マネークエスト
黒熊猫
無能なお前は追放だと冒険者パーティを追い出された上に恋人まで取られたけど割と平気です。
「お前は今日限りでパーティから抜けてもらう」
細マッチョのイケメンと巷で大評判、冒険者パーティ「夜明けの疾風」リーダーのジョーンズがニヤニヤしながら言う。
ここは彼らが常宿にしている中級クラス冒険者向けの宿屋の一室で、今日冒険者ギルドから請け負ったクエストを終わらせて1週間ぶりに戻ったところであった。
ジョーンズがクビを言い渡しているのはメンバーの1人クラウである。ジョーンズが身長180cmほどなのに比べ、身長が低い。伸ばした髪をポニーテールで纏め顔はどちらかと言えば女顔というか女性にしか見えず、体形も男性のはずなのに腰に括れができて全体的なラインはもう女性にしか見えない。もちろん胸は無いし、下半身にも男性のシンボルがきちんとあるのだが。
その見た目から戦闘が得意ではないと思われる事が多く、基本的に雑用係として裏からパーティを支えていた。
「そ、そんな。何で急に!」
クラウはいきなりの通告に動揺しているようだった。いつも通りクエストをして一緒に戻ってきたのにいきなりこれでは無理もない。
「急に、急にね。お前よく考えてみろよ。パーティで雑用ばかりしてモンスター相手に何の役にたってねえじゃんか。いつもお前を守りながら戦闘するこっちの身にもなれよ」
「で、でもその分回復とかもしてるし食事の準備だってしてるじゃないか。戦闘だけが全てじゃない!」
クラウの言うことは事実である。
冒険者パーティはその性質上戦闘力が重視されるが、決してそれだけで成り立つものではない。戦闘中にモンスターからの攻撃を受け怪我を負って回復させなければ戦闘不能になってしまうし、倒したモンスターから適切な方法で素材を採取しなければギルドの買い取り価格は下がってしまう。それだけでなく野営の準備は手際が悪ければ時間が無駄にかかってしまうし、食事も味気ない携行食糧だけでは飽きる。要は冒険者パーティのメンバーはただ単純に強ければいいというものではないのだが。
「お前がやってるような事は他の連中もできんだよ。だから戦闘の足引っ張るようなヤツは俺のパーティにはいらねえの。おわかり?」
クラウは何か言いかけたが口を閉じる。
「わかった。それがリーダーの判断なら僕達はパーティを抜ける。クレアと2人パーティに戻るよ…」
クレアはクラウが冒険者になった頃、ギルドで知り合い、新人同士でパーティを組んだのがきっかけて付き合い始めた恋人である。始めは2人だけだったのが別の街から移ってきたジョーンズがパーティを募集していたので加わったという経緯がある。だから抜けるなら2人一緒にと思ったのだが。
「バカ言うな。クレアは残るに決まってんだろ」
「え…?それはどういう…」
クレアに視線を向けると、彼女は気まずそうに視線を逸らす。
「く、クレア…君はパーティに残るの?」
「ごめんなさい。わたし、もうジョーンズと付き合ってるの。だから貴方だけ抜けて。」
そういえば、クエスト中もジョーンズの傍にいることが増えていた。2人は前衛ポジションなのでクエスト中は仕方ないにしても、街にいる休みの時クレアを誘っても用事があると断られる事が多かった。
「そう言う事。使えねえお前だけいなくなれば万事解決ってことなんだよ。理解したか?低脳。」
他のパーティメンバーを見てもタンク役のゼファー、魔法使いのバンズ、斥候のジェニー、全員が頷いている。つまり既に根回し済みであり、もうクラウの居場所はこのパーティには無いという事であった。
クラウはパーティを追い出されるだけでなく、恋人まで失ったショックで何も言葉が出ないのかそのままフラフラと部屋を出ていく。
「さーて、彼とのお別れクエストも終わったことだし俺たちこれから上を目指していかねえとな。これからもよろしく頼むぜみんな!」
ジョーンズがパーティメンバーに言うと皆笑う。
クラウはもう過去の存在になった。
宿から出たクラウはショックからかずっと俯いたまま歩いていた。
身体がプルプル震えているのは泣いているからだろうか。
路地裏に入り立ち止まる。そして。
「俺は自由だーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
晴れ晴れとした表情で叫ぶのであった。
