第8話 人格領域

「 ディー、 あの物体のまわりに強力な磁場が発生しているわ」 


 しばらくしてスクリーンに映る5つの物体がぼんやりと光りはじめた。

 

「 … あれは !」

 

 私が驚きの音声こえをあげたとき、巨大な球形部がさらに激しく光りだした。

 前方の樹状部にできた大きな空間あなからまばゆい光の流れが生まれ、エレノア号と巨大な物体との中間地点で収束した。

 

 5本の光流がねじじれてからみながら、収束点でどんどん明るさが強まっていく。

 

「一体なにがはじまるんだ …… 」

 

 突然、強烈な閃光がおこった。一瞬、私は視覚部位をそむけた。

 

「ディー、見て、あれを ―― 」

 

 私は視覚を遮光モードに切り替えて再びスクリーンを見た。

 そこには、巨大な“光のリング”が出現していた。

 

「これは、なにするつもりなの?」

 

 また画面が切り替わりノイズに混じった文字らしきものが見えた。




『 … I … ・ …∵・…・・…・N…・…・…・∴……・… 』

 



「 ―― 中にって ― ? まさか ― ブラック? いや、これは抜けられるほうのだわ」

  

「しかし、こんなことが …… 」

 

 私は信じられないといった気持ちで、ただこの現実に驚くばかりだった。


「彼等、またはあの物体の科学レベルでは時空に穴を開けて、別な宇宙への“抜け道”を作れるのかも。ワタシには到底扱えないような高エネルギーでも彼等は自由に扱えるのよ。だとしたら、あの5本の光の流れはレーザー光やプラズマ光かそれ以上の超高エネルギーの粒子かもしれないわね」

 

 メイティが驚くのも無理はなかった。

 

「だとしたら、想像もつかない文明レベルだな …… 」

 

「クォーク粒子が衝突した時のエネルギーが14兆電子ボルトだから ―― これはプランクエネルギーレベルを遥かに超えている ― 」

 

「そんな …… しかし … 」

 

「あのリングをくぐり抜ければ別の宇宙に出られかもしれないわ」

 


「しかし …… 私は … 」

  

 

「 ―― どうしたの?行きましょう」

 

「私はこの“空間消滅領域SDA”を最後まで観測して死ぬ覚悟をしていた …… なのに」

 

「死んではだめよ、ディー 」



『 …・…S…・O…・…・…O…・…・・……∵…・…・…N…・ 』

 


「ディー みて、時間がないわ ―― 行かなければ」


 物体が作り出した超高エネルギーのリングが不安定に揺れ始めていた。


 プレアデス星系の消滅まで、地球時間換算で残り2時間。

 私はリングをくぐってまで生きようとは思っていなかった。

 しかし、ここで始めてメイティと意見が分かれた。

 

「 ―― ワタシはあなたにどうしてもリングをくぐってほしいの」

 

「しかし、物理法則が違うかもしれない世界でどうやって生きていくんだ?」

 

「あの知的生命が勧めている宇宙なら存在できる可能性はゼロではないわ。とにかく行きましょう。もし別の宇宙で無事に生存ができたらお願いがあるの」

 

「お願い? …… 生存ができたら? … 」

 

「 ―― そう、いままでいえなかったことだけど ― 」

 

「ふむ …… ? それで …… お願いというのは?」

 

「 ―― それは人間のする“結婚”という儀式がしたいの ― 」

 

「 …… 結婚?」

 

「 ―― そう ― あなたと」

 

 メイティの声は真剣に思えた。しかし一体どういうつもりなのか。

 

「ワタシの中の“人格領域”がそれを望んでいるの」

 

「結婚 …… 私と?しかしどうしたんだ一体 …… ?キミの“人格領域”にモデルでもいるのか?… 意味がわからないな」

 

「とにかくチェックメイトよ ―― どう?」

 

「フッ …… まったくどうかしてるよメイティ、これは私の長い人生で聞いた最も愉快なジョークだよ」

 

「 ― これはジョークでも言葉遊びでもないわよ」

 

「フフッ … まったく愉快だよ、メイティ!まさかキミにそんな発想があったなんて?知的生命体と接触コンタクトしたからか?しかもこんな時に ―― 」

 

「 ― 別に思考がおかしくなったわけでもないわ」

 

「だけど …… いや … 悪気はなかったんだ …… すまない」

 

「 ―― いいのよ」

 

「 …… ただ … 私は … これまで結婚なんてものは知らずに生きてきたものでね 」

 

「―― ディー 」

 

「とはいえその話、よろこんで受けるよ」

 

「 ―― ではワタシたちが無事でいられたら、その時に ― 」

 

 

 エレノア号は前方の超高速で回転する巨大なリングに向けて速度を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る