3
ぱちりと目を覚ました絵麻が上半身を起こすと、すっかり日が暮れていた。保健室の明かりは消えている。ぺたぺたと廊下を小走りに近づいてくる上履きの音が聞こえて、がらりとドアが開いた。
「ごめんね、絵麻ちゃん」梅子が入ってきた。「遅くなっちゃった」
ベッドのそばに歩み寄った梅子は、絵麻の鞄を床に置いた。「今日、うちに泊まったほうがいい。絵麻ちゃんのお母さんに連絡できる?」
絵麻はうなずくと、鞄からスマートフォンを取り出して、メッセージを送り始めた。そのあいだ、梅子はぼんやりとしている絵麻に上履きを履かせ、立ち上がらせてコートを羽織らせた。
「連絡取れた」絵麻がスマートフォンから顔を上げた。「いいって」
「よかった」梅子は絵麻の腕を取った。「行こう」
いつもの通学路を、ふたりはぴったりと寄り添って歩いていた。
やがて、昨日絵麻が音を聞いた場所まで来た。
絵麻の歩みが遅くなっていく。
チリリン。
絵麻の耳に、昨日と同じ、小さな音が届いた。
ぴたり、と絵麻が立ち止まった。
チリリン。
背後から、音が聞こえてくる。
チリリン。チリリン。
振り返ろうとした絵麻を、梅子が引き留めた。
「だめ」梅子が言った。
「え」
「振り向いちゃだめ」梅子が首を振った。
「音が……」
「知ってる。私にも聞こえてる」
ぐっと絵麻は息をのんだ。
「鈴の音。そうでしょ?」
絵麻はうなずいた。
今や、鈴の音はふたりのすぐ後ろで、途切れることなく鳴り続けている。
チリリン。チリリン。チリリン。
「絵麻ちゃん、これ」梅子が人の形をした白い紙を絵麻に手渡した。「これに、息を三回吹きかけて」
ぼんやりと紙の人型を見ている絵麻に梅子が言った。
「早く」
絵麻は紙に息を三回吹きかけた。
「後ろに放り投げて!」
梅子の言葉に、絵麻は紙を背後に放り投げた。
ばちっと何かが弾ける音がして、一瞬、鈴の音が止んだ。
直後、チリリリリリリリリ、と音を立てて、何かが二人の足元を走り去っていった。
「行ったみたいね」
梅子は絵麻の後ろの路上に落ちている人形の紙のそばにしゃがんだ。紙は真ん中から二つに切り裂かれてた。
「なんだか、焦げ臭い」
梅子のそばにしゃがみながら、絵麻が言った。
「うん」梅子は絵麻の顔を覗き込んだ。「絵麻ちゃん、大丈夫? 平気?」
うなずいた絵麻の頭にそっと手をのせて「ちょっと待ってて」と言いながら、梅子は立ち上がった。コートのポケットからスマートフォンを取り出し、何度かタップすると耳に当てて、言った。
「おじさま、出番です」
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