厄介ごとは朝と共にやってくる。

冒険者パーティを追放されたクラウの朝は遅い。

ちょっと寝すぎたかなと思うくらい寝坊を決め込み自室のベッドから起き上がる。

本人は「男らしさ」を追求しているつもりのだが、パステルカラーのパジャマを着てむにゃむにゃとしている姿はどこからどう見ても女の子にしか見えない。本当にありがとうございました。

もう監視しているとしか思えないタイミングでドアがノックされ、特にクラウの返事を待つつもりもないようで変態執事が当然のような顔をして突入してくる。

「おはようございます、お嬢ぼっちゃま」

「お?」

クラウ、まだ覚醒していないらしく突っ込みにキレがない。

「朝食の準備をさせて頂いてよろしゅうございますか?」

「うむ」よきにはからえと半分寝たまま答える。

「かしこまりました」

セネガルはさり気なくミニワンピースを準備してから一礼して部屋から出ていく。

ちょっと後にようやく覚醒したクラウが舌打ちしながらワンピースを投げ捨てたのは言うまでもない。


いつもの地味で実用一点張りの冒険者用服に着替えて食堂に行くと、セネガルが「チッ」と舌打ち。いやマジでお前どこかに捨ててくるぞと心の中で罵る。下手に口に出して罵ると喜ぶのだから終わってる。何でこんな変態雇っているのか。

もう無視無視と席に着く。

すぐに朝食が配膳される。今朝のメニューはパンにスープ、ベーコンエッグだった。子供のころから好きな朝食メニューで、クラウの頬が自然と緩む。それを見る執事の表情も自然とニヤニヤ。お巡りさんこいつです。

「今日のご予定はいかがなさいますか?」

食後のお茶を淹れながらセネガルが言う。

「うーん・・・」

パーティを首・・・もとい脱退したからには冒険者ギルドへ届け出をしておく必要がある。なので出かける用事はあるのだが、昨日の今日でジョーンズ達に遭遇するのも何となく気まずい。でもまあ彼らは昨夜は深酒をして起きていないだろう、きっと。

「ギルドに行ってくるよ。パーティ抜けてソロになったって届け出してくる」

「はっはっは、追い出されたくせに物は言いようですな」

「マジで山に捨ててこようか・・・」

「まあまあ、お茶目なジョークでございますよ。イッツ執事ギャグマジ受けるwww」

「受けねえよ・・・」

ため息とともにお茶を飲み干し立ち上がる。

「ごちそうさま。じゃあ行ってくる」

「承知いたしました。お気をつけて」

そう言いながら優雅に一礼するセネガルはまるで執事のようだった。

いや、そういえば執事だった。

決して変態を雇っているわけではない。


いつものように地下通路を通り黒猫亭に出ると、カウンターでゼファーが相も変わらずグラスを磨いていた。それしかやることがないのか、ではなくその為だけに雇っているのであった。

「おはようございます。」

熟練のバーテンダーのような表情でクラウに挨拶をするゼファー。ちなみに前職は鉱山労働者。下戸でアルコールは一切飲めない上にカクテルなど作れない。雰囲気重視採用である。

「おはよー。何か変わったことは?」

「お客様がお待ちです」

「へ?」

間の抜けた声が出る。一応対外的にここに住んでいることになっている以上は誰かが来てもおかしくはないのだが、今までそんなことは一切無かった。元カノですら来なかったのに一体全体誰が来たのか。

「私だよ」

店の入り口近くのテーブル席に座っていた人物が立ち上がり言う。その人物はすらりと背が高く、肩で切りそろえられたサラサラの金髪が薄暗いはずの店内でキラキラ輝いていた。陸軍内外から野暮ったいと評判の悪い緑色の制服を小憎らしい程に着こなしており、見惚れそうなほど整った顔は少し冷たい印象を受ける。しかしながら多くの女性から黄色い悲鳴が上がりそうな美貌であり、王子様という称号がよく似合いそうだ。

