ふたつめのおわり

「いやー、良い天気だ!」

 本日7月1日。

 夏と呼ばれる季節の概ね第一日目にあたるこの日、陽子は元気ハツラツといった雰囲気で空を見上げた。

 本日から本格的に夏突入ということで気温も30度は余裕で越えるとのこと。

 しかしそんな暑さが苦手なはずの狼人である陽子は、何故か本日朝から元気である。

 そんなテンションフルパワーといった感じの陽子の格好は、陸上用のレーシングウェアである。そして場所は学校の校庭ではなく、寮の正面玄関を出た所である。右手に鞄、左手にはいつもの制服を詰めたバッグ。

「は、恥ずっ!?」

 その隣りには委員長がおり、彼女も何故か同じ格好である。右手に鞄、そして左肩には鉄塊マジカルバトンなバールと制服を詰めた長いバッグを引っ掛けている。

 なんでこんな事態になっているかというと、高校の校庭に現れた鉄車怪人を魔法少女となった委員長が倒したあの日、陽子が目を覚ますと何故か自分は校庭に寝ていて、しかも服はボロボロ、そしてそれが一番疑問だったのだが自分を抱き枕にするがごとく、委員長が思いっきり抱きついていたのだ。しかも魔法少女の格好のまま。更には委員長も気を失っているらしく、陽子が見ると物凄い良い笑顔で気を失っている。

 陽子はこの現状に「???」だったのだが、そこへ寮で寝てるはずの鬼越がやってきて「本日活躍した女傑――ヒロインというのだったか、まぁそれへの御褒美ということでしばらくそのままにしておいてやってくれ」と説明したのだが、さっぱりわからないどころか、周りの気温はまだ高いままだったので、起きた直後だったが再びダウンし、また委員長も暑さなんかどこへやらといった勢いで抱きついてくるので、陽子は再び暑さと熱さで目を回し倒れた。

 次に陽子が気付くと寮の部屋の中に居た。周りの風景がオレンジ色なので夕方であるらしい。昼から気温が下がったのか開けられた窓からは、体に優しい涼しい風が入ってきていた。

 陽子は床に布団を敷いてそこに寝かされていた。運んで寝かせるにもそのまま看病するにも二段ベッドの上では都合が悪いのでそのような処置になったらしい。

 そんな陽子を委員長が心配の眼差しで見下ろしていた。今度は普通に高校の制服姿になっていた。

 そして目を覚ました陽子にとにかくごめんなさいと委員長の平謝りが始まった。

 陽子は再び「???」だったのだが、今日は一体何があったのか殆ど覚えていない。

 朝は菖蒲で倒れた鬼越の看病という名目でこの部屋にいたのだが、殆ど暑さでぐったりしていて記憶が無い。次の記憶は何故か自分が高校の校庭の上を飛翔している場面だった。

 一体何がどうしてそうなったのか全く覚えていない。鬼越が今わの際になんだか気になる台詞を言い残していたのでそれを実行したようなしていないような曖昧な記憶。

 遂にあの赤鬼も死んでしまったのかと思ったら、委員長の隣りに並んで座って自分のことを見下ろしていた。ピンピンしている。その特に変わらない姿に、少し残念に思う陽子だった。陽子も心の奥では鬼越のことを退治したいと思っているのだろうか?

 陽子自身は特に何かあった訳でもない(というか覚えていない)のでどうでも良かったのだが、なにか埋め合わせをしたいと委員長があまりにも必死なので「じゃあ――」とこんな展開になってしまった次第。

 というわけで「7月になったらスクール水着で登校」という野望を陽子は掲げていたが、さすがにそれはまずいと二番目の「レーシングウェアで登校」が実行されてしまったのだ。

 委員長にしても鬼越から託されたとはいえ最後はあんな展開になってしまい、自分も気付いたら陽子の体に思いっきり抱きついていたというのもあって、なんらかの埋め合わははしたいと思っていた。

 そんな訳なので、陽子が自分からは特に何も望まなかったら、政府からもらった魔法少女としての初任給(鬼越が倒したのだが)で二人に何か奢るくらいはしようと考えていた委員長は、自分の想像の斜め上を行く展開に頭が痛くなっていたのだった。

