第8話 お出かけ
五月もゴールデンウィークが終わって半ばをすぎると、春らしさはすっかりと影を潜めて、代わりに夏の気配を感じ始める。
星まで見通せそうな深い空には雲一つ無く、木々の緑もまばゆいほどに瑞々しい。この時期から梅雨入りまでが、夏帆の一番好きな季節。
今日はアリエルが夏帆の家にやってきてから初めてのお泊まり会。メンバーはいつもと同じ静香と美紀と夏帆、そしてアリエルの四人。再来週からは中間試験が始まってしまうので、当分はこのメンバーで遊べなくなってしまう。
だから、というわけではないけど、今回は静香の招待による別荘お泊まり会という豪勢なイベントになった。
少し遅めのアリエルの歓迎会ということで、特別に両親に頼んでくれたらしい。
静香の都合で現地集合ということになってしまったのは少しもったいなかったけれど、代わりにアリエルとツーリングというちょっと嬉しいおまけが付いた。
道に迷うぐらいは、大歓迎のハプニング。とはさすがに言い難かったけど。
「アリエル。ここの道で間違えたんじゃない?」
「ん……ああ、あの時の三叉路」
「うん。あの時の細い方の道が正解だったぽいよ――ほら、こっちの大きい道に通じてる。で、ここから、こっちの道に入ると静ちゃんの別荘」
夏帆はそう説明しながら、指でスマホの画面をたどって見せる。アリエルも何となく感づいていたのか、納得したようにうなずいてくれた。
普段は電車にバスと決まった場所の往復ばかりなので、ナビを使うという発想がスコンと抜け落ちていたのは痛恨事。そのことに思い至ったのは道に迷ったあとだった。
「んー。気にはなってたんだよね。ってことは、ここから戻るよりかはもう少し先のバイパス使う方が速いか」
こんどはアリエルの指が道をたどり始める。少し距離はあるが大きめの道が、そのまま静香の別荘に通じる道と繋がっていた。
「この道を使うと、あと20分ぐらいかな?」
「りょーかい――じゃ、静ちゃんに電話するから、ちょっと待ってて」
「ん。じゃ、私はちょっと休憩してるから」
「……アリエル?」
「ほら、待たせたら悪いって」
さっそく内ポケットから煙草を取り出したアリエルを横目で睨みながら、夏帆は静香に電話をかけた。
向こうでも待っていたのか、1コールですぐに少しおっとりとした静香の声が聞こえてくる。
『もしもし、夏目さん?』
「うん。ごめんね、遅くなっちゃって。ちょっと、道に迷っちゃって」
『いいよ。気にしないでいいから。オートバイなんでしょ? 事故を起こしたりしないように、ゆっくりで大丈夫だから。運転してるのはアリエルさん、でいいのよね?』
「うん。アリエルに乗せてもらってる。今、地図を確認したら、あと20分ぐらいで着きそうだって」
『そうなんだ。じゃあ、もうすぐだね。あ、そうそう。神崎さんはさっき着いたよ。お兄さんに送ってもらったんだって。ちょっと格好良かったかも……違うよ、そういう意味じゃなくって……神崎さんっ』
電話の向こうが急に賑やかになる。どうやら、静香の一言を美紀がからかいでもしたらしい。
少しドタバタとした気配がして、少し息を切らせた静香の声が戻ってくる。
『あ、ごめんなさい。ちょっと神崎さんが。えっと、それじゃあアリエルさんに気を付けて来て下さいって伝えてもらえるかしら』
「うん。他には? 何か買っていくものがあったら、ついでに買ってくけど」
『それは大丈夫。それにオートバイなんでしょ? 危ないから駄目。ああ、もう違うってば神崎さんっ』
またもやドタバタと騒ぐ声が聞こえ、そのまま電話が切れる。
「どうした?」
「切れちゃった」
声に振り向くと、アリエルはバイクにもたれたまま煙草の煙を空に浮かべて楽しんでいた。
プカプカと丸い輪っかが吐き出されるたびに、アリエルの口が小動物のように小さく尖る。ちょっと可愛い。
「アリエルってば」
「わかってるって。あと、2本で箱が空くから、もうちょっと待って」
「箱が空くって――もうそんなに吸っちゃったの!?」
「ん? 夏帆もいる?」
「日本では基本的に禁煙です」
「ニコチンは入ってないよ?」
「かもしれないけどさ」
煙草のようにしか見えないが、アリエルの国ではポピュラーなハーブの一種らしい。確かに言われてみれば香りも、もっと爽やかで煙草のようなしつこさは感じない。
とはいうもの、見た目は煙草そのものなので、やっぱり心配せずにはいられない。
気を取り直して、アリエルから借りたヘルメットを被り直す。
バイクのすぐ横で待機。煙草なんて吸ってないでさっさと出発するよ、というささやかな意思表示。
「夏帆。あと一本」
「ダメ。今吸ってるのでオシマイ。アリエルは吸い過ぎ」
「夏帆のケチんぼ」
「そんな顔しても、だーめ。さ、早く行こ。二人とも待ってるんだから」
夏帆の言葉を聞いているのか、いないのか。ぶつぶつと文句を言いながらアリエルが颯爽とバイクにまたがって、おそろいのヘルメットを被る。
よく街で見かける前あきのヘルメットに似ているけど、風よけのシールドを下ろせるようになっているのが少し格好良い。
アリエルがバイクのエンジンをかけると、低い振動が身体全体に伝わってくる。こんなに大きなバイクに乗るのは初めてだけど、この感覚は悪くない。なんだか、バイクの鼓動みたいでワクワクする。
「夏帆、ちゃんと座った?」
家を出る前にアリエルに教えられたように、心持ち前に傾いた感じで片手でアリエルのベルトを握り、もう片方の手をグラブバーへ。
しがみつかない程度の前屈みがコツらしい。ステップに足を乗せて、アリエルの腰を挟み込むように膝を内側に入れて姿勢を整える。ぎゅっと、硬めに。
「おっけー。大丈夫」
「じゃ、出すよ」
最初はゆっくりと。やがて滑らかに加速していく。運転はアリエルに任せて、自分は余計なコトは考えない。なんとなく自分がバイクになったようで、低く宙を滑っているような感覚が心地良い。
ふと空を見上げると、シールドの向こうに一筋の飛行機雲。なんとなく、自分も空を飛んでいるな気持ちで夏帆はアリエルの運転に身を委ねた。
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少し時間が進み、女子会です。
次回 第9話 お泊まり会
今日の20時15分過ぎに更新予定です。
少しでも気に入っていただければ、嬉しいです。
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