第2話  陰陽師

陰陽道


古の中国で生まれた自然哲学思想の一つ。

陰陽五行説が起源になっているといわれ、日本に伝わってから独自の占術や呪術に発展した。


陰陽師はこの力を使いかつて鬼や妖怪を祓っていた。

力の発動には円とその内部に青龍・白虎・玄武・朱雀・麒麟それぞれの色の宝石を使い五芒星を描くことで発動する。







「次のニュースです」

はきはきとした声がする2016年の7月18日の金曜日。

梅雨が明け、蝉が睡眠の妨害をする蒸し暑い朝。

俺と晴明は部屋にあるテレビでニュースを見ていた。


「今朝未明、京都にて家のごみ箱が燃える不審火が発生しました。幸い怪我人は出ませんでしたが放火の疑いで捜査しています」


アナウンサーが話終わると同時に提供された映像が流れる。


「隆、こりゃ壊霊の仕業じゃ! 捜査したところで犯人は見つからん」


「なんで、壊霊の仕業だとわかるんだ?」


「さっきの映像。燃えている横に二つの黒い靄が微かに見えた」


「映像だと黒い靄に見えるのか!よく知ってるな晴明」


「mytubeというものを見ているとき心霊現象が起こったという動画にはこの靄が必ず映っていた」


「すっかりこの世界に馴染んでいるな」


「おい隆!そろそろ学校いかんと遅刻するぞ!!」


「やべ、晴明行くぞ!!」

時計を見ると針が午前8時5分を指していた。

俺は自転車で20分の伏水高校ふしみこうこうに通っている。

自転車にまたがり、籠に鞄と晴明を入れて颯爽と駆け出す。

途中善霊同士が話し合いをしていた。

おそらく井戸端会議のようなものだろう。

あっちの世界にいれば友人ぐらい軽くできたのかもしれない。

そう、以前の俺ならそう思っていた。

だが今は晴明がいる。


「何、にやけているんじゃ!!」

いつの間にか晴明を見てにやけていたらしい。


透明度の高い水が流れる伏水川ふしみがわ

この土地の象徴ともいえる川だ。

古から良質の地下水に恵まれている。

あの豊臣秀吉は、伏水城に金名水・銀名水と呼ばれる井戸を造り、茶会の時に使用したといわれている。



この川を超えると学校は目と鼻の先だ。

古びた校舎と新しい校舎が並列して建っており、何とも言えない微妙な風景になっている。


「何度見ても、この古い校舎は気味が悪いのう」



「晴明でも気味が悪いことあるんだな」



「当り前じゃ!  世の人間は怖いからそれを対策するものを組織する。陰陽師もその一つじゃ。同じ人間が気味悪がるならわしゃが気味悪いと思うのも不思議じゃなかろう!」


「警察とかもそうだもんな」

妙に納得してしまった。

晴明が言うならそうなのだろうと納得してしまう自分がいる。



「今まで何事もなかったのが不思議な程、気が澱んでる」


「気って何?」


「怨念の塊。人が生み出しているものがほとんどじゃがな」


「あ~あいつ嫌いとかそういうのか……」

俺が原因だと少し申し訳なさを感じた。

そんなことは決してない。 

自分が煙たがられていることはよくわかっているが、それは他人の勝手だ。

悪い気がどのような影響を及ぼすのかはわからないが少し痛い目を見てもらう方が俺はありがたい。



「おい隆、今他人の不幸を願ったじゃろ!!」



「え、何のこと?」


「とぼけるな!他人の不幸願う。これは自身に更なる不幸を招く要因の一つになる!今すぐやめろ」



「わかったよ!ごめん」


「わかればいいんじゃ!ほれ、急いで向かうんじゃ」


「わかってるよ!」

そう言い放ち俺は自転車のペダルを力いっぱい踏みしめた。


チャイムの鳴る5分前に下駄箱に着き、そこで晴明と別れる。

晴明は屋上に向かい俺は教室に向かう。

ここからは、俺にとってあまり楽しくない時間だ。


騒がしい教室に俺という異端な存在。

自意識過剰に聞こえるかもしれないが決してそんなことはない。

先生ですら俺を呼ぶことなく俺も一言も発さない。そんな青春を過ごしている。

苦痛な青春。それも一つの形なのだろう。