「久しぶりだね、クラウ」

そう微笑むと冷たい印象がぐっと柔らかい表情に見える。この笑顔だけで何人の女性を虜にしてきたのだろうか。

「お、お久しぶりです・・・」クラウにしては珍しく緊張を見せながら言う。「ビアンカ姉さん・・・」

そう、クラウの実姉にして王国陸軍将校であるビアンカである。

階級は少佐。確か陸軍の参謀本部勤務であったはず。決してヅカ所属ではない。

実家にいたころから姉の男前ぶりは実に評判で、多くの女性をキャーキャー言わせていたのであった。クラウは多くの男性をうぉーうぉー言わせていたが。

「忙しいところすまないね。どこかへ行くところだったかな?」

椅子に座りながら言う。クラウも仕方なくテーブルを挟んだ向かい側に座った。

「冒険者ギルドへ行くつもりでしたが。まあ特に急ぎではないので大丈夫ですよ」

「そうか、いきなり押しかけてきてしまったが良かった。実は頼みたいことがあってね・・・」

眉毛をハの字にして申し訳なさそうな表情を作るビアンカ。

ほらきた、とクラウは身構える。姉がこの表情を作るときはまず間違いなく厄介ごとを持ち込む時だ。

「まあまあそんな警戒する事はないじゃないか。クラウはフランカ殿下を知っているかい?」

「ええ、まあ。さすがにお会いしたことはありませんが。」


クラウ達が暮らすこの国はべスカ・タランティア連合王国という。

連合王国は今から100年程前に当時のべスカ公国とタランティア王国が合併してできた国で、政治体制は国王を頂点にした立憲君主制。国王の下に立法機関の国民議会と行政機関の王国行政府があり、行政府には各行政機関の大臣が置かれている。

国民の身分こそ貴族と平民に分けられているが、貴族だからと言って遊んで暮らせるようなことはなく、身分差を盾に好き勝手にできるようにはなっていない。尚、クラウは平民である。

現国王には子供が10人おり、今名前の出たフランカ殿下とは第6王女のフランカ・ベスカトーレである。御年17歳、その美貌と人当たりの良さが王国内外でも広く知られていて国民からの人気が高い。


「クラウさん、私はちょっと買い出しに行ってきます。1時間ほどで戻りますので」

セネガルがそう言うとクラウの返事を待たず外へ出ていく。

気を利かせた、というより聞いたら面倒そうな話だと察してさっさと逃げたのだろう。できればクラウも逃げたい。

「それでだね、実はフランカ殿下がマーセル市の孤児院を視察されることになってね」

「あ、嫌な予感」

「殿下のご要望でお忍びになってね、護衛を・・・」「お断りしま」「まあまあ、話を聞き給えよ」

人の話を聞こうとしない少佐殿は長くすらりとした足を組み替えながら言う。

「殿下はお忍びでの行幸を希望されていてね、仰々しくして欲しくないとのご要望だ。勿論、近衛から私服の護衛を出すがお傍に配置できる人数は多くできない。そこでクラウの腕を見込んで殿下に付き添う護衛をお願いしたいんだ。」

「うえぇ・・・」

「そんな嫌そうな顔をしないでくれ。とても名誉な事なんだよ?」

「なら軍人の姉さんが護衛すればいいじゃないですか。と言うか何で姉さんが出張っているんです?王族の護衛は近衛の仕事でしょ。陸軍はお手伝い程度のはずでは?」

「ああ、言ってなかったか。先月から国防省に異動したんだ。近衛との連絡将校になっているものでね、私自身が現場に出る事ができないんだよ。」

独立した軍組織である陸軍、海軍、近衛軍を纏める為の行政府部局が国防省で、国防大臣がその長を務める。国防省ができるまで陸軍省、海軍省、近衛局というお役所が縄張りと予算を巡って対立を深め、それはもう大変であったという。

三軍が改変され国防軍という枠組みになった今でも対立はあるが、何とか足並みそろえる事ができているのは国防省スタッフのすさまじい尽力によるものである事に疑いはなく、その国防省に出向し実務担当をしているという事はそれはもう大変優秀な人材である事の証であり、出世コースに乗っていると言って間違いない。

「エリート様め・・・」

「そんなに褒めないでくれ。照れるじゃないか」

「褒めてねえし」

そっぽを向き口をとがらせるクラウを少佐殿は目を細めて見つめる。

「・・・わかりましたよ。どうせ根回し済みで断る事なんてできないんでしょ?」

「何の事かはわからないけど、冒険者ギルドには国防省から指名依頼を出しておくよ。もちろん、依頼料も弾むようにしよう。君にとってはコーヒー代くらいの感覚かもしれないけど。」

