「絵麻ちゃん!」

 クラスメイトの声に、絵麻の意識は現実に引き戻された。

 視線の先にあるのは、液体の白い色だった。机の上に転がっている紙パックと、こぼれた牛乳。それを細い刷毛のようなものでふき取った跡。

 絵麻が顔を上げると、クラスメイトがふたり、顔を見合わせている。

 絵麻の舌先から口の中に、牛乳の味が広がっていく。

「ごめんね」

 突然、梅子の声がして、絵麻の肩に手が置かれた。

「絵麻ちゃん、昨日からちょっと具合悪いんだ」梅子は絵麻を立ち上がらせた。「保健室行ってくる。みっちゃん、先生に言っておいて」

「う、うん。わかった」

 クラスメイトがうなずく。

 絵麻は梅子に付き添われ、教室を出た。


「梅子ちゃん。私、覚えてない」絵麻は梅子の腕にすがるようにして、廊下を歩いていた。「さっき、何があったの」

「舐めたの」梅子が言った。

「舐めた?」

「机の上にこぼれた牛乳を舐めたの。舌で、直接」

「なんでそんなこと……」絵麻は廊下の真ん中で立ち止まった。「なんか、私、眠い……」

「絵麻ちゃん、もう少しだから、頑張って」

 絵麻はよろめきながらも足を踏み出した。まぶたが半分くらい閉じられている。手首の内側でごしごしとまぶたをこすり、ぺろぺろと熱心に、手首を舐め始めた。そんな絵麻を支えながら、梅子は廊下を進んだ。

 保健室には誰もおらず、梅子は絵麻をベッドに寝かせ、シーツをかぶせた。

 あっという間に、絵麻は襲ってくる睡魔に飲み込まれた。

 ベッド脇に立っている梅子が、スマートフォンで誰かと話しているのをおぼろげに聞きながら、絵麻は眠りに落ちていった。

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