第4話 友人
「楽しみにしています!」
「た……」
「たかs……」
「おい、隆!!」
「へ???」
「何にやけてるんじゃ!」
白神の台詞が脳裏によぎったのを晴明に遮られる。
白神を助けた次の日。お誘いがうれしすぎて、頬が緩んでしまっていたようだ。
晴明が膝の上にちょこんと乗り、得体の知らないものを見る目で俺を見ている。
「いや、誰かに誘われるの久しぶりすぎてさ~」
「なんじゃ、そんなことか」
「そんなことでも、俺にとって、とても大切なんだ」
思い返せばいつ以来だろう。
小学校、低学年の頃は誘ってもらえた事を覚えている。
しかし、中学年や高学年からは、その記憶は俺にはない。
「寂しい人生じゃの~」
「余計なお世話だよ!!そういう晴明はどうだったんだ?」
「わしゃか?わしゃは、宴など華やかな物から蹴鞠等、様々なことをやってきたぞ。友人も多くいたのう~」
昔を懐かしむように目を細めている。
「友達が多くてよろしいですな~」
少し嫌味を混ぜた言葉。
だがその殆どは、羨ましいだけだ。
「友人というには、多いほど自分を見失う。周りに気を使い自分を出せないで苦しむ人間をわしゃは、多く見てきた。ゆえに、自分がしんどくならない。理解してくれる友人が一人いれば十分じゃ」
「たまには、いいこと言うね~」
「当り前じゃ! おぬしに会って改めて思ったんじゃ!」
「晴明~~」
膝の上の晴明を丁寧に撫でる。
晴明は、気持ち良さそうに目を細めていた。
「まぁ、かわいそうじゃからの~」
危うく猫が溺れたときにする方法を取りそうになった。
自分のことをかわいそうだと思ったことはないが、自分の周りの人間は、そう思っているのかもしれない。
「ほんと、おかしなもんだよ」
「なにがじゃ??」
「自分の幸せを他人が判断することがだよ」
「人間はいつの時代も、他人を下に見ることで優越感を得る生き物じゃからな~」
「でも、これが普通なんだよな」
「そうじゃな~」
どこか悲しげに、晴明がつぶやく。
きっと昔から、変わらないものなのだろう。
「重い話になったな」
「そうじゃな~ 隆のせいじゃ!」
「何言ってんだよ!晴明が踏み込んできたんだろ~
あー、もう!! どっちのせいでもいいわ!」
しょうもないことで喧嘩すると、慣れていないせいか耐えられない。
「そうじゃな、隆!わしゃは、腹が減ったぞ。水無月を食べたいぞ!」
「水無月なんてあったか?」
「冷蔵庫に入っておったぞ」
鈴子は水無月が好きな為、6月30日でなくても、入っていることが多々あるのだ。
「なんで、晴明が知ってんだよ~」
俺でさえ把握していない冷蔵庫の中身を知っているあたりが相変わらずである。
「水無月はいいぞ!あのもちもちとしたういろうと小豆の甘さ。たまらんのう~」
「俺の分があったら、少し分けてあげるよ」
「全部よこせ~ わしゃのもんはわしゃのもん。おぬしのものもわしゃのもんじゃ!」
「どこのジャイ〇ンだよ!!」
「隆のくせに、生意気じゃ!」
「いや、似てないから。ファンの人に怒られるぞ~
じゃあ、ちょっと冷蔵庫見てくるよ!」
「健闘を祈っておるぞ~」
「なにが健闘だよ~」
しかし、明日は何着ていこうか。
誰かと会うことなど、いつ振りか覚えていない人間がわかるはずもない。
「難問だなぁ~」
溜息を一つ吐き、少し汚れた冷蔵庫の取っ手を引っ張る。
中には、一つだけ水無月が入っていた。
「難問だなぁ~」
晴明があれだけ熱弁していたことを思い出し、今度は二度、溜息をついた。
「どうじゃった!!」
自分の部屋に戻り、扉を開けた瞬間に晴明が、喰いついてくる。
「晴明の分は、無かったよ~」
「そんな… わしゃの水無月が~」
「今度、買ってきてやるから落ち込むなって!」
この世の終わりのような顔をしている晴明に、笑いを堪えきれなかった。
食のこととなると、表情の豊かさが倍になる。
「絶対じゃぞ!!絶対じゃぞ!!絶対じゃぞ!!」
「三回も言わなくても分かっているよ!」
全く、何歳なのだろう。
遥かに歳が上の晴明。それなのにどこか妹のような言動。
妹はいないからわからないが、そのぐらい距離が近い関係だ。
本来の姿は、山姥のような姿かもしれないが。
「おい、隆。今、悪意を感じたぞ~」
「気のせいだよ。気のせい」
「そうか? わしゃの気のせいはよく当たるぞ~」
「おぉ!こわ!!
