第3話 伏水
最初の事件から数日が経ち夏は、よりいっそ厳しさを持ち生物たちを追い詰めていた。
「暑い……」
「む……」
「晴明、むってなんだよ」
「はて? そんなこと言ったかの?」
「最近、猫みたいな言動する事増えたな」
「郷に入らば、郷に従えじゃよ」
「晴明は、猫が喋っている事分かるのか?」
「分かるのじゃが、話者の言葉は通じないんじゃよ」
「それだとおかしくないか? 俺の周りには猫の鳴き声に聞こえるのに何で猫にはわからないんだ?」
「そりゃ、本物じゃないからではなのか?」
「まぁ、姿だけだもんな。中身は男の人だし」
「隆、おぬし勘違いしておるぞ」
「え? まさか……」
「わしゃ、女じゃ」
「初耳だよ……」
「陰陽の仕事をしようと決めたのはよかったが、陰陽師とは男の仕事でな。早くに父様、母様を亡くしたので男性として振舞っていたのじゃ!」
確かに、晴明の配偶者はいなかったが完全に男だと思い込んでいた。
「そのころから、男性・女性と大変だったんだな」
「今は昔より随分ましじゃよ!! 女がここまでしっかりと働いている世の中ではなかったからのう~」
一緒に生活し始めて暫く経つというのに、まだ俺は晴明について知らなことが多そうだ。
「知らないほうがよかった……」
高校生の男の部屋に女がいるってちょっと問題な気もする。いや、問題だ。
「けけけ、隆もまだ若いのう」
遊びでもするように晴明が俺で遊んでいる。
「大丈夫じゃよ、わしゃとおぬしは親族じゃ。何も問題などないぞ」
「そっか~ そう考えれば確かに自然だ」
「隆! 朝御飯できたわよ!!」
鈴子の声が家に響き渡る。
夏休みが始まり、午前十時の遅めの朝御飯。
今日も、俺達の一日が始まろうとしている。
朝御飯を食べ終わり机に面と向かう。
そう、夏休みの最大の敵。宿題である。
手始めに得意な国語の古典からだ。
得意なのは、俺ではなく晴明だが。
平安時代にその人ありと言われた晴明がいれば古典など朝飯前だ。
「今回の宿題の題は、竹取物語だ」
竹取物語
平安時代初期に書かれたとされている物語だ。
作者や作成された年はわからないが、日本人に昔から親しまれているかぐや姫の物語だ。
今は昔、竹取の翁(おきな)といふ者有りけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば讃岐造となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。翁言ふやう、われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子になり給ふべき人なめりとて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。美しきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ。
これはその冒頭部分。
「晴明さん、現代語訳お願いします」
「任せるがよい!!」
そういうと晴明は解説を始めてくれた。
「もう昔の話じゃが、竹取の翁と呼ばれる御老人がいた。その御老人は、山に入り竹を取って様々のことに使っていた。名を讃岐造と言ったそうじゃ。竹を取りに竹林に入ると根本が光った竹が一本あった。何事かと思って近づくと、ある一本の竹の中が光り輝いていた。その竹の中には、なんと9㎝程の美しい女の子が座っていたのじゃ。その御老人は、いつも見ている竹の中にいたからこの女の子は私達、夫婦の子供になるべき子だと言ったそうじゃよ。御老人は、手の中に入れ、その女の子を妻に育てさせた。とても美しくとても小さかったのでその子を籠の中に入れて育てたのじゃ。
こんなもんかの!!」
語訳が終わり得意気に胸を張った。
「とても分かりやすかったよ!! 学校の先生よりよっぽどわかりやすい!!」
「わしゃを誰じゃとおもっているんじゃ その時代の人間をなめるな~」