大学は誰も俺を知ることがない土地で選ぶことに決めている。

いつも通り何事もなく、時間が過ぎていった。


「キーンコーンカーン・コーン」

昼休みを告げるチャイムが鳴ると、俺は急いで屋上に駆け上がる。

唯一、楽しみな時間だ。



「隆、腹が減ったぞ!」

魚を咥えながら晴明がこちらを見ている。



「いつも、どこからとってきてるんだ?」

朝別れて屋上に向かうのは知っているが、俺の授業中は何をしているのかわからない。


「町を散歩していたら、魚屋の旦那がくれるんじゃよ~」


「そっか、盗んできてるじゃないのならよかった」


「わしゃがそんな低俗な行動すると思うのか?」


「食い意地は人一倍だからな~ 心配にもなるさ」


「それで、わしゃの弁当は?」


「俺の弁当だ!  この卵焼きとソーセージ食べるか?」

弁当の中身を一通り見渡し、複数入っているおかずを晴明に勧める。


「あったりまえじゃ!  うん!美味い!」


晴明は、この時代の食事が気に入ったらしく、俺の御飯をよくつまむようになった。

それからというもの、こうやって晴明におかずを分けている。

図々しとも思うがそれ以上に可愛いのだ。


「もうないのか!」


「文句を言うな~分けてやってるだけでもありがたく思え!」

本当にこいつは。

何ともほのぼのした楽しい時間。

こんな時間がずっと続けばとも思うが。現実はそこまで甘くない。


「やば、もうこんな時間か。ごめん晴明、教室戻るわ」

楽しい時間ほどすぐに終わってしまうもの。



「午後からも、気張るんじゃよ~」

他人事のように晴明が言った。

送り出してくれる人?がいるのは悪くないことだから良しとしよう。


「退屈な時間の始まりだ」

教室に向かう足取りは、軽くなるどころか重く鉄のようだ。


「今朝ニュースでやってた京都の不審火。この学校の近所らしよ~」

教室の席に着いてぼんやりしてしていると、クラスの名前がわからない女子生徒が友人と喋った声がこちらに流れてくる。

決して盗み聞きしていたわけではない。

これは不可抗力というやつだ。


「今朝、晴明がなんか言っていたな」

思わずつぶやいてしまい、それが聞こえたのだろう。気のせいかもしれないが、女子生徒達の顔つきが厳しく見える。


やってしまった。

自分の浅はかな行動に心底絶望してしまいそうだ。

それにしても、あの不審火は壊霊の仕業って晴明言っていたな。

この後の授業はそのことが頭がいっぱいでいつもの二倍集中できなかった。


「キーンコーンカーン・コーン」

夕刻、授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。

夕暮れが世界を紅く染め上げるこの時間。

晴明が校門を出たところで待っていた。


「隆、遅いぞ~」


「これでも精一杯急いできたんだよ!」


「はよ、帰るぞ!」

一方的に話を切り、トコトコと晴明が歩きだす。

いつも通りの家路。


「キャー!!!」


「おい、どうなってるんだ!!」

商店街に入ろうとしたと同時に先のほうから悲鳴とざわめきが起きた。


「いくぞ、隆! 嫌な予感がする!」


「ちょっと待てよ、晴明」

俺は、先に自転車の籠から駆け出した晴明を追った。

近づくにつれ騒ぎが大きくなっていく。

そこで俺は目にする。

暗闇がかった背景とは別に、どす黒く鮮やかな赤色を。

そして煙の奥に霊同士が争っていたのがかすかに見えた。


「隆、落ち着いて聞くんじゃ」


「落ち着いてなんかいられるか!!」


「いいから聞け!」

慌てふためく俺に晴明がこれまでにない厳しい声で一喝した。


「善霊が壊霊を襲っているのは、おぬしにもわかるな?」


「あぁ…」


「おそらく、今朝のニャースで起こった不審火の原因の壊霊だ」


「やっぱりそうか」

火を見た瞬間にもしかしたらという推測はしていた。


「あれを見るんじゃ!」

そういい晴明は、猫の右前足を霊達のほうへ向ける。

