飛び降りの先客。
雪鰻
飛び降りの先客。
>省吾
僕が辿り着こうとした先、手すりも何もない廃墟ビルの屋上の縁。
曇り色の空の下、女の子が立っていた。
黒くて艶やかな髪を風にたなびかせ、今、覚悟を決めていた所のようだ。
彼女は不思議そうな眼でこちらを見てくる。
「あなた、何?」
「君と同じで飛び降りようとしたものさ」
彼女はその言葉に驚いたのか、黒い奇麗な眼を大きく見開いた。
まるでお化けを見つけたように見られるのは心外ではある。
まだ、死んでいない。
ここは自殺で有名だが、よもや生きている間に同じ境遇の人に会えるとは思えなかったのだろう。
俺もそうだ。
「なんで死のうと思ったか聞いていいかい?」
「……学校で虐められるんです」
見れば、彼女の手には火傷の跡が。
形状から見て煙草を押し付けられたようにも見える。
白い奇麗な肌なのに、酷いことをする奴がいたモノだと思う。
「あなたは?」
「同じようなモノさ」
と、腹に油性のペンで書かれた落書きを見せる。
実はその下、パンツの中も書かれていて、もっと酷い。
「……似たもの同士ですね」
「あぁ……」
何となく笑みが浮かぶ。
境遇は二人とも良く無い筈なのに、二人だと思えば気が楽になったのかもしれない。
「……名前、きいても良いですか?」
「
「私は
これが二人の出会いだった。
何となく時間があれば、ここで出会うようになった。
時間はいつもバラバラだが、俺が行くと必ず、二菜はそこに居た。
まるで、地縛霊かと思ったが、彼女が廃材で怪我をしたのを見た時に生きているのは確認した。
「大袈裟ですね」
「ちゃんと、怪我は直さないとな」
そう言いながら見れば、二菜の手もだいぶ良くなってきている。
曰く、虐めをしていた連中が煙草で捕まったらしい。
だから、学校生活にも平穏が戻ったとか。
「しかし、虐めがなくなったのにここに来る理由はあるのかい?」
「省吾君が居るから」
頬を赤らめてそう言ってくれる。
可愛いなと初めて認識したのはその時だった。
だから、俺は彼女に告白した。
彼女は驚いて、でも、「はい」と言ってくれた。
幸福だった。
「そういえば外であった記憶が無いな」
「ここでいいです。
ここがいいです」
デートでもしたいと思ったが、何故か、ここでしか会おうとしない。
どうしてだろうかと疑問を覚えたが、どうでも良い事だった。
ふと、大きな音がして目覚めると、重機がビルに入ってきていた。
陰から聞き耳を立てると、どうやら取り壊しをするようだと。
そこまでは良かった。
「虐めで省吾という男子生徒が死んだらしいな、ここ。
そこからここのビルは廃ビルになって、引き寄せるように自殺者が出続けたと」
「良く知ってるな、名前とかプライバシーで……」
それ以上の声は耳に入らなかった。
自分の腹を見ると、数か月も立つはずなのに腹に書かれた落書きは消えていない。
思い返せば、二菜がいつも居たのではなく、俺がここに居たから二菜にいつも会えたのだということに気づく。
嘘だと思い、外に出て二奈を探そうとするが、重機が入ってきた出口から出れない。
「二菜……!」
「省吾君」
夜、彼女は廃墟ビルの屋上の縁に立っていたところに出会った。
三日月が彼女を照らす姿はとても美しかった。
「……気づいてたんだな、俺が幽霊だって」
「私も自殺をしようとした、その時に声を掛けてくれましたよね?
その時から分かっていました」
幽霊を見たような眼ではなく、幽霊を見ていた訳だな。
最初に出会った時の表情に合点がいった。
「同じ境遇の人がいるのだと思うと、心が軽くなって、耐えれるようになって。
話していて、楽しくて、いつの間にか、省吾君のことが好きで、言い出せなくて……!
