第6話 AID三原則

「 ディー、この宇宙から“抜けだせる方法”があるのを知ってる? 」

 

 メイティが話しかけてきたとき、私は指令室のスクリーン全面に映る超大な“白い空間”が見ていた。

 

「ただし、誰も通ったことがないから、実際に抜けられるかはわからないけど ― 」


「誰も通ったことがない?もしそれがブラックホールだというならやめたほがいいだろう …… それなら私は後方から迫る“未知の脅威”の方を選ぶよ」


 ブラックホールは旧世紀には観測で存在が確認され、高密度で強い重力の天体ということもわかっていて、私にはあまり興味のないものだった。


「相対性理論によると、ブラックホールに落ちるとわれわれは事象の地平でスパゲティのように引き伸ばされて、永遠と思えるような長い時間の中に閉じこめられるのが落ちだからね。よく知られてる理論さ」

 

「 ―― そのブラックホールの中には抜けられるタイプのものもあるのよ」

 

「抜けられる? …… しかしあまり現実的な提案アイディアではなさそうだな」

 

「旧世紀の数学者の説で、高速回転するブラックホールがつぶれてリング状になる“解”があるの。そしてそのリングをくぐると別の宇宙に出られるかもしれないというものよ。ほかにも“負のエネルギー“や“宇宙ひも“を利用できる知的生命体がいればブラックホールを使って抜け道を作ってるかもしれないわね。人類がそこまでになるには時間が足りなかったけど ―― 」

 

「それが可能だとしても … 危険リスクが大きすぎる。それにエレノア号は銀河系の外に向かっている。銀河系の中心部はすでに消滅していて抜け道になりそうなブラックホールに出くわすこともないだろうしね…… 希望は全くないよ 」

 

「でも、ワタシは何としてもあなたの命を守るらなくてはいけない。なぜなら旧世紀にプログラムされた“人工知能ドロイドAID三原則”というベーシックな領域がワタシの頭脳の中に強制機能しているの ― 自分では解除できないものよ」


「それは聞いたことはあるよ。私のほうも義脳は過去の記憶の一部は思い出せないように制御されている。お互いに完全に自由とはいなかいわけだな…… 」


「 ― そうね、それにワタシには“三原則”の第一条の「“人工知能ドロイドAID”は人間に危害を加えてはならない。また人間に危害を与える危険を見過ごしてはならない」というのがあるの。だからワタシは“あなたに危害を与え生存を脅かす危険をさける”という原則に基づいて行動するわ」

 

 私はメイティが時々、冗談なのか本気で言ってるのかわからなくなる時がある。

 しかも、そんな人工知能AIの初期の“三原則”とやらをどこから持ち出したんだろう。

 

 彼女の“三原則”プログラムのことは詳しくは知らないし意識したこともなかった。


「でも君は従来の人工知能AIじゃない。それに、厳密に私の命令にも従ってないだろう?なんといったって、君の中のカオスチップが、いろんな状況に対して直感的な判断をしているわけだし、人間以上に柔軟にプログラムされているはずだが」

 

「そうね、あなたの言う通り厳密なプログラムはされてないわ“人工知能ドロイドAID”三原則は可能な限り人間を守ろうとする基本理念としてワタシの中に備わってるものよ」

 

「そうか、まったく君は頼もしいパートナーだよ。最後まであきらめないところもね。そして義脳しか残っていない私を人間と認識してくれてうれしいよ…… 」

 

「 ―― ありがとう、期待に応えれるといいけど ―」

 

「しかし、あの領域にはまったく距離感が感じられないな。こんなに間近に迫っているのに。熱も物質もないし光を放っているわけでもないからまぶしくもない。本当の“無”はまさしく私たちの物理常識を越えている…破壊もなくただ静かに消えていく。全てはこのまま“無”になっていくのか」

 

 

 私はいつの間にかこのスクリーンの中の“無”の光景に見とれていた。

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