心から恐れ入った。
普段の大食いでだらしなく生活をしている晴明が輝いて見える。
古典は入試でも使う人が多いということで先生が出してきた課題。
この文の感想を書いて来いというものだった。
もう少し、難しい文でもよかったのに。
この後も晴明の知識を借りて問題なく宿題を片付けていった。
国語の課題が残り半分ほどになった頃昼飯を告げる鈴子の声が聞こえた。
「隆、昼御飯できたわよ~」
「は~い。すぐ降りるよ」
部屋を出た瞬間、炊き込みご飯の香りが鼻の中に吹き込んできた。
何とも食欲をそそる香りなのだろう。
「いただきます!!」
「にゃ~」
訳 「おい隆、その炊き込みご飯よこせ!!」
「あらあら、晴明ちゃんも食べたいのね。このお魚。お食べ~」
俺が猫のことを晴明と呼んでいたのをある日、聞かれてしまいそれから鈴子も晴明と呼ぶようになったのだ。
「にゃ~」
訳 「これじゃない!!」
「遠慮しなくてもいいのよ~」
「クン……」
訳 「隆~……」
「良かったじゃないか晴明!」
「隆~」
晴明が俺を恨むように見ながら、鈴子にもらった鱧の頭を咥えている。
テレビから流れてくるニュースは世間で起こった事件を報道していく。
悲惨な事件や政治家による汚職。
内容は違えど、似たり寄ったりのニュース。
もっと他に報道することがあるのではないのかと、生意気にもそう思ってしまうことは稀にある。
「ごちそうさま~」
「お粗末様でした!」
台所に食器を置き俺は二階に上がっていく。
「昼から何しようか」
冷房の効いた部屋にいるのもいいが、たまに外に出なければ体調が徐々に崩れていく。倦怠感が少し出てきていた俺は散歩に出向くことにした。
昔、晴明にも言われたことがある。
「隆。そんなに家にいたら体がなまるぞ。せっかく世の中には四季があるんじゃ。その時々を愛でて感じることもよいぞ!!」
この結果、冬休みに久しぶりに外に出て風邪を引いて寝込んでしまう。
しかし、この雪の舞う町は今までより切なく美しい様で俺に感動を与えてくれた。
その時々にある、季節を楽しむ。
現代の日本人が忘れかけている文化ではないのかと思う。
「いくぞ、晴明!!」
部屋で食べたての腹を落ち着かせ、軽い服装に小銭を持ち晴明とともに玄関へ向かった。
「ちょっと、散歩してくる」
「はーい。 気を付けてね!!」
キッチンのほうから鈴子か声をかけてくれた。
「いってきます~」
玄関の扉をぴしゃりと閉め、とりあえず外に出る。
「晴明、どこを散歩する??」
「御香宮なんてどうじゃ?」
「お、名案だな!!そこで名水を飲んで帰るか~」
「うむ」
御香宮は、伏水にある京都の神社だ。
創建の由緒はわかってないが、862年頃に社殿を修造したらしい。
これは言い伝えだが、862年に境内から水が湧き出た。その水は、香りが良く、飲めば病が治ったという。
このようなことから、この時の天皇である清和天皇が御香宮の名を与えた。
ここの水はペットボトルや水筒を持っていけば、水を汲んで飲むことができる。
伏水の由縁にもなっているところだ。
「あ、水筒持ってきてない。ちょっとまってて!」
「はよ、するんじゃよ~」
晴明の声には、耳を傾けずキッチンに取りに戻った。
「悪い、取ってきた」
「行くかの~」
ゆっくる時が流れているように感じる。
足を交互に繰り出す。
それに伴い、風景が水の流れのように流れていく。
「ここはいつ通っても季節を感じさせてくれるな~」
「そうじゃの~ 春は桜 夏は緑や紫陽花 秋は紅葉 冬は雪
この場所はわしゃも気に入っておるぞ!!」
俺達のお気に入りのこの場所は、中書島から御香宮へ抜ける道の途中。
疎水が流れ十石船が運航している。
春は、疎水の脇に植わっている桜が盛大に咲き誇り、疎水が落ちた桜の花で淡いピンク色になる。
夏には、紫陽花や葉の色鮮やかな緑。これが水面に反射して何とも言えない奥深い景色になる。
