第十一話 

 あれから僕たちは色々な場所に行って、いろいろな魚たちを見てきた。もちろん見るだけではなく、ふれあいコーナーでネコザメに触ったりもした。大人しいから触り心地もいいのかと思ったが、普通にザラザラとしていた。まるで紙やすりをさわっているかのようだった。まあ普通に考えればネコザメもサメってついてるんだから、鮫肌なのは一瞬で理解できることでもある。ただ単に僕が無知なだけだった。


 そんなこんな館内を歩いていると、隣を歩いていた先輩が急に足を止めた。


「?先輩、どうかしましたか?」


「え、あぁ、あれが少し気になって...」


 僕は先輩が見つめる方向を見てみる。すると、そこには


海月くらげ?」


 そう、先輩が見つめる先は海月がたくさんいる、海月エリアだった。


「行ってみます?」


 コクリとただ頷いてから無言で歩いて行ってしまう。そんな先輩を僕は慌てて追いかける。


 少し歩くと、また先輩は立ち止まる。今度は海月がたくさん入っている水槽の前だ。


 それから僕たちはただひたすら海月を眺めていた。


 何分経ったのだろうか、僕たちが海月を見始めてから数分が経過した時だった。


「海月っていいですわね」


 僕はその言葉に黙って耳を傾ける。


「私、生き物の中で海月が1番好きですの」


 僕は言葉には出さないが、少し驚いたような表情をしてしまった。だって先輩の性格で言うなら、1番ライオンとかがあっているんじゃないかな、なんて思ったりしていたからだ。実際、『私はライオンのように気高く強い女性になりますの!』とか言いそうな雰囲気すらある。それなのに先輩は海月を選んだ。それには何かしらの理由があるのだろう。


「私、この海月たちをみていると心が落ち着きますの。いつも学校では生徒会長と部長、それと先生からの頼まれごととかで、自由な時間があまり取れていませんの。あ、もちろんそれは私が望んでやっていることでしてよ!みんなが私を頼ってくれるのはとても嬉しいし、必要とされてるんだって気持ちにもなりますわ。それに、家でも何不自由なく過ごせていますの。欲しいものはお父様が買ってくれるし、やりたいことがあればやらせてもらえる。こんなこと聞けば誰だってそれで十分だと思いますわ。でも、私自身本当にそれでいいのかって思ってしまいますの。学校で頼られるのはいい、でも本当にそれがしたいのか?って...。やり始めはいつも自分で決めてますわ。でも、ふとした時に思いますの。『あれ?私は今、いったい何をやっているのだろう』って。私が今やっていることって本当に正しいのでしょうか?」


 不安げな瞳が僕を見つめる。


「何て答えたら正解なのかはわかりません。でも、自分のやっているのことには自信を持っていいと思います!だって、僕自身がそれで助かっているんですから。それに、助かっているのは僕だけではありません。あいりだって、椿だって、雫だって。みんな先輩のおかげで助かっているんです!だから、先輩のやっていることには間違いはないと僕は思います!」


「あ、ありがとうございます...。そう言ってもらえると私も気分が楽になりますわ」


 先輩は優しくにこりと微笑む。それは触れてしまえば壊れてしまいそうなほど脆い笑み。


 先輩のこんな表情は初めてみた。いつもは元気いっぱいで、明るいのだけれど今は違う。表面上は明るいけれど、どこか影が差しているように見える。


 すると、先輩は突然僕の腕を引き寄せて密着してくる。いきなりの出来事に、僕はあたふたと取り乱してしまう。


(静かに!誰かに見られてますの)


 先輩は僕の耳元で静かに囁く。先輩は視線だけでキョロキョロと辺りを見回す。僕もそれに倣って目だけで周りを見回す。


(特にそういった人は見られませんが...)


(たしかに、これだけ人の数がいればその人たちを見つけるのは困難ですわ。でも確実にいますの。その人たちが犯人かもしれません。ここで捕まえてしまいましょう)


(でもどうやって...)


 そう言うと、先輩は得意げな表情でニヤリと笑う。


(そこは私に任せなさいな!)


 僕は先輩に連れられて、早足にその場を去る。それからどんどん進んでいき、曲がり角を曲がった。


「ここで一旦止まってください。犯人が来るはずですわ」


 そう簡単に行くのか、そう僕が思ったその時、見知った顔が2人、角から突然飛び出してきた。


「え?あいりと椿がどうしてここに...」


 そう、その二人とはまさに文芸部員である、あいりと椿だったのだ。


「え、えっと、これは、違うの。ねぇ、椿」


「え、えぇ、そうね。私たちは二人で楽しく遊んでいただけなの。べ、別に兄さんたちが心配だから後をつけてたとかじゃ無いんだから!」


 えぇ...なんかすごいボロが出てるんだけど。この二人はこれで大丈夫なのか?


「まあ、まさか犯人がお二人だっただなんて」


「「な!?」」


 先輩がそう言うと、二人は衝撃を受けたような表情をする。


「わ、私たちが犯人?それって手紙とか写真のことを言ってるの?」


「それは聞き捨てなりません!いくら美桜先輩でも言っていいことと悪いことがあります!」


 二人は一斉に激昂し始めた。


「じゃあ何でつけてきたんですの?これは犯人がつけてくるかもしれないから、そこで見つけたら捕まえるっていう作戦だったはずですわよ」


「そ、それはそうだけど...。でも二人だけだと心配だったんです!桜玖と美桜先輩がもしかしたら危険な目に遭うかもしれないから、私たちは二人について来たんです!それだけは信じてください!」


「私からもお願いします。私たちは犯人では無いの、信じてもらえないてましょうか?」


 先輩はチラリとこちらを向く。僕はそれに無言で頷く。


「はぁ、まあ二人が犯人じゃないことなんて最初から分かっていましたわ。ただ二人を試しただけですのよ。私も意地悪してしまって申し訳ないわ」


 先輩はそう言うと、二人に対して深々と頭を下げた。


「ちょ、先輩!頭を上げてください!元々は私たちがついてきたのがいけないんですから」


「そうです、先輩が頭を下げるのはおかしいですよ」


 三人とももうギャーギャー言っていて、すごく周りの人に迷惑だ。


「あのー、ここだと迷惑になりますし、場所移しませんか?」


 僕の言葉を聞いた三人は、一斉に周りを見回した。遠巻きから多くの人がこちらの様子を伺っていた。


「あ、あはは、大変申し訳ありませんでした。お騒がせして申し訳ありません!」


 そう言って僕たちは水族館を後にした。


 あれ?そういえば、雫はいないんだな...。


 僕は最後に周囲を見てみるが、雫はどこにも見当たらなかった。


 まあ、雫にも何かしらあるのだろう。今はそんなに気にしなくてもいいかな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る