第5話 形ある物

「 ―― 網膜パーツに不具合を発見。微小機械ナノマシンを起動し修復調整するわ」

 

「ありがとう、頼むよ」

 

 私は、定期的に人工身体ドロイドボディをスキャンし定期修復調整メンテナンスをしていた。

 覚醒期間でも何か異常があればすぐに修復される。

 

「君のおかげで、私の280年の人生を快適に過ごせたよ。感謝している」

 

「ワタシも、でもそれにも終わりがくるのね ― しかもこんなに突然 ― 」

 

「ああ、そうだな。私もこんな終わりは想像もしてなかったよ。しかしこの宇宙の“まく”が融合したり消滅したり …… いまだに受け入れ難い話だがね」

 

「そうね ― なぜこうなったのか理由はわからないけど ― たとえば シャボン玉はなぜ消えてしまうのかって考えてみたらどう?形ある物はいつかは消えてなくなるもの ―― 結局はこの宇宙も含めて全てのものは永遠には存在できない。生物に限らず鉱物も何億年という長い時間間隔タイムスパンの中で、ゆっくりと原子崩壊しているのだから」


「形ある物はいつかはなくなる … か … 」


「そう考えると、この宇宙自体が崩壊する可能性もゼロではない。この“謎の現象”を説明するもう一つの可能性として“真空崩壊”が考えられるわね 」


「 この宇宙全体が? … だとしてもなぜこんな突然に …? 」


「それは ― 旧世紀の“ヒッグス場の崩壊”という説で、宇宙規模の安定性の喪失によって“真空崩壊”を起こす可能性があるというものよ。重力による時空の湾曲が原因となり“いつでも”起こりうる現象よ。宇宙全体のエネルギーレベルが高くて不安定な場合、“真空崩壊”は計り知れないエネルギーを連鎖的に放出しながらすべての物質を巻き込んでいき最後はなにも残らなくなる ― 」


「宇宙を一つの粒子だと考えたるとあり得ない話でもないが。スケールが超大で現実に起こるとは信じがたいがね。しかし形ある物は … か … 」


「 ― パーツの修復完了よディー、センサーチェックも異常なし」


「ありがとう、メイティ … 」


 

 私の視界で直径1.2メートルの黒い球体の中の800憶以上の銀河の点がきらめく。

 一つ一つの“銀河の点”が集まって銀河群を形成し、銀河群が集まって銀河団を形成し、更に銀河団が集まって超銀河団を形成してる。

 そうやって繰り返し、超銀河団が集まった密度の高い領域と、その周りのほとんどなにもない領域ボイドが大規模な“泡構造”を作っていた。

 

 私には目の前にあるホログラムの“泡構造”がさらに大規模な“泡構造”を生む。そうして宇宙は無限につながるフラクタルな階層構造を繰り返す。

 そしてそれら全てが一瞬にして崩壊していくイメージがで終わる。

 銀河分布の立体ホログラムを見ながら、私は少し目眩めまいをおぼえた。



「 ―― ディー、大丈夫?そろそろ眠る時間よ」

 

「そうだったな …… もしなにかあったら起こしてくれ」

 

 そして私はしばらく眠ることにした。急にいろいろな事が起こり疲れていた。

 私の身体ボディは有機的な部分が義脳しかないため、覚醒期間でも食事や排泄の必要がなかった。しかし睡眠だけは義脳の正常な活動の為には欠かせないもので、通常の人間と同じ地球サイクルで睡眠をとっている。

 

 長い航行生活では退屈な時もあるが、私は休養は全て仮想空間で過ごしている。そこでの私は人間の形態フォームで再現されてた。同じくメイティも人間の形態フォームだがモデル情報データは不明。見ているとどこか懐かしい気もするがはっきりとはわからない。たぶん私の過去の記憶のなごりかもしれない。


 こうして長い時間を彼女と一緒に過ごすうちに、少なからず情も生まれてはきたが彼女はそもそも量子カオス型人工頭脳だ。私の人間的な感情など理解はできないだろう。その前に私が自分自身をなにもわかってはいない。

 

 私はこの宇宙での生活も残りあとわずかだと思うと少し感傷的な気分になった。

 いろいろなことを考えているうちに、いつの間にか深い眠りについていた。

 

 膨張する謎の“空間消滅領域SDA”との接触まで、地球時間換算で残りあと48時間だった。

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