秋には、桜の葉が紅の色を持ち葉が散る前の最後の宴をする。
冬は、運行の終わった十石船が疎水の真ん中に停泊し、雪をかぶる。
ここまで整っている場所を好きにならないわけがない。
そしてこの場所を通り過ぎると、昔ながらの酒蔵がある通りになる。
名水あるところに名酒ありと言われるように、伏水もその例外ではない。
夕方や夜になると街灯の光に道と酒蔵が照らされ幻想的な風景になる。
この通りたちをゆっくりと噛みしめて歩く。
言葉が影を潜め、目が幸福に包まれる時間。
「はぁ~」
二人の溜息が重なって、宙に吐かれる。
短い道だが、頭をリフレッシュさせるのには十分だ。
風格の漂う道を抜け、大手筋に入る。
ここは昔からある商店街だ。
老舗の和菓子屋や居酒屋、洋服店、パチンコなど数多くの店舗が並ぶ。
今でも、ある程度の活気を持ち廃れることなく続いている。
「隆、たい焼きをわしゃに食べさせろ~」
「えー! まぁ、いっか~」
先程、炊き込みご飯を食べさせてあげられなかった罪悪感なのではなく、自分も食べたかったという簡単な理由でそれを許可した。
「すいません!! たい焼き粒あんを二つください」
「たい焼き二つね! 二百円だよ~」
そう言いながら、店内にいるおばちゃんが手際よくたい焼きを袋に詰めていく。
「ありがとうございます!」
そう言い、この店を俺たちは後にした。
「美味い!!」
「そうじゃな~」
流石に猫の姿である晴明は、歩きながら食べることはできないので近くの公園でたい焼きに舌鼓を打っていた。
「やっぱりたい焼きは、粒あんじゃな!」
「そうだな~ この薄皮の生地にたっぷり入っている粒あん。たまんないな」
少しの時間、たい焼きを楽しんだ。
ここに緑茶があれば、さらに最高、だったのに。
ふと、そんなことを考えていた。
「隆! いくぞ~」
「いつの間に食べ終わったんだ!」
「おぬしが食べるの遅いのじゃ~
ほれ、つべこべ言わず行くぞ!」」
「はい、はい」
何故か俺よりも早く食べ終わった晴明に急かされ、残り一口のたい焼きを放り込んだ。
商店街を抜けて大きな鳥居の下を通る。
少し、歩き境内に入る。
「大丈夫か!! おいしっかりしろ!」
境内の隅に善霊が仰向けで倒れている。
善霊が倒れている善霊に向かい必死に声をかけている。
「晴明、助けに行こう!」
「むやみやたらに、霊と関わりを持ってはならん」
「でも、見えててほっとけない! ここで無視したら罪悪感で押しつぶされる」
「どんな結果になっても知らんぞ!」
「分かってるよ!」
「おい、どうした」
晴明が人目があることに気を使い、善霊に声をかけた。
「あなたは?」
「そんなこと、どうでもよかろう! 何があった?」
「今朝早くに、こいつ出かけたんです。もう日も登り始めていたんで大丈夫だろうと思ってほっておいたんです。
なかなか帰ってこないなと思って探しにいくと人や霊の気配もない路地で倒れていたんです。聞くと、壊霊に襲われて逃げた。逃げ切れずに、のしかかられ喉を食われかけた瞬間に太陽の光に焼かれ壊霊が消えて助かったと」
「隆、水をありったけ汲んでくるんじゃ!もしかしたら、何とかなるかもしれん」
「わかった!」
辺りを見渡し、水をたくさん汲めるような物を探した。
ペットボトルじゃ足りない。
「なにか、ないか!」
辺りからひそひそと声が聞こえる。
あいつ一人で何やってるんだ。というニュアンスのものだろう。
昔から言われてきた。もう、慣れっこだ。
自分の気持ちを誤魔化し、やっと消火用のバケツを見つけ出した。
「ちょっと、すいません! 緊急なんです!!!」
少し列を作っていた、伏水の汲み場の前に入る。
切羽詰まっているのを感じてか、表立って文句を言ってくる人はいなかった。
時々、「なんなのあの子」や「なにあれ、感じ悪」といった声は細々と聞こえてくる。
「本当に申し訳ない」と感じながら水を汲んでいく。
時間にすれば大した時間ではないが、俺からすると永遠とも感じられるほど長かった。
