第3話 いざ出勤

 男の体のまま、とうとう月曜日になってしまった。メイクをせずに会社に行くのは初めて。でも、女装した男性にはなりたくない。メイクもせず、ズボンで出勤した。

 私の会社は制服なので、ロッカーから制服を取り、いくつかある個室の更衣室で着替える。早めに会社に行って、自分のロッカーを開けると、そこに入っていた制服は・・・なぜかズボンだった。金曜日まではスカートが入っていたはずなのに。

 会社の先輩が出社してきた。40代の女性社員の中島さんである。

「望月さん、おはよう。」

「中島さん、おはようございます。あの、私のロッカーにこれが入っていて。」

ズボンを見せると、中島さんは私の顔をじっと見た。

「?」

私が顔に疑問符を描くと、中島さんはそれこそ顔に??を描いた。

「どうしたの?自分で言い出したのに、忘れちゃったの?」

中島さんが言う。

「え?私が・・・?」

その時、目が覚めた。金曜日に雷に打たれてから、ずっと夢を見ていたようだ。

 

 私の体は生れた時から男だった。小さい頃は、それほど困っていなかったけれど、女子とばかり遊んでいるとからかわれ、女子からも疎まれたりして、徐々に自分を抑えるようになっていった。本当は女子の友達とおしゃべりがしたかった。でも、中学生の時には、自分の席に座って本を読んでいるフリをしながら、近くで女子たちが話しているのを聞いて楽しんでいた。こっそり。

 女の子になりたくて、高校を卒業したら、知り合いのいない東京へ出てきた。そして女として生活を始めた。意外にほとんどバレずにやって来られた。幸い声も高めだったし、私は細身で背もそれほど高くない。

 1カ月前、私は二十歳の誕生日を迎えた。姉がいるので、実家に帰る時には姉のようなフリをして堂々と女装して帰った。ご近所さんにあっても、みな姉だと思って挨拶してくれた。このまま、女として生きていくつもりだった。親にもそう話していた。

 ところが、その後いろいろ気になる事が出て来た。夕方鏡を見ると、何となく口髭が目立って来ている事がある。また、肩がごつくなって服がきつくなり始めた。外を歩いている時、ふとショーウインドウに映った自分のふくらはぎが、やたらと筋肉が出ていることに気づいてしまい、驚いたこともあった。ワイドパンツを履いたりして、あまり足が見えないようにしようかとも思ったが、また夏になって暑いので、ミニスカートも履いていた。

 それが、あの金曜日。仕事で疲れていて、暑くて汗でメイクも髪も乱れていた。制服から私服に着替えて、トイレに行って鏡を見たところで、あまりにも自分の顔が恐ろしくて、気絶してしまったのだ。

 もう一つ、忘れていた。一度ショックで気を失った私は、もう女装は無理だと思い詰めた。そして、上司の所へ行って、制服をスカートからズボンに替えてくださいとお願いして来たのだった。上司は私の本当の性別を知っていて、新しいズボンをロッカーに入れておくと約束してくれたのだ。その場に、中島さんもいた。中島さんとあと二人くらい、職場の同僚がいて、私が本当は男だからというのを聞いて、びっくりしているようだった。みな口元に手を当てて言葉を失っていたから。


 「そうでしたね。私、伝えたんですよね。本当の事を。」

急に後悔が胸に押し寄せて来た。ズボンはともかく、性別を明かす必要があったのか。あまりに思い詰めてしまい、後の事を考えらえなかったのだ、あの日は。

 私があまりに暗い顔をしていたからか、中島さんは私の事をそっと抱きしめてくれた。

「望月さん、そんな顔しないで。私はね、どっちでもいいと思うのよ。あなたはあなたでしょ?スカートを履いていようがズボンを履いていようが、お化粧をしようがしまいが、それは性別ではなくて、あなたの自由でいいと思うの。」

中島さんがそう言ってくれたので、私は顔を上げた。

「大丈夫、あなたはまだ若くて綺麗だわ。それに、これからもっとメイクも上手くなるわよ。それとね、これから私も制服はズボンにしてもらおうかと思うの。夏でも冷房で足が冷えるし、そうしてもらうわ。」

「中島さん・・・。」

思わず涙が出た。

「ありがとうございます。」

涙声で言うと、中島さんはにっこりしたが、目に光るものがあった。

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