第4話 宇宙の膜

 このふねの司令室の中央には黒い球体状のホログラムが浮かんでいる


 直径1.2メートルで観測可能な銀河の位置データが光る点として散りばめられていた。エレノア号は航行しながらデータの更新をしていく。

 銀河の正確な分布データの作成。これはエレノア号の三つ目のミッションだった。


 旧世紀に国際宇宙開発機構が宇宙空間に建造した巨大電波望遠鏡は、180億光年までの銀河分布をすでに調べ続けていた。そこで計測された銀河の位置データがつぎつぎと立体ホログラムに変換され恒星間航行に利用されていた。

 

 エレノア号は航行しながら地球のデータと照合し修正や更新をしていく。

 しかしこれまでの地道な努力もやがて水の泡となる。


 こうしているあいだにも銀河や銀河団が次々と“白い領域”の中に消えていく。

 このプレアデス星系でひときわ明るく輝いている7つ恒星たちも、もうすぐ私たちとともに消滅する運命にある。そしてすべてがなくなることになる。


 

 私は彼女に呼ばれていつものテラスにいた。相変わらず穏やかな日差しの中で。

 

「 ―― ワタシの計測結果と推測について伝えたいのだけど ― いい?」

 

「ああ、今はどんな推測でも大歓迎だよ」

 

「人類の理論物理学はミクロの量子力学とマクロの重力理論の統一を目指していたわよね。そしてぼぼ完成に近づいた ―― 」


「ああ。そしてその“万物理論”に一応の答えを見つけたという …… 」


「でもワタシの見解では数学自体が人間の概念にすぎないから、コアな真理までは到達することは難しいと考えているけど ―― 話を戻すわね」


 彼女はミルクティーを一口飲むとまた話しはじめた。


「その理論物理学の“ひも理論”の“膜”によると宇宙そのものは一枚の“まく”のようなものになってるの。イメージとしては“石鹼の泡としての“膜”が大量に集まって広大な領域に浮かんでいる。そしてワタシたちはそんな“膜”の表面にいるかもしれないという理論ね。つまり大量の一個一個の“膜”が別々の宇宙で、その“膜”の中の一個がワタシたちのいる宇宙に相当するというわけ ―― ここまではいい?」

  

「ああ、しかし、その“膜”とはいったいどのくらいの数があるのか …… 」

 

「そうね ― そこは正確にわからないけど、存在できる宇宙が1兆の何兆倍もあって。つまり数えきれないってことね、そのどれもが相対性理論や量子論にも矛盾しない宇宙。どこかのスケールに基準でもあればいいけどわからないわ」

 

「これが事実だとしたら、人類の存在自体ちっぽけすぎて無力感しかないな」


「で ― ここからが問題よ。その宇宙の“膜”は、他の宇宙の“膜”と融合したり分裂したり、さらに突然現れたり消滅したりするの。いまワタシたち宇宙で起こってることは 、 つまりあの“SDA”による現象は、他の宇宙との融合の結果として起こったのかもしれない ―― もちろん推測のひとつだけど」

 

「なんと …… しかし、まったくとてつもない話だな …… 」

 

「でも、これはあくまでも推測よ、真実を確かめる方法も時間もないわ」



 この物理世界のいろんなレベルに共通して現れる“膜”の構造に興味がわいた。

 私は仮想空間の美しい湖の景色を眺めながら、この宇宙が一体なぜ、なんのための存在しているのか、いまさらながらわからなくなった。

 

「その推測が正しいとしても、もう我々にできることはなにもないのか … 」

 

「 ― そうね、 ワタシたちにはこの現象を変えることはできない ―― 」

 

 この宇宙にとって私たちの存在する意味はなにもないのだろうか。


 

 ここからはふねを80%減速して最後の時まで観測を続けることにした。 

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