ご飯の美味しい漫画「エロイカより愛を込めて」

 私の通った高校と言うのは、商業系の高校で、最後までなかなか進路の決まらなかった私に色々資格が取れるのよ。と担任に唆されて入った高校でした。その資格とやらがどんなものかも知らずに入るとは自分でも笑えるほど無知でした。

 確かに商業簿記や工業簿記、珠算やら英語やら、高校を出てすぐに実践出来そうな資格ではありましたが、私は自分の興味のないものはとことん興味を持てない事を失念しておりまして、要するに全く授業が面白く無く、全然頭に入らなかったのです。そしてノートを取るふりをしながらの落書き三昧。

 そのくせ社会科や国語などは自ら率先して黒板を移し取り、先生の話に目をギラつかせて挑んでおりました。(漫画を描くのにいつか役立つと思っていました)

 当然、先生方の評価は真っ二つです。今時珍しく勉強に熱心な生徒と覚える気もなければ教える気にもなら無い落ちこぼれ。

 まあ、それはもう、平均的と言う言葉を欠いた一目瞭然の可笑しな成績表でしたね。山!谷!山!谷!です。

 漫画は読むよりも描く方が隠しやすかった。自分の好き勝手な妄想を書いては教科書だのノートだのの間に瞬時に隠すことが出来るからです。この頃は調子に乗ってどんどん描いていきます。

 油断大敵とはそんな心の隙間に忍び寄ってくるもので、ある日布団の中で漫画を描いていてそのまま不覚にも眠ってしまったのです!

布団の下には漫画を描いた大量のB5(小さいので隠しやすい)の原稿用紙が隠されており、それごと見つかってしまうのです!

 漫画と言うものを敵視している母の逆鱗に触れる事になりました。

 母は私の寝ている間にそれを発見したのでしょう。信じられない事に、私は布団に簀巻きにされて原稿用紙と共に二階の階段から突き落とされたのです!

 良くグレずに真っ当に育ったものだと我ながら感心しますが、そんな事で漫画への情熱が薄れるはずも有りません。どうも踏まれると強くなるタイプの雑草の類いだったようで、学校では自ら率先して漫画同好会を作り、美術部、写真部と掛け持ちするほど勉強そっちのけで創作方面にのめり込んで行くのです。

 最後はデザイン学校に行く事になるのですが、結局何のために入った商業学校やら。今思うと普通科に通った方がよっぽどマシでした。

 その当時、私がのめり込んでいた漫画はと言いますと、漫画雑誌で言えば「プチフラワー」と「花とゆめ」後々そこに「プリンセス」が加わるのですが、私の漫画好き好き全盛期でもありました。

 まずは青池保子先生の「イブの息子たち」「エロイカより愛を込めて」「エルアルコン」山岸涼子先生の「日出処の天子」、吉田秋生先生の「バナナフィシュ」、森脇真澄先生の「踊るリッツの夜」坂田靖子先生の「バジル氏の優雅な生活」森川久美先生の「蘇州夜曲」

ああこんなものでは収まりきれません!いずれもBL臭がぷんぷんしますが、当時は大きな出版社の名の知れた雑誌などでは、まだあまり過激なBLと言うものはありませんでした。

 一番に影響を受けたのはなんと言っても青池保子先生かもしれません。私に男臭いものの魅力を教えてくれました。

 男と言うと「エロイカより愛を込めて」と言う作品がまず頭に浮かびます。

 主人公は生きている世界も理念もかけ離れた二人の男達です。

一人はドリアン・レッド・グローリア伯爵。通称「エロイカ」金髪碧眼でゴージャスな泥棒伯爵。快楽的でロマンチストで情に脆い男です。

もう一人は、クラウス・ハインツ・フォン・エーベルバッハ少佐。鉄のクラウスと呼ばれるほど強靭で屈強で非情な頑固者。なのに律義者と言うNATO(北大西洋条約機構)の少佐。戦車マニアで彼の通った後は草木も生えないと言うほどの男です。

もうこれだけ聞いても水と油な感じがしません?

 そんな二人は目的が違います。方や泥棒。方や国家機密を世界相手に争うスパイ。その二人が事あるごとに出会ってしまうのです。

 当然、少佐の方は任務の邪魔でしか無いのですが、彼を気に入っているエロイカはそれが楽しくて堪らないのです。

 そんな二人の付かず離れずの不思議な関係を軸に、国際問題や世界情勢やら、KGBにCIAなどお馴染みのスパイ合戦が面白おかしく、時に大爆笑で繰り広げられていくのです!(本当に可笑しい)

なよなよしい男では無く、筋肉美溢れる骨太な、男の色気の世界を私に教えてくれた作品でもありました。

 当時の少女漫画には見受けられなかった戦車や戦闘機など綿密に調べられ、緻密に描くことで作品のリアリティは増していき厚みが増します。

 カクヨムでお会いした作家様達を拝見しても、皆さまひとつの文章を書くのにも、裏打ちされた知識が綿密に折り込まれていらっしゃいます。

 私はその当時、お昼ご飯は学食か手持ちの弁当でした。たいがい漫研か美術部でコソコソ食べるのが常でしたが、ここでお供になるのが漫画本です。

 御飯時にテレビも見させてもらえない我が家だと言うのに、いや、それだからかもしれませんが、抑圧された吐口だったなのかもしれません。

 私は漫画本を片手に弁当を食うと言う快楽を覚えてしまったのです。

 毎日毎日弁当を食べながら、私はあることに気づきました。読む漫画によって、より一層ご飯が美味しく感じたりするのです。何がそうさせるのかは今持って分かりません。

 ですが、この時一番ご飯が美味しく頂けたのはこの「エロイカより愛を込めて」でした。今読み返しても、所々に醤油だか何だか正体のわからないシミがついていたりします。それを見るにつけ、嗚呼、青春だったなあと、しみじみと思ったりするのです。


 ちなみに小説でご飯が美味しかったのは当時で言いますと、田中芳樹先生の「アルスラーン戦記」山田風太郎先生の「忍法帖シリーズ」平井和正先生の「ウルフガイシリーズ」でした。


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