第9話 お泊まり会
「うわ。可愛いー」
静香の家の別荘は、夏帆が思っていたよりもずっと素敵だった。
白く塗られた壁に煉瓦造りの煙突が設えられ、周りの木々ととてもよく合っている。
研修所とかコテージのようなものを想像していたのだが、夏帆の家より少し大きいぐらいの別荘はそんなものよりずっと過ごしやすそうだった。
門の外にアリエルを待たせて、一足先に夏帆が玄関口へと向かう。五十歩ほどの距離を歩いている間に扉が開いて、静香と美紀が迎えに出てきてくれた。
「いらっしゃい。夏目さん」
「思ったより早かったじゃん。お疲れ、夏帆。あれ? アリエルさんは? 一緒って言ってなかったっけ?」
「オートバイどこに置いていいかわかんなかったからさ。ちょっと門の外で待って貰ってる。それよりさ、見て見てっ」
たたっと小走りで二人に駆け寄った夏帆は、ちょっと勿体ぶってから勢いよくヘルメットを脱いで首を大きく回してみせた。
それほど髪が長くないので、映画のようにはいかなかったのが少し残念だが、きっとカッコよかったはず。
「どう、カッコいい?」
ふふんと胸を張る夏帆に、美紀がうわーっと嬉しげな声を出す。
「うわっ。そのヘルメット、すっごいじゃん! うわあ、いいなあ。欲しいなあ。けど、原チャリだとかえってダサいか」
「……あの、ヘルメットじゃなくてさ。わたしはどうかってことなんだけど」
「可愛かった。子狸みたいで」
カンッとピッチャー返し気味にきっぱりした美紀の声。
「こ、子狸?」
「ペットにサングラスかけたり帽子被せたりする感じで可愛かったよ。うん、さすがは夏帆。何をやってもかーいーなあ。小動物的に」
「うう。美紀、ヒドイ」
「うん。私も可愛いと思った。お父さんの真似してる感じがして」
「静ちゃんまで。うう、ちょっと自信あったのに」
いじける夏帆の肩に美紀がポンと手を乗せて、身体ごとくるりと回転させた。自然と三人の視線が、門の外に駐めてあるバイクとエリアルに集まる。
「夏帆。格好良いっていうのは、ああいうことさ」
美紀がそう言うのと、アリエルがヘルメットを脱ぐのはほとんど同時だった。
五月の風にアリエルの黒い髪が舞う。流れるような動作でヘルメットを小脇に抱えて、一息吐いたのが遠目にもよくわかった。
まるで映画の一場面のようで、思わず言葉を失ってしまう。
「な?」
美紀の声で我に返った夏帆は、ささやかな抵抗を試みた。
「そ、それはさあ。わたしの方が背が低いからだよ」
「いやいやいや。そーいうんじゃないんだよな。なんていうか、動きが違う。こう豹とか狼とか、そんな感じ。一つ一つの動作がシャープで、そこが格好イイわけ。夏帆の場合は何をやっても子狸っていうかアライグマって言うか、ぬぐいるみ?」
「ぬ、ぬいぐるみ?」
「もふもふころころ。そんな感じかな。夏帆の場合はさ。なんか柔らかい感じなんだよ。その割にいろいろちっちゃいけど」
そんなに太ってないモン。
柔らかいのはほっぺたであって、お腹じゃないし。
ちっちゃいのは背だし、他はこれから色々育つ予定だもん。
成人式は見てろよ。成長したボディを見せつけてやる。
美紀の言葉に言い返す言葉を考えていると、聞き捨てならない単語が夏帆の耳に飛び込んできた。
「煙草姿もキマッてるなあ。夏帆がやると鉛筆くわえてるみたいな感じになるんだろうけど。あたしも吸ってみよっかな」
「美紀、未成年は煙草禁止っ。二十歳過ぎてもダメ。っていうか、アリエルってば、また吸ってるの!?」
じっと目を懲らすと、確かに何かを咥えているのがわかる。夏帆が睨んでいることに気がついたのか、さっとアリエルが顔をそむけた。
「あ、やっぱり吸ってる。あれだけ、ダメだって言ったのに――美紀、パス」
「え、え?」