好きだって言ってくれて嬉しくて、黙ってればずっと一緒に居られる、そう思ったんです!」
「ありがとうな」
俺が好きになった彼女は優しかった。
「でも、ここが無くなると聞いて、省吾君に出会えなくなると思ったら、胸が苦しくて!」
「自殺をしようとでも?」
彼女はコクリと首を縦に振った。
「省吾君に助けてもらった命ですから、だから……」
「それはやめてくれ」
俺はそう言っていた。
何故ならば、飛び降りた時のことを思い出したからだ。
即死出来ずに、数分意識を保ったまま死んだのだ。
痛かった。
苦しかった。
そんな思いを二菜にさせたくないし、そもそも彼女には生き続けて欲しい。
「俺の代わりに生き続けて欲しい」
「……嫌です、好きになった相手と一緒にいるのは自然な事じゃないですか!」
その時だった。
大きな風が吹いたのは。
二菜の体が揺れた。
そして、足を踏み外した。
「……!」
俺の体はその瞬間、動いていた。
そもそも人間ではないのだ、ビルを貫通し、二菜を空中で捕まえ、お姫様抱っこ。
そして地面に着地をした。
「大丈夫か」
「……あ」
胸元に抱える二菜の目元に涙が浮かんだ。
「ごめんなさい、今、落ちた時、走馬灯が浮かんで、全部なくなっちゃうかと思ったら怖くなって」
「だろ、飛び降りると怖いんだ。
俺はこれを経験した時、後悔した。
やりたかったこと、やれなかったことも一杯浮かんだし、
親の顔も浮かんだ。
二菜もそうだろう?」
「はい。
妹や両親の顔が浮かんで、とても悲しそうな顔をしていて……
きっと私が自殺したら、困らせてしまうんだろうなと、強く思ってしまいました」
「だから、君は生きなきゃならない。
俺はダメだった。
その分、二菜、君には生きて欲しい」
「それだと、省吾君、一人じゃないですか……」
「いいんだよ、二菜が生きてくれれば。
きっとどこかでまた会えるさ」
幽霊だと強く自覚したからだろうか、俺の体が薄くなっていくのが判る。
否、自分が死んだときの未練が、二菜を助けたことにより無くなったのかもしれない。
心持ちが軽い。
「二菜、俺はもういくわ」
だから、彼女をお姫様抱っこから下ろし、地面に足をつけさせる。
「省吾君……!」
「泣きそうな顔するなよ、二菜を助けられてよかったんだから――っ!」
キスだった。
今まで、彼氏彼女になったのにお互いに何となく出来なかったことだ。
奥手な性格同士なのもあったのかもしれない。
「ファーストキスです!」
「俺もだが、良かったのか?」
「省吾君を忘れたくなかったですし、省吾君にも忘れて欲しくなかったので」
泣きそうになった。
消えたくない、こんな可愛い彼女を置いて成仏したくないそう思った。
一緒に連れ去りたいとも思った。
でも、それは出来ないと自身に強く言い聞かせた。
俺は死んだ身で、彼女は生きている。
「……ありがとうな」
そう言い、精一杯の笑顔を彼女に向けた。
そこで俺の意識は途切れた。
>二菜
それから一年。
あの廃ビルはあのあとスグに取り壊しされてしまった。
省吾君にもファーストキスの後、消えてしまい、会えていない。
「ちゃんと成仏してくれたら良いけど」
私は高校を卒業した。
成績も悪くなく、そこそこの大学に行けるとのことだったが、この廃ビルがあった場所から動きたくなかった。
だから近くの大学を選んだ。
「奇麗な公園になったね」
その場所は自殺の名所ということで、噂されていた面影はすでにない。
たまに、心霊スポットと紹介されるが、出たためしがない。
「出てくれれば、省吾君かもしれないのにね」
ベンチに座りながら、それは無いなと思う。
彼の笑顔は今でも忘れない。
泣きそうで、それでも私を心配させまいと必死に笑顔を作ってくれた。
そんな彼が幽霊として出たら、私は彼を許さないかもしれない。
一緒に死なせてくれなかったから、そして生に縛り付けたから。
生きていることに不満はない、けれどもやっぱり省吾君が居ないと寂しいと思うことがあるのだ。
時が過ぎれば忘れる。
そんな言葉もあるけれど、そんな日が想像できずにいる。
「――?」
ふと目線を感じれば、ベビーカーに乗った赤ちゃんが私を見ていた。
思考にふけりすぎて気づかなかったが、隣に若い女性の方が座っており、その子供だろう。
可愛らしく着飾られており、まるで女の子かと思う。
「ふぎゃあああ」
じっと見つめていたからか、泣き出してしまった。
どうしようかと思っていると、母親の女性があやす。
ご飯でもトイレでもなく泣いたままなので、困ったような顔をする母親。
「ちょっといいですか。
……私は大丈夫よ」
ふと予感めいたものを感じ、断りを入れて、赤ちゃんへ言葉をかけた。
すると不思議なことに赤ん坊は泣き止んだ。
何が起こったか判らない母親は驚いたような表情で感謝を述べてくれる。
赤ちゃんは男の子だという。名前を省吾というそうだ。
「私、何年待ってられるかな……」
そう言葉を投げかけた空は
飛び降りの先客。 雪鰻 @yukiunagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます