その黄色い小型車は自転車並みの速度で絵麻と梅子の前までやって来ると、キキキッと音を立てて止まった。運転席のドアが開いて、中年の男が体を外に乗り出した。

「うーめこちゃあん」

「その呼び方、やめてください」梅子はため息をつくと、助手席側のドアをぞんざいに開けた。シートを倒し、絵麻の手を取る。

「うちまで送ってもらうから、とりあえず乗って。狭いけど、がまんしてね」

 男が運転席から転げるようにして降り、梅子のところまでやってきた。梅子を押しのけるようにして、うやうやしく絵麻の目の前に手を差し出す。

「どぉーぞ、お嬢さん」男はちらっと梅子を見やった。「女の子はもっと丁寧に扱えー」

「あのー。おじさま。私も女の子なんですけど」

 梅子の不平を無視して、男はじっと車を見ている絵麻に尋ねた。

「どしたの?」

「かわいい車……」

「いいセンスしてるぜぇ、お嬢さん」男は嬉しそうに、車の天井を撫でた。「フィアット五〇〇。俺の相棒だ。こいつとは長い付き合いで、最初の出会いはもうかれこれ――」

「はいはい、わかりましたから、また今度にしてください」男の言葉をさえぎって、梅子は絵麻を車の後部座席に押し込むと、自分も隣に座り、助手席を戻した。

「やれやれ」男は助手席のドアを閉め、運転席に向かった。

 絵麻は改めて男の姿を観察した。少しくすんだ緑色のジャケットに黒いシャツ、黄色いネクタイ、細身のグレーのズボン。ネクタイピンをしているのが、絵麻には珍しかった。髪型は、丸刈りというのだろうか、短く刈り込まれている。年齢は、自分の父親よりも少し若いくらいだろう。服装は独特だけど、この年代の男の人にしてはかなりスリムだ、と絵麻は思った。

 男は運転席に乗り込み、ドアを閉めた。「最近の若い子は、目上の人間を敬うといういことを知らねぇ。困ったもんだぜ。なあ、とっつっぁんよ」

「誰がとっつぁんですか」梅子が絵麻に向かって手を合わせた「ごめんね、わけわかんないことばっか口走ってるけど、気にしないで。この人、私の叔父の穂村千景さん。こう見えて、腕は確かだから」

「腕……」

 つぶやく絵麻に、穂村が振り返って言った。

「よろしくぅ、お嬢さん」

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