その方向には、火を操り善霊に襲いかかる壊霊の姿があった。


「壊霊は、五つの属性のどれかを持っておる。光・闇・水・火・風の五つじゃ」


「今回は見た通り、火ってことだな」


「その通りじゃ。どの壊霊も円と五芒星で封じ込む。

闇には白虎・水には玄武・火には青龍・風には朱雀。光だけは特別なのじゃ。

今までに挙げた四つの属性をすべて使える。ゆえに四神を超える力を持つ麒麟で抑え込むんじゃ」


「あとで説明してくれ!何をすればいい?」


「わしゃは五芒星を書く、おぬしは壊霊を囲むように円を描き上げろ!!」


「わかった!!」

俺はハンカチを水で濡らし口を覆った。

サイズは火の外に円を消火器で描き始める。


「熱い、熱い!!」

少し離れているとはいえ、熱気はしっかりと伝わってくる。

円が描き終わると、円を確認して晴明は火の中に飛び込んでいった。


「晴明!!」

飛び込んでいった晴明を案ずる叫びをあげたが、晴明は舞を舞うように美しく五芒星を描いていく。

芸術的だ。

そこにスポットライトが当たっているように見える。

五芒星を描き終わり晴明が真ん中に青色に輝く宝石を投げ入れた。


「五体の聖獣たちよ、その力もって壊霊を沈めよ!!」


晴明が呪文のようなものを唱えた。

それと同時に、真ん中で争っていた壊霊のみが光り輝き消えていく。


「晴明、今のは……」


「カンカンカン 危険です離れてください」

詳しいことを聞こうとしたが駆け付けた消防隊員によって遮られた。


「帰るぞ~」

事情聴取などを受けると厄介だと考えたのだろう。

何事もなかったように晴明が言った。


「晴明、お前黒猫になってるぞ……」

少し離れてから笑いが堪えられず遂に噴き出して言ってしまった。


「ぬぁ~わしゃのチャーミングな白い姿が!!」

このような抜けた声を聞くと一段落したと感じられる。


家に着き俺と晴明は、親に心配をかけないようにすぐに風呂に入った。


「今日は大変だったな!」


「な~に、あんなの弱い壊霊じゃよ~」


「そういや、俺にあのとき何を言っていたんだ?」


「あれか、壊霊の祓い方じゃな」


「そう、それ! もう一度教えてくれ!」


「仕方ないの~次のから揚げの時、二個くれるのなら教えてやる!」


「いいだろう! 頼む教えてくれ!」

どこまで食い意地が張っているのだろうとも思ったが、この際唐揚げ二個など安いものだ。



「よいか! 壊霊には五つの属性を持っている。

闇は、対象やその周辺の空間にいる善霊と人間に対して悪夢をもたらす。

水は、その名の通り水を駆使し善霊を窒息させ喰う。周囲にも、もちろん浸水など様々な水害をもたらす。

火は、経験したなら説明する必要はないじゃろう。

風は、風を圧縮しカマイタチのように善霊を攻撃する。人への殺傷能力も高い。じゃが距離をとっていれば威力がかなり落ちる。

最後に光じゃ、これはすべての特性を持ち合わせる。この特性を持っている壊霊は一体しか知らぬ。遭遇することはなかろう。

ここまでで、何か質問はあるか?」


「大丈夫です。続けてください先生」


「先生とはいい響きじゃの~

・闇には白の色名を持つ白虎。

・水には緑の色名を持つ玄武。

・火には青の色名を持つ青龍。

・風には朱の色名を持つ朱雀。

・光にはこれらの四神を超える力を持つ麒麟。

これらを司る色の水晶を中央に配置する。

こうすることにより、壊霊を払うことができる。

隆、おぬしにもこれをやれば祓うことができる!!」



「なるほど、覚えていれば俺一人でもできるってことか~」


「水晶を持っていればじゃがな」


「まぁ、こういうことがないのが一番だけどな~」


このあと俺たちは、食事と身支度を済ませベッドに体を滑り込ませる。

やっと終わった一日。

心身ともに疲れ果て知らぬ間に夢の世界へといざなわれていた。










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