さてと、明日の準備でもするか~」
「誤魔化したな! そうはさせんぞ!!」
晴明が足にしがみついてくる。
可愛いものだ。
ここは、大人な対応を取らせて頂こう。
「晴明!あんまり邪魔したら、水無月買わないぞ~」
「えぇい! 卑怯じゃぞ!!」
「じゃあ、いらないのか??」
「すいませんでした…」
悔しそうな晴明に、勝ち誇った気分だ。
これが、晴明と長年付き合っている中で身に着けた晴明撃退方法である。
「よし、それでいいぞ! さて、どの服で行こうかな~」
パーカー・Tシャツ・カッターシャツ。
カッターシャツだな。パーカーは暑すぎるし、Tシャツは軽すぎる気がする。
下はジーンズでいいだろう。
「そんなに考えなくても良いのではないのか?」
「こういうのは、最初が肝心だろう?」
「阿呆じゃの~ 白神達を助けたので十分じゃろ~」
「確かにそうだけど、いいの!!」
「頑なじゃの~」
「当たり前だ!」
「そこまでしなくても、わしゃがおるというのに」
「なんか言ったか?」
生活音によって、耳に届くことがなかった晴明の言葉。
「なんでもないわ!」
気になることだが、たわいもないことだろう。
「それにしても、霊は人間としっかりコミュニケーション
を取ることができるんだな」
「改めて、何を言っておるんじゃ?」
「人間の言葉をしっかり話すことができるのって、なんか不思議だと思って」
「善霊の殆どは、元人間じゃ。話すことができて当然じゃろう~」
「殆ど? 例外でもあるのか?」
「人間が幽霊というものじゃ! 座敷童などじゃの~」
「なるほど、言われてみれば納得だな」
「そうじゃろ〜 壊霊も話すことができる。奴らの中には組織で動くものもいる。そやつらが一番厄介じゃ。気を付けるのじゃぞ~」
「おっかないなぁ~ 霊ってだけでもおっかないのに。悪さをする霊の集団なんてもってのほかだよ!」
「でも、霊と友達になろうとしてるんじゃ。興味深いもんじゃよ。おぬし」
「そりゃどうも!」
皮肉なのだろうか。本当にそう言っているのだろうか。
どちらにしても、それを言ってくれる唯一の存在だ。
ありがたい。
「おぬしは、もし霊が見えなければ友人ができたのか?」
「うーん… どうだろうな。それなりには、できたのかもしれないな~」
「それなら霊のせいで友人ができなかったということになる。霊という存在を憎んだことはないのか?」
「もちろんあるよ! 小学生の頃なんかは、お前らなんて消えてしまえばいいのにって何回も思ったし」
「それなら、どういう心境の変化なのじゃ?」
「友達の助けを求めるのを見て、霊も人間と大差ないって感じたからだなぁ」
「人間の友人を諦めたのではなくてよかったわい。 それを諦めたのなら、霊がいる環境から抜け出せなくなる」
「そんな大げさな!」
「大げさなどではない!霊は、個体にもよるが人間よりも遥かに優しい者が多い。その優しさにより、人間のよからぬ面が多々見え、失望し関わらりたくなくなる」
「人間だって、優しい人はいる。そんなに警告するほどじゃないよ」
「そこまでしっかり、感じておるなら大丈夫じゃと思うが。深入りしすぎないことじゃ!」
内心、人間というものに諦めのようなものがあった。
どんなに、努力しても先入観や噂が先走る世界。
友達が殆どいないのは嫌だ。
そんなことを思っていた。
晴明はよく人を見ている。
実際に、霊の世界どんなものだろう。
この後、御飯の時間もお風呂の時間も布団に入ってからも時間があれば、そのことについて考えしまう。
そして布団が温まってきた頃、俺は暗い世界に引き込まれていった。
次の日、天気は最高。気温もグングンと上がり最高気温は36度と天気予報では言っている。
夕立だけは気をつけなければいけない。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい! 遅くならないようにね」
変わらない鈴子の声。変わらない玄関。変わらない蝉の声。だが、心持だけがいつもと違った。
入学式等に出向くドキドキ感。それが、俺にはあった。
子供のようだと思うだろうが、仕方がない。
なんだったら、子供のほうが人間関係のベテランだ。
