R-001 記念品

 求められていたものは振り返るとすぐそこにあった。

 この店、からかってるのか…?

 ウェイトレスから渡された一枚の藁半紙をしげしげと眺めつつ、俺は思考を巡らせる。手には先ほど観葉植物の根元からつまみ上げたサイコロが一つ。

 出張の多い俺にとってはよくある事。出先で遅くなった昼食を適当に済ませたくて、ふらっと立ち寄った小さな喫茶店だったが、こんな変な事に出くわすのは初めての体験だ。ランチタイムのとっくに過ぎた店内には俺以外の客の姿は見られなかった。

《本日限りの特別企画 この店のどこかに隠された本物のサイコロを探し当てろ!》

 その紙には確かにそう書いてある。そして手に入れたサイコロとプリントされた写真を見比べる。木製で、さいの目は焼き印で、一の目がハートマーク。完全に一致している。

 その写真の下にはさらにもう一言。

《探し当てたお客様には記念品をサービス!》

 これは店員に言えば良いのだろうか?

 そんな思案をしていると、都合の良いことにウェイトレスが注文をとりに来た。頼む品を読み上げてから、思い切って尋ねる。

――アイスコーヒーとパスタの……ナポリタンを一つお願いします

――かしこまりました。

――あぁ、あと、このサイコロ見つけたんですけど。

 すると、ウェイトレスはニコリと笑った。

――あら……見つかってしまいましたか。では、“本物”かどうか確かめさせて頂きますね。

 そう言ってサイコロを手に取り、大きさを測り始めた。変な光景である。

 調べ終わったのか、彼女はサイコロを懐にしまった。

――ありがとうございます。それでは記念品として、当店自慢の一品をサービスでお付け致します。

――は、はあ。

 彼女の声は、心なしか笑いが含まれていた。なんだか狐に化かされているような気がして、ムッとくる。

 しばらくすると頼んでいたコーヒーとパスタが届き、続いてこの店自慢と一言添えられて、ベーコンと卵を挟んだイングリッシュマフィンが足される。白いマフィンの真ん中に見覚えのあるハートの焼き印が小さく、控えめに押されていた。

 パスタを軽く平らげ、マフィンに手を出す。

 一口。

 うまい。さっきのパスタも十分にうまかったが、流石は自慢の品だけある。

 料理に関しては不勉強だから、何が俺にそう思わせたのかは分からない。ただ、なんだか前にも食べたことがあるような。懐かしく、不思議と惹かれる味だった。


 あんな簡単な謎解きで、こんなに良い思いが出来るとは儲けものだ。

 満足感に溢れた腹を携え、会計を済ませた後で、何の気なしにもう一度例の紙を眺める。

 写真の机は店内のそれと同じだし、その上に置かれたサイコロはウェイトレスの持っていったそれと似ていたが、よくよく見ると、落ちる影が強い所を見ると、店内の机の上などで撮られたものではなさそうだ。

 そこで、ふと思い出す。

 これは店の扉の横にあったじゃないか!

 店の玄関からちょっと顔を出して周囲を見渡す。

 傘立ての横。メニューが立ててある脇にバスケットボールくらいのサイコロがあった。

 そこで閃く。

 拾い上げて店に再び入り、レジから意味深長に見つめていたウェイトレスに声を掛ける。

――あの……このチラシの“本物”のサイコロって、これのことですか?

 ウェイトレスはにこりと笑う。業務的なそれとは違うものだ。

――見つけて頂けましたか。では、記念品の当店の看板であるサイコロの彫刻を差し上げます。どうぞ、お持ち帰りください。

――えっ?


 あの日からしばらく経つ。

 結局持ち帰ったそのサイコロの彫刻は今も玄関で飾ってある、まさに“記念”の品だ。

 今日は久しぶりにまとまった休みをとれたし、ふと思い立ってその店に顔を出すことにした。

 長いこと車を走らせ、何度か道に迷い、その場所に着いてみて、気づく。

 その場所には、既に別の店が建っていた。

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