 ちなみに更に委員長の隣にいる鬼越も何故か同じ格好であった。鬼越女史も右手に鞄、左手にはいつもの制服を詰めたバッグ。そして本体はレーシングウェア。

 陽子のことをアイテム代わりにしたりぶん投げたりと色々したので「じゃあアタシも付き合うか」と、同じ格好をしている。

「……犬飼さんはまだしも、なんで鬼越さんまでそんな平気な顔してるのよ」

 登校していく他の生徒の視線などどこ吹く風的に、いつもながらの涼しげな表情である。

「里の方では若い女の鬼は大体今の季節では胸布と下穿だけなので、別にこれぐらいの格好普通なのだが」

 さらりと自分たちの日常を説明する鬼越。しかし彼女らにとっての日常は多くの普通の人間にとっては異常である。

「……それって虎縞のビキニっていう、定番のあれ?」

「お前たちの流儀に合わせていうのなら、縞パンに縞ブラだな水着仕様の」

「いやー、御三方のおヒップがこう並んでいるのを拝見できるのは朝から眼福ですなぁ」

 二人の会話にロクデモナイことをのたまう者が入ってきた。

「お一人お一人、形にも特徴があって良いものです」

 寮の入り口近くにある花壇に、ゼファーが刺さっていた。彼はとりあえず寮の花壇そこをこれから委員長と行動を共にする上での定位置に決めたらしい。委員長にとっては頭が痛いことこの上ない。

「しかも陸上競技用衣装でありますれば、スカートを風で翻させなくても見放題。我輩至福の時を過ごさせていただいております」

「えーとさ、鬼越さんに相談があるんだけど」

「なんだ?」

「今度あの爆槌って道具をもう一度貸して欲しいんだけど」

「何に使うのだ?」

「あそこに刺さってる女の子のケツ見て喜んでるロクデナシでウスラトンカチな廃材の塊を塵一つ残さず滅したいの」

 つい自然な口調でケツといってしまったが、委員長は気付いていない。多分それが魔法少女しての力が、彼女の中にごく普通の日々を送る一つとして、根付いてきた証拠なのだろう。

「うむ、そのような正当な理由なら快く貸与しよう。して、実行はいつ頃だ?」

「近いうちに」

「娘殿も鬼越殿も何を剣呑なことを相談しているのですかな」

「キサマは黙ってろ」

「よし、学校までダッシュだ!」

 ひとしきり朝の澄んだ空気と、まだ強くなっていない日差しを涼しい格好で浴びて嬉しそうにしていた陽子が、それでテンションが上がったのかそんな風に告げる。

「よーい、ドン!」

「わーっ!?」

 委員長が思わず悲鳴を上げるが、そんなものは聞こえないのか勝手にスタート合図をした陽子がダッシュする。

「ふむ、朝から走力鍛錬か面白い。そのためのこの衣服であるしな!」

 鬼越もそう告げると走り出した。そして早い。

「ちょっと待ってよ二人ともーっ!?」

 こんな格好で一人残される訳にもいかないので委員長も走った。

「いってらっしゃいですぞー」

 後ろからはゼファーの見送り。期せずして全力で躍動する三人分の尻が見れたのだ。彼も嬉しそうに弾む声。

 アイツはやっぱりいつか薪だと、何度目かわからないほどに心に深く誓う委員長が二人を追いかける。

 しかも委員長はマジカルバトン(バール)の入ったバッグまで持っているのである。そんなデッドウエイトを担いでいては追いつけるはずも無く。

 いっそのこと魔法少女に変身して追いかけようと思ったが、変身している時間の間に更に大きく離されてしまうだろうと諦めた。

 それに変身してしまったらレーシングウェアでの登校に付き合うという、陽子との約束が果たせない。

 更にこのまま変身したら、あのド変態のことだから自動的に消去されるようにしてあるのかもしれない。そうなったらスカートの中はすっぽんぽんである。危険な賭け過ぎる変身だ。怖くてできない。

「……」

 委員長は半泣きになりながら今日までのことを考える。

 陽子ともお近づきになれた。

 鬼越というクラスメイトとの間にあった深い溝は埋め立てられ、お互い言い合いができる仲になった。

 結果的に委員長は新しい友達を二人得た。

 しかしこれが――自分が望んでいた時間だったのだろうか。入学式での陽子もふもふとの衝撃的な出会いからは、なんか程遠いものへと進化してしまったような気がする。

(全てはこれの所為なのか)

 左肩で揺れるバッグを一瞬見ながら、委員長は心の中で溜め息を吐く。投げ捨ててしまいたい。出来れば寮の入り口に刺さってるカカシと一緒に。

(でもこれのおかげで新しい出会いが始まったんだもんね)

 委員長はそう心の中で呟くと、とりあえず処分するのはもう少し先送りにしようと思った、変態紳士の風使いも含めて。

「はぁはぁ……あ!」

 高校の正門まで委員長が何とか走ってくると、そこがゴールだと認識したのか二人はそこで待っていた。

「委員長はやくはやくーっ」

「やはり通常状態の委員長は遅いな。もっと修練が必要だ」

 遠くからそんな声が聞こえてくる。そして自分はその声の方へ少しずつ近づいて行っている。それがたまらなく――嬉しかった。

「もぅ、置いてかないでよーっ!」

 委員長は嬉しさと恥ずかしさでまぜこぜになりながら、迎えてくれている二人の下へと走った。


 ――おしまい――

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