「すいません! 本当にありがとうございました!!」
バケツ一杯の水を持ち、晴明のもとへ駆け出す。
「遅いぞ、隆!」
「悪い、戸惑った」
「こやつは、壊霊になりかけておる。その邪気をこの伏水で清められるかもしれん。隆!この水を手に救い幹部にかけるんじゃ」
「こうか?」
患部に水が触れた瞬間、「シュー」という音を立て、黒く変色している部分からほんの少し色が抜けた。
「よし、効いておる!! この調子で続けるんじゃ!」
「一気に水を掛けたら駄目なのか?」
「駄目じゃ! 急な変化にこやつの体がついていけぬ」
「なるほど」
水を数回汲みに行き、治療し始めてから一時間が経った頃、善霊の体はもともとの色と思われる色を取り戻した。
途中何度も、悶絶し叫び声をあげる。
最後は、その辛さに気を失ってしまった。
「しかし、この水は一体…
こんなすごい効果がある水、人間が飲んでも効果があるのか?」
「害はないじゃろう。人間と霊はまた違うからの~」
「そうなのか…… それにしても助かってよかった」
「はい、私の友人を助けていただきありがとうございます!」
改めてみると、歳は俺とあまり変わらないくらいだ。
身長は俺よりも高いが、ほっそりとしたあご・大きな目・そして白い髪。
とてつもない美男子だ。
「どうかされましたか?」
「いやなんでもないです!」
声が裏返ってしまった。
「おぬし、名はなんという?」
「私は、白神 空です。今、倒れているのは、白銀 雪です」
白神 空は、横に倒れている華奢な青年を指さした。
「俺は、勝村 隆。 こっちの猫は安倍 晴明」
「えぇっと、別人ですよね?」
当然の反応だ。
かの安倍晴明がこの時代にいるは信じられない。
「無礼な奴じゃの! 本物じゃ~」
「なんで、この時代におられるんですか?」
「それは、カクカクシカジカで……」
自分が晴明の家系であることや霊が見えることなど様々なことを話した。
「なるほど、にわかに信じられないことも起きるもんですね!」
「信じてないじゃろう!」
「いやいや、そんなことないですよ! 私たち霊が存在するので、不思議ではないんです!」
「それなら、よろしい!!」
「あんまり威張るなよ~ すいません。晴明も悪気があるわけではないんで!」
「わしゃは、威張っておらん!」
気取ったように毛繕いをして、人間を忘れているような仕草をする。
「いやいや、安倍晴明さんに会えるなんて光栄の極みです!」
確かに、今となっては何も感じないが安倍晴明だもんな。
俺も最初はそう感じていた。
「そうだな!でも今となっては、ただの猫だよ!」
「おぬしは、ただの人間ではないか~」
「私達を助けてくださったんです。二人ともただの私の恩人です!!」
「そうじゃ、感謝せい~」
「こら晴明!!」
厳しく言われて少し小さくなってしまった。
「そうですね、では後日、御礼をさせてください!」
「そんな!気を使っていただかなくても大丈夫ですよ!」
「晴明さんの言う通りです。御礼をしないと筋が通りません!」
「白神さんがそこまでいうのなら」
頑なな、白神に渋々折れた。
「では、明後日。この場所に来れますか?」
「朝は、用があるので無理ですが、昼過ぎなら」
「わかりました。昼過ぎですね。おなかを空けてきてください!」
「わかりました。では、今日はこのあたりで帰ります。散歩と言って出てきているのでそろそろ帰らないと」
「はい!では明後日、楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました。 楽しみにしています!」
「わしゃも、楽しみにしておるぞ~」
お互い手を振り、御香宮を出た。
人ではないが、他人と関わって仲良くなれそうと感じた晴明以来だ。
そう期待に胸を膨らませ、来た道を帰った。
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