「クレア?あいつって付き合い始めは大人しかったけど図々しくなって何でも俺にたかるようになったしちやほやしてないとすぐ機嫌悪くなるし何が今すぐ王都で評判のシュークリームを買ってきて5分以内さあGOGOGO!だそんな短時間で買えるわけねえだろアホちゃうか」
相当うっぷんが溜まっていたらしい。
大声で叫んですっきりしたのか落ち着いた表情になるクラウ。
黙っていれば「可愛らしいお嬢ちゃん」にしか見えず、戦闘ができるようにも見えないがその実前衛職から支援職までオールマイティにこなせるマルチプレイヤーであった。クレアと出会ってパーティを組んだ頃は「女の子にいいとこ見せなきゃ!」とがつがつ前に出ていたが、ジョーンズとパーティ組んだ後は彼が前衛をするようになり、クレアもそれに並ぶようになったので自然と後方に下がるようになった。視野が狭くなりがちな二人の戦いに注視して危険が及びそうな時に支援したり、怪我をしたらすぐに回復魔法をかけ、時には斥候役もこなした。
後からタンクのゼファー、魔法使いのバンズ、斥候のジェニーがパーティに入ってくると自然と彼の出番も減り、結果が追放という事なのだが。
「つかあいつら、俺がパーティの資産管理してたってわかってるのかね・・・まあ報酬はきちんと分配していたから気が付かないか。知らんけど」
パーティを追放されるというのはされた側にとって非常に辛い事のはずだが、彼にとってはもう腸内の宿便がどばっと出て行った位にすっきりさっぱりらしい。未練も何も感じないまま鼻歌を歌いながら路地を歩く。
やがてあまり流行ってなさそうな寂れた外観のレストランが見えてくる。看板には「黒猫亭」とひねりも何もない店名が書いてあった。躊躇いも無くドアを開く。
店内は外観の寂れ具合から反比例するように綺麗に整えられていた。しかし客は一人もおらず、出迎える店員もいない。いや、一人だけバーカウンターにいた。年齢不詳な男性が無言でグラスを磨いている。
「ゼファーさんおつー。今日も誰も来てないよね?」
「はい、このような路地裏の小汚い外観の店に躊躇いなく入ってくるような方は人生やり直した方がいいですね」
「まったくまったく。じゃ、よろしくねー」
そう言いながら当然のような顔をしてバーカウンター横のドアを開き中に入っていく。そこは倉庫のような小部屋であったが、床に置かれている木箱をずらすと下へ降りる階段が現れた。灯りも無く真っ暗であったが、クラウが指をパチンと鳴らすとパッと明るくなった。
鼻歌を歌いながら進んでいく。
階段を下りきった先は通路になっており、暫く歩くと今度は上りの階段が現れた。そこを上って行った先はどこかの屋敷と思われるホールだった。調度品は最高級のもので揃えられているが決して華美ではなく落ち着いた雰囲気になっている。
ホールに出るとすぐ、執事服をビシッと着た男性が現れる。白髪をオールバックで整えて柔和な表情を浮かべていた。
「お帰りなさいませお嬢様」
「誰がお嬢様だっちゅうねん。老人ホームに送ったろか」
「これは申し訳ございません。ついうっかり間違えてしまいました。このセネガル、1週間の不覚」はっはっはと笑う。
「どこからどう見ても男らしいだろ」
「・・・ええ、そうですな・・・」
「なぜ目をそらす」
「それはともかく今日はお早いお戻りですな。」
「何か役に立ってないからとかで追放された。クレアはジョーンズに取られたし」
「はっはっは。NTRとかマジ受けるwwwとりあえず彼奴等は皆殺しでよろしゅうございましょうか」
「とりあえずで皆殺しにすんな。もう気にしてないからどうでもいいよ」
「左様でございますか。あのくそビッチもといクレア様はお嬢様じゃなかったおぼっちゃまのお相手としてはどうかと思っておりましたので渡りに船でございますな。」
「ちょっと何言ってんのかわかんない。とりあえず夕食を食べ損ねたから食事いいかな?」
「いいとも!」
軽やかに返事をするとセネガルはホールから出ていく。
「やれやれ」
クラウも自室に戻ることにした。
実はクラウは冒険者などしなくても生活には全く困らない。
と言うのも実家は国内有数の大商会で、傘下に収める商会、工房、飲食店、販売店などの数は零細なものを加えると軽く10万を超す。彼自身は経営に参加はしていないが出資者として名前を連ねており何もしなくても配当金と言う名前のお小遣いががっぽがっぽ入ってくる結構な身分である。自身でも商売を行っており、その収入も含めれば下手な王国貴族など足元にも及ばない額が懐に入ってくる。
ではなぜ不安定で命の危険もある冒険者になったのかと言えば
「・・・はあ、彼女欲しい・・・」