「晴明、行くぞ~」
鈴子が家の中に帰っていって数分待ってから、屋根で待機していた晴明に声をかけた。
「やっとか~」
「随分くたびれた、感じじゃないか」
「当り前じゃ! 夏の瓦はとんでもなく熱いんじゃぞ~」
そういうと、少し赤くなった晴明自慢の肉球を見せてきた。
「ごめん、ごめん!」
「分かったならよい!」
「じゃあ、行こうか!」
一昨日通った道を辿っていく。
前この道を歩いた時には、まさかこんなことになると思っていなかった。
ふと、瓦が熱いならコンクリートの道は熱くないのかと疑問に思ったが、考えないでおこう。
「ようこそ、お越しくださいました! こちらですよ!!」
御香宮に到着し、辺りを見渡していた。
そんな俺を見つけた白神が隅のほうで手招きしながらにこやかに笑っている。
「お招きいただきありがとうございます!」
人目を避け、人がいなくなるのを待って応答しするが、あまりにも堅苦しく、ぎこちない笑顔になってしまった。
それでも、白神は爽やかな笑顔で見てくれている。
「隆、何をそんなに畏まることがあるのじゃ?」
「晴明様の、言う通りですよ。もっと気楽にしてください」
「慣れてないんですよ。誰かと話すことに!」
晴明をじとっとした目で一瞥し、白神との会話に戻った。
「そうじゃ! 隆は、ぼっちなのじゃ!」
「晴明、余計なこと言うんじゃない」
反論しきれないことに少し肩を落としそうになる。
本当に余計なことを…
「そんなことないでしょ! 晴明様と勝村様は、大変仲睦まじく見えますよ!」
「してやってるだけじゃ!」
少し顔を逸らし、照れを隠している。
ツンデレだなと感じたが、これを言うと、騒がれそうだ。
「はい はい! ありがとうございま~す」
「わ、わかればいいのじゃ!」
可愛いいやつめ。
「本当に仲が良いですね!」
「ち、ちがうわ~い!!」
この晴明のツンデレに思わず、俺と白神が吹き出してしまい境内に笑い声が響いた。
「気を取り直して、こちらにどうぞ!」
人気のない境内の裏に招かれる。
恐る恐る付いていくと、ブルーシートに白銀と豪華絢爛な食事が並べられていた。
「こんにちわ! 私は、白銀 雪です。助けていただきありがとうございます。晴明様、勝村様」
「こんにちわ! お怪我の具合はどうですか?」
「おかげさまで、だいぶ良くなりました。まだ少し、痛みがありますが生活には支障はありません!」
そういういと、服を少し捲り上げ少し変色した腹部を見せてくれた。
正直、まだ痛々しい。
だが、あの時に比べるとはるかにましだ。
「はやく、治るといいですね~」
「そのくらいなら、三日程度安静にしておれば大丈夫じゃ!」
「よかった! 今日は僕達のためにありがとうございます。無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうございます! もしよろしければ、私のことは雪。と呼んでください」
「私のことも、空と呼んでください。敬語も使わなくても大丈夫ですよ!」
「それなら、遠慮なく。俺たちのことは、隆・晴明で!!」
「ではこちらも遠慮なく。こちらにどうぞ!」
雪が俺達をブルーシートの上に座るように、手をやった。
どんなに努力しても差し伸べられなかった手が、そこにはある気がする。
待ちわびたこの環境。
感慨深いものがある。
「どうかしましたか? あっ どうかした?」
「言い直さなくても大丈夫! 多分、俺も間違うから!」
「そうだな! 慣れるまで仕方ない!」
「こら~ わしゃをほっとくでない!」
「悪い晴明! こっちにおいで~」
拗ねる晴明を膝の上に乗せ、改めて二人の顔を見る。
やはり新鮮だ。
世の中の人は、これが当然なのかと思うと贅沢に感じる。
「この料理は、雪が作ったんだ。 雪は料理が得意なんだ!」
「うん、どれも美味しそう! 霊って料理とかするんだな」
「基本生活は、人間と同じなんだよ。 霊が見える人間から物を買って、それを霊が売るんだ。スーパーみたいな形かな」
「なるほど、確かに人間と同じだな」
「人間が霊を特別扱いし過ぎなんだよ」
確かに、空の言う通りだ。
見える人間である俺が違う扱いをしているのだから。