「金持ちでサーセン」

「それを言ったら私もだ。」

実家から配当金という名のお小遣いをがっぽがっぽ貰っている姉弟はお互い苦笑しあう。

「それではこれで失礼しよう。すまないが明日午後2時に国防省へ来てくれ給え」

そう言うとビアンカはさっと立ち上がりそのまま店を出ていく。

入れ替わるようにエセバーテンダーのゼファーが戻ってくる。勿論手には何も持っていない。

彼が定位置のカウンターに戻るのを何となく見届けてから、軽くため息をついてクラウも立ち上がる。

「じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。よい1日を。」


黒猫亭から冒険者ギルドまでは歩いて15分というところ。

冒険者ギルド、というのは実は正式名称ではなく公式には「自由職業者連盟」という。所属する者もお役所文章的には自由職業者やワーカーと呼ばれる。

「自由職業者なんてプータローをお役所言葉で言い換えただけのことやんけ・・・」などとやさぐれるワーカーに向上心などなく、とにかく何かしら仕事ができればいいと人生諦めた連中がいるというのが世間の認識であり、中の人達も同じ認識だった。

それが冒険者ギルドなどというロマンあふれる通称になったのは30年程前に大ヒットした戯曲のおかげである。主人公が自由職業連盟に所属するワーカーであり、自分の事を「俺は冒険者だ!」と呼んだことから現実のワーカーも冒険者と自称するようになり、それに引きずられるように連盟の通称が冒険者ギルドとなったわけである。

それまで「まあ俺たち底辺だしな・・」という諦めにも似た状態からロマンを追い求めるワーカー・・・もとい冒険者たちが次々と現れ、それは全体的な実力の底上げと言ういい結果をもたらしたのだった。

今では冒険者と名乗る事に違和感は無い。今も夢を追う若者が希望を抱いて冒険者ギルドの扉を叩く。

(はあ、若いねえ・・・)

そんな若者たちを横目で見つつ、(実は彼らより幼く見えてしまう)クラウは冒険者ギルドへ入る。

1階は吹き抜けのフロアになっており、仕事を依頼したい依頼者と仕事を探している冒険者で若干混雑している。総合受付に行き、自分の登録証を見せて所属していたパーティを脱退する届け出と、指名依頼が来ているかの確認を依頼する。ちなみに受付に座っているのはおっさんである。

「承りました。お名前を呼ばれましたらカウンターへお越しください」

おっさんから番号の書かれた札を受け取る。

ロビーのソファに腰かけて呼ばれるのを待っていると登録を済ませたばかりらしい男が二人、クラウの前に立つ。

「君、登録済ませたばかり?」

何?と見上げると細マッチョのイケメン二人が爽やかな笑みを浮かべていた。

「良かったら俺たちとパーティ組まないか?君一人だと受けられる依頼も少ないだろうし」

クラウが一人でいると結構な割合でナンパ・・・もとい勧誘を受ける。ある程度ギルドに出入りしていればクラウが新人ではない事はわかるのと、昨日まではパーティに所属していたのでお声がかかる事はない。しかし事情を知らない新人連中からはクラウが登録したばかりの同期に見えるらしい。

「あー、ごめん。実は俺銀ランクなんだよ」と言いながら登録証を見せる。

「え!?そうなん・・・ですか・・・すみません」

そんなことを言いながら気まずそうに立ち去っていく。「あんな可愛いのに」とか「いい匂いした」とか言っているのはきっと気のせい。

冒険者ギルドに所属する冒険者にはランクが設けられている。

誰もが鉄クラスから始まり、実績により銅、銀、金と上がって行く。受けられる報酬もランクが上がって行けば高額になり、金クラスともなれば巨額の金が動く事も少なくない。勿論難易度も上がって行くので金クラスなど国内でも両手で数えられる程しかいない。銀クラスはそれよりも多いが、普通の冒険者が銅クラスで引退する事を思えば狭き門であるのは間違いない。こう見えてクラウは中々優秀なのである。

「クラウ様、3番窓口までどうぞ」

呼び出しを受け、ソファから立ち上がった。


「はい、パーティ参加登録を抹消しました。」

窓口もおっさんである。

昔は若い女性を揃えていたのだが、冒険者との色恋沙汰でトラブルも多くなってしまった為現在は基本的に窓口は男性職員が配置されるようになっている。

「それとクラウ様宛てに指名依頼が入っていますね。国防省からですがお受けになりますか?」

お受けになるも何も拒否権なんてねえじゃねえかと心の中で毒づきつつ、ふと思って聞いてみる。

「あのー、ちなみにその指名依頼っていつ入ってますかね?」

「え?あー受理は今朝ですね」

やっぱり先に手を回してるんじゃねえかクソ姉貴と心の中だけで罵る。

「どうかなさいましたか?」おっさんが不思議そうな顔で聞く。

「いえ、何でも。受けます」

「ありがとうございます。詳細は依頼書を見て頂きたいのですが、明日午後2時国防省に行って下さい。」そうして受付カウンターの下から袋を取り出す。「先方からの指定で、明日はこの制服を着用してほしいとのことです。依頼達成要件にもなっていますのでお忘れないようお願いします」