いきなり美紀の胸元にヘルメットを放り投げると、夏帆は一直線にアリエルの方へと走りだした。
わりとおっとり系に見える夏帆だが、実は運動能力はかなり高い。
美紀がヘルメットを抱きとめた時には、夏帆は早くもアリエルのすぐ前にまで移動していた。
「はやっ。夏帆、やっぱ部活入ればいいのに」
「そうね。余裕が出来たら考える気になるかも……と言っても、もう受験の準備になっちゃうかな」
夏を過ぎれば、高校二年とは言っても大学組はうかうかしていられなくなる。夏帆はもちろん、美紀も静香ものんびりとはしていられないだろう。
「確かに。そう考えると、あんま時間ないよなー。けど、大会は無理でもなんかさせたいなあ。せっかく調子出てきたのに」
「そうだね。けど、夏目さんって、ホームスティのホストになってから元気になった気がする。夏目さんって、割と世話焼きだよね」
仲良くケンカしているアリエルと夏帆を見つめながら、静香が嬉しそうに言う。
「そっか。静香は夏帆とは高校からだっけ。夏帆はどっちかっていうと、あれが本性。中学の終わりぐらいから、家ン中があんなになっちゃって暗かったけど」
「え? そうなの?」
「そそそ。あたしの兄貴がイジメられてた時に一緒に突っ込んでったのが夏帆と友だちになったきっかけ。だから、うちの兄貴は未だに夏帆に弱い」
「ちょっと、想像出来ないかも」
静香は子供のころの夏帆を想像しようとして、首を傾げた。
静香だけではなく、クラスのみんなが夏帆に持っているイメージは大人しめだけど、生徒会役員でもあるのでちょっと頼りになる女子生徒というぐらいのものだろう。いつも一緒に居る美紀の方がきっと周囲に与える印象は強い。
「私も人のこと言えないけど、夏目さんってちょっと大人しいっていうか」
「普通に大人しかったら、夏帆の家のことなんてバレバレだって。あたしは小学校のころからの友だちだからなんとなくヘンだなってのはわかってたけどさ、静香なんかは冬休みまで全然だったっしょ?」
「うん。恥ずかしいけど、まるで気がつかなかった」
気がついたにしても、美紀がそれとなく教えてくれたからだ。そんな風に考えていくと、夏目夏帆という女の子のことが少し見えてくる気がする。
世話焼きだけど、自分の問題は容易に悟らせたりしない。普通でいることに頑張れる少女。
「夏目さんって、凄いね」
「スゴイよ。スゴイけど、ちょっとハラハラしてた」
門の外ではむくれている夏帆をアリエルが拝み倒している。やっと夏帆の気が済んだのか、大きな声で夏帆が静香に呼びかけてきた。
「静ちゃーん! オートバイ、どこに駐めたらいいかな!」
「今、案内するねーっ。神崎さん、ちょっと行ってくるから中に入っててくれる?」
「りょーかい」
二人の方にぱたぱたと走っていく静香を見送りながら、美紀は旅行中の課題をいかに達成するかを考えていた。
あのアリエルという不思議な印象の女の人は、夏帆にとってどんな意味を持つのだろうか。夏帆の分解してしまった家族の代わりとしての位置に納まってしまっては、長年の幼なじみとしては面白く無い。
あの二人には周りがどうあれ、二人なりの関係を築いて欲しい。夏帆には笑顔がよく似合うし、それを見ているのは楽しい。欲を言えば、美紀の知らない笑顔を見てみたいとも思う。
なにはともあれ、楽しいお泊まり会にしたいものだ。
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女子会・回です。
次回 第10話 買い出し
明日の13時35分過ぎに更新予定です。
少しでも気に入っていただければ、嬉しいです。
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