である。できれば結婚を前提としたお付き合いが希望だ。
「冒険者なら出会いはたくさんあるはずなんだけど、早々にクレアと付き合い始めちゃったからなあ。アレは性格に難有れど顔は可愛らしい。もっと吟味しておけば・・・!」
いわゆる社交界に出てみたこともあったが、腹の探り合いに疲れたのと実家と繋がりを持ちたいというギラギラした人々が群がってくるので一回で止めてしまった。本人もご令息というより深窓の令嬢という見かけなのでお嬢様方とはお友達にはなれそうだったけど「男性というよりお友達としか思えなくて・・・」状態であった。orzである。
その点冒険者なら実力主義だし、クラウの「超お金持ち」という立場も関係なく付き合えるかと考えたわけだ。彼女も欲しいけど気の置けない友達というのも憧れる多感なお年頃なのである。
その為正体がバレない様に自宅から自分の持ち物件である黒猫亭まで勝手にトンネルを掘り、普段は黒猫亭に下宿しているかのように装っていたのである。ジョーンズ達パーティメンバーも「湿気た場所に住んでんなあ」と外観を見ただけで中に入ってくることは無かった。クレアもそう言えば一度も来なかった。
偽装工作が功を奏し冒険者ギルドでもクラウは「田舎から出てきた駆け出しの若手」というイメージが定着している。
自室に戻ると何故か水色のワンピースが準備されていた。
舌打ちしてワンピースを放り出し、洗濯済みの冒険者用のシャツとズボンに着替えた。すぐに食堂に向かう。
席に着いて待っているとセネガルが食事をトレイに乗せ持ってきた。クラウが冒険者服姿なのを見て露骨にがっかりした表情を浮かべる。やはり貴様の差し金か。
「お待たせ致しました。時間も遅いですので胃の負担にならないように軽めにしてございます。」
この家には専属の調理人はおらず、セネガルが料理も作っている。そんな彼が準備したのはサンドイッチだった。短時間で準備したにしては手抜きされた様子はなくたっぷりハムとレタスが挟まれてボリュームも申し分ない。
「あんた変態だけど料理の腕はいいね!」
「恐悦至極。もっと罵って頂いてもよろしゅうございますよ」
「黙れ」
はうぅと顔を赤らめてくねくねしているじじいがマジで気持ち悪い。
「美味しかった。ごちそーさん」
食べ終わり、そう言って食堂を後にする。
セネガルはまだくねくねしながら「おやすみなさいませお嬢様」と言う。
あいつどこかへ破棄してこようかなあと割と真剣に思うクラウであった。
さてその頃。
パーティ内の寄生虫を追放してイケイケどんどんな冒険者パーティ「夜明けの疾風」は繁華街の酒場で打ち上げをしていた。
ジョーンズは上機嫌でクレアの肩を抱きながらジョッキのエールをぐびぐび飲んでいるし、クレアも元カレがいなくなってもう遠慮はいらぬと彼に抱き着くようにいちゃいちゃしていた。
ゼファーはその巨体から受ける印象そのままに皿に大量に盛り付けられている骨付き肉をむしゃむしゃ食べているし、バンズは「リア充死すべし」という顔でジョーンズとクレアを睨んでいた。ジェニーは「私も早く彼氏欲しい」とぼやきながら葡萄酒をがぶがぶ飲んでいる。
「それにしても」ジョーンズはニヤニヤしながら言う「あの時のクラウの顔ったらマジ受けたよなあ」
「ほんとほんと。あの情けなさ無いわー」とクレアが相槌を打つ。「あんな男女と付き合ってたなんてマジ黒歴史」
「でもさあ」と、ジェニー。「なんであんななよっとしたのと付き合ったの?初めて見たときレズなのかと思ったわ」がははと大声で笑う。割と美人なのに彼氏ができないのはこういうところである。
「まあ初めは頼れるところもあったからね。パシリにも便利だったし」
クレアがそう言うとみんながげらげらと笑った。
「さて、そろそろ戻るか。」
ジョーンズが終了を宣言して席を立とうとすると、酒場の店員が慌てて近寄ってくる。
「あ、あの申し訳ございませんがお支払いを」
「え?」
「え?」
ジョーンズを始めとしてキョトンとした顔のパーティメンバー。
ちょっと何言ってんのかわからないという顔だ。
「あの、ですからお支払いを・・・」
そう言って明細を見せてくる店員。
「あ、そうかそうか。いつもは雑用係に任せてるからな。すまない。」
書かれた金額は15000リディア。
「結構飲んだな・・・そういや俺財布持ってきてないわ。悪いけど誰か立て替えておいてくれ」
「え?」「え?」「え?」「え?」
その他4名、驚き桃の木山椒の木。
「まさか誰も金持ってきてないのか?」