「あ、はい」

受け取った袋を開けて中を覗いてみると、ライトグレーの服が入っているのが見えた。出して広げてみると近衛軍の制服だった。女性物の。

思わずおっさんの顔を見ると、彼は無表情に言う。

「依頼達成要件に入っておりますので」

「でもこれ女物・・・」

「達成要件に入っておりますので」

「・・・はい」

言っても無駄とはまさにこの事。

クラウは盛大にため息をつきながら立ち上がり、精神的に疲労を感じたため早々に帰宅する事にした。


「クラウ様!!さあ、さあ、お着換えを!!」

帰宅すると異様に興奮した変態のような執事、いや、執事のような変態が目を血走らせて待ち構えていた。

「な、何!?」

盛大に引いたクラウが聞くと、それはもう鼻息を荒くした変態が答える。

「それはもう近衛軍の制服の事でございますよ!!さあ、手違いがあるといけませんので試着しましょう!!今すぐ!!なう!!!!!」

「やかましい!!!」

本気のアッパーカットを食らわすとセネガルは「ひでぶっ!!!」と悲鳴を上げながら飛んでいく。

ロビーの片隅でピクピクしている物体を尻目に自室に戻ったクラウは制服を広げてみる。近衛軍の制服はライトグレーのジャケットにシルバーのラインが入った落ち着いた色調で、任務の性質上煌びやかになり過ぎず地味過ぎずという絶妙なデザインで国民からの評判もいい。陰で「陸カエル」などと言われる某陸軍の制服とは雲泥の差である。

クラウとて男の子、軍服が嫌いなわけではないが自分に与えられたのが女性物となるとまた話は別。似合うわけがないじゃないか。

そう、漢らしい俺に似合うはずがないのだ!でも仕事だからしかたない。

などと意味不明な供述をしつつ渋々試しに着てみると。

鏡にはキリっとした近衛軍女性士官の姿が写っていた。

「・・・なんなんだよぉこれ」

orzで自分の姿に絶望していると何やら視線を感じる。

振り返ると、自室のドアが数センチ開いており執事に擬態した変態がじっと見ていた。

「・・・お着換えはお済みですかな?」

「でてけーーーーーーーー!!!!!!」


翌日。

珍しく正面玄関から出て、セネガルが準備した馬車に乗り込む。一応自家用車。

御者台からちらちら視線を感じるのを鬱陶しく思いながら、昼下がりの王都の様子をぼんやりと見ていた。この国の交通は基本はまだ馬車だが、金持ちを中心に自動車なる馬無しの馬車を使っている者もいる。ただ、バカ高い癖に故障も多いとの評判なので購入に至っていない。クラウの経済力なら余裕で買えるのだけれども。

王都は王城を中心に円状の幹線道路が7本走っており、それを縦に切るように縦断路が置かれている。王城周辺は官公庁街とも言うべき区画になっており、今向かっているのもその中にある国防省である。

「クラウ様、到着しました」

ぼーっとしているうちに国防省の近くまで来たらしい。直接乗り入れができないので、少し離れた場所で馬車を降りる。セネガルには「終わったら自分で帰るから」と戻るように指示しておく。そうしないといつまでも鼻息荒く待ってそうなのでちょっと怖い。

馬車を降りててくてく国防省の建物まで歩く。正面には大きな門があり、警備の衛兵が立番をしている。門は閉ざされているが、その横に小さな入り口があり衛兵詰所があった。

「お疲れ様です。恐縮ですが身分証のご提示をお願いいたします」

詰所の衛兵に言われ、制服のポケットから何故か制服と一緒に作られていた身分証明書を衛兵に渡した。

衛兵がそれを受け取り、内容を確認して返してくる。

「ご協力ありがとうございます、ミゼット准尉殿。本日のご用件をお伺いできますでしょうか」

クラウは任官した覚えもないのにいつの間にか准尉殿になっていたらしい。ちなみにミゼットとは彼の苗字である。

「あ、ええとビアンカ・ミゼット少佐と約束が」

「はっ、ご予定を確認いたしました。少佐殿は警衛部でお待ちとの事です。正面の建物の2階になりますのでそちらへどうぞ」

ありがとうございます、と言いながら教えられた建物へ向かう。軍人らしく敬礼でもすべきだったかと思ったが、こちとら軍人シロウトなのだからいいかとも思う。


指定された建物に入り、ロビー正面にある階段を昇る。

2階の廊下に張り出されている案内板を見ると警衛部は右側らしい。そのまま進むと受付らしいカウンターがあり、軍服姿の綺麗なお姉さんがいた。クラウの姿を認めるとにっこり笑う。超かわいい。

