれているのを知ると、頭の中の色んなものが決壊した。
好きで好きでたまらない動物たちが自分に寄り添って、そのふわふわの毛並みを押し付けてくれるのを何度夢見たことか。
そして寄り添ってくれた瞬間に、自分のくしゃみで追い散らしてしまう様を想像して、なんど泣いたことか。
今までずっと近くて遠い存在だったそれ。
でも、それは、今――私を抱いている!?
「も、……も、……――もふもふぅっ!?」
委員長は大地を割るほどの謎の雄叫びを上げると、バールを右手だけで持ち、空いた左手で転がっていた爆槌を拾い上げた。
「もふもふーっ!」
神経が焼き切れる程の
「――ん、なんと!?」
ゼファーが自身の体の異常に気付いて声を上げる。魔力が吸われている。その供給先は次代の魔法少女だ。
「吹けよ疾風ぅ! 貫け竜巻ぃ!」
ゼファーから強制的に魔力を引き出した委員長が、爆槌を天に向かって高々と突き上げる。
「
それは魔法少女の隠された技なのか、それとも委員長がその場で考えただけなのか不明だが、委員長の起こした竜巻が天に向かって伸びると、それが複数個に分かれて降ってきた。
それは一つ一つが透明なゲル状の何かに絡め取られてもがく生徒の側に突き刺さると、その生徒ごと抉るように地面を砕いた。そして完全に地面から引き剥がされた生徒を今度は風の力で舞い上がらせる。
「きゃーっ!」「うわーっ!」
宙の至るところで悲鳴が上がる中、吹き飛ばされた全員が、校舎の方の安全圏へと落下し、着地の寸前に下から風が吹いて軟着陸させた。
凄まじい魔力だ。しかも爆槌はただ単に風の力を御する道具として使っただけで、魔力そのものは委員長とゼファーから出たものが全てである。魔力の制御針にするのなら別にバールの方でも良かったような気もするが、最早委員長の顔には複雑な攻撃方法を考えるなど出来ないような恍惚の表情がある。目に浮かぶのは星かハートマークか。とにかく色んな意味でヤバイ状態には違いない。
次代の魔法少女マジカルドロシーは、戦闘経験二回目にして二つの超パワーアップアイテムを装着して最終決戦モードへと究極進化してしまった。後に続けられるんでしょうかこれ?
そしてその反動を食らって魔力を吸われすぎたゼファーが、風力でバランスを取れなくなってバタンと倒れた。
「す、凄いですな、母殿(先代)が本気になった時と同等の力は出てますな……」
さしものゼファーもその大パワーにあきれ返るほどだった。もふもふ恐るべし。本人が「もふもふ」と必殺技名しか会話が成立しなくなっているのも難有りだが、既にそのような問題を超越してしまっている。
「もふもふーっ!」
多分「ヤー!」とか「いくわよ!」とかそんな意味であろう「もふもふーっ!」を叫びながら、バールと爆槌を振り回しながら怪人へと迫る。怪人が、接近する委員長を迎撃するように高々と腕を上げて振り下ろす。委員長は左手に持った爆槌を横薙ぎに払ってその攻撃をかわす。
委員長は爆槌を振り回す反動を利用して、攻撃をかわされて無防備に晒されている胸部へと返す刀でバールを叩き付けた。
先ほどまでの何十倍もの良い音がした。怪人の胸部が見事にへこむ。多分バールにも風の力で加速をかけているに違いない。しかも殆どが無意識の内に。
「もふもふーっ!」
ガキン! ドガン! とバールと爆槌が唸る音が交互に轟き始めた。あまりの連続攻撃に怪人も腕の防御が追いつかずなすがままである。鬼の鬼越が見ても引くくらいの鬼のような攻撃が浴びせられていた。もちろん腰には陽子が抱きついたままである。陽子は気を失っているのか意識があるのか分からないが、とりあえず鬼越の今わの際の言葉(注、死んでません)を実直に守っている。
「もふもふーっ!」
実はそんな陽子からの力の供給が一番の大パワーの源である委員長は、不意に両手の武器を地面に取り落とした。いや、落としたのではなくもう必要ないからパージしたのだろう。相手にはもう崩壊寸前までダメージを与えた。
委員長の右手に風が巻き起こる。それは力を貯めるように高速で渦巻き白く輝き始めた。
満身創痍となった怪人へと委員長が真っ向から跳ぶ、陽子を腰にぶら下げたまま。
「全てを貫く風の
風の力を最大限に込めた拳で委員長は怪人をぶん殴った。それは相手の胸部をぶち抜くような勢いでめり込み、一気に連鎖崩壊が起こって怪人の体がふっ飛ぶ。もちろん委員長も陽子も一緒にふっ飛んだ。
「ああ……ボクまた飛んでる、ょ……」
「あはは……あはははははは! あっはっはっはっは! もふもふぅ!」
「少しやり過ぎたか」
ある程度体力の回復してきた鬼越は、怪人爆発の煽りを食らって青空を宙に舞う委員長を見ていた。
こんなことなら爆槌ではなく普通に金棒を渡しておいても良かったような気もするが(しかも委員長は爆槌の爆圧能力を使ってないのだ)やり過ぎも何も一緒に渡したものがアレな訳だから結局のところ結果は同じだったのかと思い至る。
そのもう一つの渡したアレなアイテムである、シルバーカラーのパワーアップ用増加オプション(陽子)も一緒に飛んで行っていたが、鬼越は見なかったことにした。
なんか見なかったことにする女子が多いですな、この高校。
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