R-002 名残雪

 降り積もる雪に鮮血が飛び散る。暫くの間を置き、女の悲鳴があがった。余韻と共にせせらぎが聞こえる。

 旧来から続く抜刀による決闘。今日は恋敵同士の闘いだった。

 太刀筋のぎこちない二人、ともに年は二十歳そこそこと若い。その若さゆえか斬られた方の男にはまだ痙攣が残っており、勝った青年も気が動転していた。

 “気が動転していた”と言っても、彼の震えはこの日のためにと用意していた強壮剤のせいであり、気弱な彼の体が極限状態に耐えられなかったせいであり、頭に昇って行き場をなくした血が脳のあちこちを押し潰していたせいであったので、彼は殺しについてなんの感慨も持っていなかった。

 彼はどうしても勝たなければならなかった。それは女を勝ち取る為でもあり、家の名の為でもある。元々二人の家系は対立関係の仲にあり停戦状態の今でもずっと睨み合いが続いていた。

 そうして二人は同じ女に惚れ込み、二三の小競り合いの後、こうして決闘の場を設けられ、片方が勝ち残った。

 青年はその変調をきたした頭で、両目で、自分の置かれた状況を認識する。

――――薬を使ったことは知られてはならない

 彼は咄嗟に逃げることを思いついた。

――――彼女も連れていかないと

 彼は一歩踏み出したところでよろけた。目の前は鮮やかな朱で染まっていた。何とか転ばずに踏みとどまる。

――――さぁ、逃げよう。

 さっきまで女がいた場所に手を伸ばし、空を掴んだ。女はその異様な光景に耐えきれず、とっくに逃げていた。

 だが、彼は。彼の中では、しっかりと、暖かい女の手を握っていた。

――――逃げよう。逃避行だ!

――――ええ。

――――汚い雪だなぁ。あまりかからないようにしよう。さ、傘の中へお入り。


 彼は、混濁した意識に愛する人を携え、まっすぐ河の淵の方へ歩きだした。

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