おっさんが憮然と座っているどこぞのギルドの受付とは雲泥の差である。

「ご用件をお伺いいたします」

「あ、ええとミゼット少佐と約束が」

「ミゼット少佐殿とお約束ですね。お名前をお伺いしても?」

「クラウ・ミゼットです」

名前を告げると、受付嬢は少し驚いた表情を浮かべたがそれも一瞬だった。

ファイルのようなものを一瞥すると「この先の第1会議室でお待ちください」と廊下の先を示した。

「ありがとうございます」とお礼を言い、指定された第1会議室へ向かう。

一応ノックしてみるが返事が無いのでそのまま入る。誰もいないので手近な椅子に座り待つ事にした。

程なくドアがノックされ「はい」と返事をすると見慣れた少佐殿が入ってくる。

制服姿のクラウを上から下まで嘗め回すように見ると満足げな笑みを浮かべる。ここにもいたよ変態が。

「やあよく来てくれた。制服似合ってるじゃないか」

「何で女物なんですか・・・それに身分証まであるし」

「いやいやまあまあ、これには海よりも深い事情があるのだよ。」

ビアンカはクラウの対面に腰を下ろす。

「聞かせて貰おうじゃないですか。その海より深い事情ってやつを」

「ふむ、一つはフランカ殿下の警護に当たってはほぼ24時間張り付きになるのでね。男性だとあまりよろしくないというのが理由だ。」

「それはまあわかりますが」なら女性兵士を護衛にしろよ、とは思っても言わない。

「もう一つはこちらが重要なんだが。私が君の制服姿を見たかったからだ。」

「・・・は?」

「だって君は家を出てから全然ドレス姿を見せてくれないじゃないか。どれだけ私が寂しかったかわかるかい?」

あまりにもアホらしい理由を真剣に語りだすエリート将校様のご尊顔を思わずじっと見てしまう。正気かこの人。

残念な事に正気です。

実家にいた頃からこの変態姉はクラウに女装をさせたがり、幼いころはわけのわからないまま従っていたが、流石に思春期を迎えると何かがおかしい事に気が付き抵抗するようになった。抵抗しても抑え込まれ強引に着替えさせられたのだが。そんなクラウをこの姉は顔を上気させ鼻息も荒く嘗め回すように見るのが常であった。

実家を出てから極力接触を避けていたので無理やり女装させられることもなかったのだが。数年間溜められたリビドーは公務と言う建前を得て噴出してしまったらしい。

ふんふんと鼻息荒く顔を赤く染めて満足げに見る実姉は控えめに言っても変態であった。

「も、好きにして・・・」

姉の残念さを改めて知ってしまったクラウはがっくりとするのであった。

「姉弟の再会は終わったかね?」

突如第三者から声を掛けられ、クラウは驚いて飛び上がった。

いつの間にか軍服姿の男性が会議室におり、姉弟の残念なやり取りを見られていたらしい。年齢の頃は50代というところか、陸軍の軍服にごてごて金色の飾りが付けられ、勲章もじゃらじゃらとつけられている。絵にかいたような偉いさんな姿であり、実際階級章は陸軍少将のものであった。

「失礼いたしました、堪能しましたのでもう大丈夫です」

何も大丈夫じゃないのだけど、変態な少佐殿が敬礼する。

「あ、えーと失礼ですがあなたは?」と質問したのはクラウ。

「私はデートリヒ陸軍少将だ。国防省警衛部長を務めておる」

鋭い目つきで厳しい印象を受ける人だ。

「気軽にデーちゃんと呼んで欲しい」

「え?」

「気軽にデーちゃんと呼んで欲しい」

「え?」

「気軽にデーちゃんと・・・」

「わかりましたデーちゃんよろしくおねがいします」

「よろしい」満足げにむふーと息を吐くデーちゃん陸軍少将閣下。この国にはおかしな奴しかいないのだろうか。

「それではクーちゃんに状況を説明しよう」

厳つい見た目の渋い声から吐き出されるクーちゃんという呼び名に違和感しか感じない。クーちゃんとはもちろんクラウの愛称である。今決まったらしい。

「実はフランカ殿下の暗殺計画がある。クーちゃんの任務はそれを阻止する事である。」






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マネークエスト 黒熊猫 @redgood1972

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