「いつも持ってきてない」
「そういや今まで支払いどうしてたっけ?」
「わかんなーい。飲み終わったらそのまま帰ってたし」
ジョーンズが振り返ると店員が「マジかこいつら」という表情を浮かべている。
「い、いや、うっかりだうっかり。すぐ金持って来るから。クレア、悪いが宿まで取りに行ってくれるか?」
「わかったわ」
そう言ってクレアが宿に向かう。
戻るまでの間周囲の客からも「あいつら金も持たずに飲み食いしてたらしいぜ」とひそひそ話をされ、「おぅ食い逃げなんて許さねぇ」と言わんばかりに体格のいい店員が二人さりげなく入り口側をブロック。
非常に居心地の悪い状態で待っていると程なくしてクレアが戻ってきた。
「お待たせ!!」
「助かった!」
ジョーンズが店員に支払いをしてようやく店を後にできた。
「いつも先に支払いしてくれる女の子どうしたのかな・・・」と店員がぼそっと呟いた言葉は彼らには聞こえなかった。
いつもはクラウがタイミングを見計らって先に支払いをしていたのだが、店員からも女性だと思われていたことにショックを受けるかもしれない。本人は男らしく、ニヒルに「すまない、先に会計を・・・」とかキメているつもりだったのに。店員から見ると超絶可愛い女の子が顔を赤らめながら「あ、あのお支払いお願いします・・・」となっていたので。
無知は時に幸せである。
5人は無言のままとぼとぼ宿へ戻る。
「今まであいつがいつの間にか払ってたのか・・・今度から気を付けないといけないな。」
「そうね、さっきのアレは非常に気まずいわ・・・」
「夜明けの疾風」の面々は性格に難ありでも一応は一般常識を身に着けているので今日の失敗を反省し、次は気を付けようと思うだけの良心はある。
盛り上がっていた気分が萎み、宿に戻り早々に部屋に戻って寝てしまった。
翌朝
ジョーンズはノックの音で目が覚めた。
隣にはクレアが寝ているので起こさないように気を付けてベッドから降りる。
「ったく、誰だよこんな朝から」
ぶつぶつ言いながらドアを開けると宿の主人がいた。
「おはようございます。朝から申し訳ありません」
「いやいいけど、何?」
「宿泊代が今日までになっておりまして。連泊なさいますか?」
「え?いつもはそんなこと・・・」
ジョーンズが不機嫌さを隠そうともせずそう言うと、主人は少し厳しい顔になる。
「いつもはお連れ様からお支払いされていましたので。いつもご宿泊はされていませんが毎朝来られて手続きして頂いておりました。ですが今日はいらしていませんし・・・」
(あ、そういう事か・・・)
酒場と同じでクラウが先に支払っていたらしい。
「すまない。そいつは雑用係だったんだけどパーティを首にしたんだ。全く、何も説明しないなんて非常識なやつだ。で、いくら?」
「・・・一部屋一泊20000リディアです」
「20000!?ちょっと高くないか?」
「そう申されましても・・・。相部屋ならもう少しお安いのですが個室ですので」
「わかったよ。とりあえず一泊延長で頼む。ああ、部屋は一部屋減らしてくれ。後で支払いに行くから」
かしこまりましたと言って去っていく主人を見送り振り返ると。クレアが起きていた。
「宿代、こんな高いとは思ってなかった」
「そうだよなあ。とりあえず俺が建て替えで支払っておくか」
(あれ?そう言えば今まで宿代払ったことあったか?クラウの奴、金はどうしてたんだ)
クラウはパーティ資産からも少し補填していたが、実はほぼ彼の持ち出しだった。両親からは「貯めるばかりで使わないと経済は回らない。程よく消費せよ」と言われていたのでちょうど良かったし、クレアが「綺麗な部屋がいい」と言っていたので設備のいい宿を選んだのだ。
しかしもう彼がいないので今後はパーティできっちり払っていく必要がある。勿論クラウの補填が無いので満額だ。
そんな事情を知らないまま(高ぇな・・・)と心の中で文句を言いつつ、主人に4部屋の一泊分料金を払うと笑えないくらいごっそりと手持ちの金が消えてしまった。
(後できっちり清算しないとな・・・)
そう思いながら部屋に戻る。
(後はクエストだ。ガンガン受けて稼がねえと)
無能を追い出してパーティに無駄は無くなったはずなのに、どうにもこうにも上手くいかない気がした。特に金銭面で。
部屋に戻るジョーンズの足取りは苛立っている気分を反映したように少し乱暴だった。
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