「確かに、こうやって話すまで俺もそうだったな~」
「だろう~ って雪なにしてんだ?」
ふと、雪のほうを見てみると猫じゃらしで晴明と遊んでいる雪の姿があった。
晴明は遊びのことや食事のことになると動きが速い。
「これ、本当に安倍晴明なの?」
「何を言う! ふぬ! わしゃは、本物の安倍晴明じゃ! ふぬ~」
「晴明、喋るか、じゃれるかどっちかにしろよ~」
「不思議なもんもあるんだな~」
「雪、その方はお前の命の恩人なんだぞ」
「いや~ 分かってるんだけどさ」
「晴明なら大丈夫。 いつもこんなんだから」
「なら、いいか」
「いいわけあるか~」
晴明がじゃれながら停止を求める。
本気なのかよくわからないが…
「じゃ、いただきます。 うん! 美味い!!」
「だろ~」
「晴明、お食べ~」
海老を晴明に食べさす。息を切らしていた晴明だったが目を丸くして御飯にがっついた。
「うみゃい! これはなんじゃ?」
「それは、アブラガレイの天ぷら。そっちは、ローストビーフのチーズ巻きです!」
「まるで、宝箱みたいですね!」
重箱に詰め込まれた料理たちは、彩りよく味だけでなく目も楽しませてくれた。
「俺は、これが好きなんだ!」
空が、おいしそうな生春巻きを箸でつまむ。
「空は、本当に生春巻き好きだね~」
「この生ハムの塩気と野菜の触感や瑞々しさがたまんないんだよ~」
「良かったら、晴明と隆も食べてみて!」
「うん! 美味しい!」
「こりゃ、酒が進みそうな味じゃ~」
「晴明、酒を嗜むのか?」
「もちろんじゃ! 冷酒がすきじゃ~」
「お前、酒呑むのか!!」
「当り前じゃ~」
初耳だ。 ということは、俺の知らないところで呑んでいたのか。
後で事情聴取だな。
「それならこれでもどうぞ」
「おぉ! 一口頂こうかのう~
うん、うまいぞ!!」
「駄目ですよ呑ませちゃ!!」
「ごめんなさい! ついうっかり!」
「晴明、他に見られたら大問題なんだ! 少しは自重しろ~」
「そんなこと言われてもの~」
「まったく、その一杯だけだぞ!」
「分かっておる~ 安心せい!」
得意気に微笑む晴明に、今日ぐらいと思ってしまう自分は甘すぎる。
だが、猫が冷酒を呑む姿を見るのはなんだか新鮮で良い。
「隆は、このあたりに住んでいるのか?」
「歩いて十五分ぐらいのところだよ~」
「方面は?」
「南だね。正しくは、南西だけど」
「じゃあ、結構ここから近いんだな~」
「そうだな~ ここには、よく来るんだよ」
「じゃあ、前に会ったこともあもしれないな~」
俺と、空が話している所に雪が割り込んできた。
膝にまた、晴明を乗っけている。
動物が好きなのだろう。一応、人間だが…
「そうだな~ 今まで、あまり霊とは関わらないようにしていたから見なかったことにしていたのかも」
「なにそれ、ひで~」
冗談ぽく、言っているが本音はどこにあるのだろうか。
さっきの台詞から、そんなことを少し考えてしまう。
これが、本来人間が行ってきたものだろう。
その後も、雪が作った料理と晴明の舞いなどを見ながら賑やかに過ごした。
肩を汲んで喋りあう、そんな日常がまた俺のもとに帰ってきた。そんな感じだ。
「また、遊びに来てくれますか?」
少し遠慮した風に、空が訪ねてきた。
「もちろん! 喜んで! 良かったら、友達になってもらえないですか??」
空と雪は、目を合わせて急に笑い出した。何事かと目を丸くしていると…
「今更、何を言ってるんですか! 同じ釜の飯を食べている時点でもう友達だろ~」
「今まで、友達ってあんまりできたことなくて… 確認しないと不安で」
「大丈夫だよ! 命のを助けてもらった時点で友達より関係は深いから」
交互に優しく言ってくれる、空と雪に涙が溢れそうになった。
これが、友達というものか。
高校生になって、やっとできた友達。
友達、友達、友達。
その響きを噛みしめれる喜びを感じれたこの日は俺にとって記念日の日として刻まれるだろう。
そんな中、遠目にこちらを眺める女性がいたこと。この時の俺は、まだ知らなかった。
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