第十二話 

 カリカリとペンを走らせる音だけが室内に児玉する。


 現在、水族館に行ってから数日が経った、ある日の放課後のことである。僕たちは部室で猛勉強をしていた。メンバーは部活動の部員全員。何で勉強をしているのかと聞かれれば、あと五日後に期末試験が控えているからだ。僕はあいりに勉強を教えながら暗記科目である日本史の勉強をしている。他のメンバーも、各々自分の勉強をしている。


 あ、一人だけ勉強をしていない人を発見した。


「雫は今、なにしてるの?」


 僕は唯一勉強をしていない雫に問いかける。別に怒っているとかそういうわけではない。ただ純粋に気になっただけだ。


「本、読んでる」


 雫は一旦栞を挟んで、本を閉じる。


「何読んでるか見せてもらってもいい?」


 コクリと小さく頷くと、表紙をこちらに向けて見せてくる。


「『神隠し』?」


「そう、神隠し。本の題名」


 うん、それは見ればわかる。わかるのだけど、なぜ神隠しなんだろう?


「てっきり勉強に関係のある本だと思ってたんだけど...」


 雫は小さく首を傾げる。


「勉強は大丈夫。前からやってたからあと少し見ればいいだけ。今はやりたいことをやる」


 そう言って雫は、また本を開いて読み始めてしまった。


 雫はこう見えても、学年で三本の指に入るくらいの頭の良さを持っている。毎回一位争いをするくらい頭が良いのだ。


「よし、僕もまた再開しようかな」


 そう言って筆箱から赤のマーカーを取り出そうとする。


「あれ?赤のマーカーがないや。どこかに忘れてきたのかな?」


 何度探しても筆箱の中に赤のマーカーが入っていない。


「赤のマーカーなら私が貸すよ?」


 僕の隣で勉強していたあいりが赤のマーカーを持ちながらこちらを見ている。


「あ、じゃあ貸してもらうよ。ありがとう」


「うんん、いいよこれくらい。だって分からないところは桜玖に教えてもらってるし」


 僕は赤のマーカーをあいりから借り、勉強を再開しようとする。


ピロリンッ♪


 みんなが一斉に音のした方を向く。


「あ、ゲームの通知だ」


 僕は自分のスマホをみて、ゲームの通知が来ていることを確認した。


「兄さん、勉強中はスマホの電源を切っておいてよね。周りの迷惑になるでしょ?」


「はい、すみません」


 椿のきつい言葉を受け、反省しながらスマホの電源を落とす。


 また室内にはカリカリと、ペンを走らせる音と、秒針がカチカチと音を刻むのだけが聞こえてくる。



 それからどれくらいが経ったのか、僕は時計を確認する。


「あ、もうこんな時間だ」


 僕は思わず驚いて声をあげてしまう。


 時計を見れば、もう17時半を回っていた。


「あ、私ノートを切らしてるの忘れてた!ごめんね、私先に帰る!」


 あいりは慌ただしく勉強道具をカバンの中に詰めると、急いで部室から出て行った。


「私も夕飯の支度しなきゃだし、そろそろ帰るわね。兄さんは後からでもいいよ」


 椿もそう言って立ち去る。


「じゃあこの辺で今回はお開きにしましょうか。みなさん、気をつけて帰りますのよ」


 美桜先輩は一声かけると、部室を後にした。それに続くような形で雫も部室を出て行った。


 残されたのは僕一人のみ。


「あぁ、みんな帰っちゃったな〜。後もう少しだけ勉強していこうかな」


 それから僕は一人残って勉強を再開する。


 またしてもペンを走らせる音と、秒針のカチカチと時を刻む音しか聞こえなくなる。先ほどと違う点でいえば、ペンの音が僕のところからしか聞こえないことだろう。


 それから集中して、最後の追い上げに入る。



 体感で十五分くらい勉強をし終えて、顔を上げる。


「げっ、もう六時回ってるじゃん!」


 やはり集中していると、時の流れも早いようだ。僕は勉強道具をカバンにしまうため、机の上にカバンを置く。すると、あることに気がついた。


「あれ?いつもカバンにつけてたストラップがない...」


 僕の体全身から冷や汗がドバドバと流れる。


「あれがないのはやばい!せっかく貰ったものなのに...」


 僕は一旦立ち上がり、周囲をくまなく探す。しかし、部室内にはどこにも見当たらなかった。


「どこで落としたんだろ、教室?それとも自分の部屋かな?」


 教材をカバンの中にしまいながら考える。ないとは思うが、誰かが盗んだのでは?と、頭を一瞬よぎってしまうが、首を振って否定する。


 そこでもう一つ気がついたことがあった。


「あ。あいりに赤ペン返し忘れた」


 僕はスマホの電源をオンにする。あいりに電話をするためだ。すると、着信履歴が一つあった。


「あいりから電話あったのか、全然気が付かなかった。というか電源つけてなかったから気づかなかった」


 僕はあいりに電話をする。


プルルルル


プルルルル


ガチャッ


「あ、あいり『おかけになった電話は、現在使われていないか、電波の届かないところに...』」


「え?」


 最初は電話がつながっていたのに、途中から繋がらなくなった。何かがおかしい。僕はもう一度あいりに電話をかけてみるが、今度は最初から繋がらなかった。


 僕はとりあえず諦める。


「明日あいりに直接返すか」


 僕は部室の明かりを落とし、鍵を閉めてその場を去った。


次の日から、あいりが学校に来ることはなかった。





_________________________________________


次回、あいり視点です。

あと、一話一話にタイトルつけるのやめました。理由、特になし!

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