第10話 買い出し
一泊二日の日程は丸一日フリーの日がないので、どうしても慌ただしい。
少し休憩して、さっそく晩ご飯の買い出しに行かないとあっという間に日が暮れてしまう。
いつもは晩ご飯を済ませてから集まることが多いのだが、今日の晩ご飯は自分たちでやらなくてはいけない。
アリエルのバイクではどうやっても全員は乗れないので、最寄りのバス停から駅前まで出て必要なものを買い込むことになった。
本当ならば、そういった手配もちゃんと業者が済ませてくれるそうなのだが、そこはあえて自分たちでやるということでわざわざ断ってもらっている。
「んで、今日の晩メシ何にしよっか。せっかくだから、アリエルさんが食べたことがないのがイイと思うんだけど。どうよ?」
駅前の商店街をぶらつきながら、美紀が提案してくる。駅前とは言っても、何しろ山の中だからそれほど大きなお店はない。お土産物屋が半分以上で、地元の人向けのスーパーがあるぐらいだ。
「そうね。けど、夏目さんってお料理上手だし、食べたことないものって言ってもそんなに無いんじゃない?」
「んー。どうだろ。割と定番のご飯しか作ってないんだよね。焼き魚とか野菜炒めとか。この前は大根とイカを煮てみたけど――アリエル、ビールの自販機の前で止まらない」
「一本だけ。奢るからさ」
「日本では未成年の飲酒も禁止。晩ご飯は何がいい?」
名残惜しそうに自販機を見つめるアリエルを引っ張りながら、夏帆はアリエルに晩ご飯のリクエストを聞いてみた。
「ん。だったら、カレーがいい。レトルトでマッシュルームの入ってるヤツ。中辛より辛かったら、文句なし」
「……レトルト?」
美紀と静香が二人して顔を見合わせる。
「いや、その。もうちょっと、なんていうか、手料理っぽいのでも……。いや、あたしらの料理の腕が不安だってのはわからなくもないけど」
「わざわざ駅前までお買い物に来て、レトルトっていうのは。ちょっとどうかしら」
「それじゃ、カップうどん。ごんぶとツルツルってテレビでやってたのが良いかな。あとは冷凍のピラフとかも食べてみたい」
次から次へと繰り出されるインスタント食品の名前に、見合わせた二人の笑顔が微妙に強ばっていく。
「……夏帆、いっつもどんなメシ食ってんだよ。料理覚えたーとか言ってるけど、まさか店屋物ばっかり食べてんじゃないの? 弁当も最近はワンパだし。定番しか作れないとか?」
「夏目さん、いくら一人暮らしでも身体に良くないよ。そういうのって」
二人にちょっとコワめの顔で詰め寄られる。
「ぬ、濡れ衣だよ、それ! いっとくけど、わたしの家に来てからはインスタントなんてアリエルに食べさせてないよ。お昼だって、ちゃんとお弁当作ってあるし。出汁だって、インスタントじゃないんだからね。鰹節とか昆布とか干し椎茸とか!」
身体を全部使っての夏帆の抗議に、静香と美紀が安心したように息を吐く。
「ならいいけど。兄貴みたくコンビニ三昧とかだったら、どーしよかって思ったよ」
「化学調味料なんかも、ラクだからっていっぱい使わない方がいいよ。身体に毒だから」
「味塩胡椒だって、使ってないもん。ちゃんとホールで買ってきて、使う度にすり潰してるんだから。やっぱりね、香りが違うよ香りが。あと、シチューなんかもね。ブーケガルニの組み合わせを色々と考えないとダメなんだよね。わかるかな、このコダワリ」
熱弁をふるう夏帆に二人がじりっと後ずさる。
「そ、そのね。毎日のご飯にそこまで手をかけなくても、いいんじゃないかな?」
「い、いや。わかったから。夏帆、よーくわかった。けど、じゃあ何でレトルトを食べたいなんて」
はてなマークを顔に貼り付けた二人に、アリエルがしれっと答える。
「こっちで食べたことの無いものって話だったから。夏帆の家に来るまではしょっちゅうインスタントで、ちょっと懐かしくなった」
「なる。そういうことか。さすがはアメリカン。ソウルフードがインスタントとは」
ようやく納得したというように、美紀がうなずく。夏帆もアリエルもホームスティとしか二人に言っていないのだけど、美紀は勝手にアリエルをアメリカ人。それも日系人と決めつけているようだった。
もちろん、アリエルがヒトではない……らしい。なんてことも言っていない。夏帆にしたって、初めて出逢った日の不思議な出来事は夢だったのではないかと思うことがある。
「んー。それじゃあ、カレーにすっか。スペシャルゲストのリクエストだし」
「そうね。それぐらいなら、私たちでも大丈夫じゃないかな」
美紀と静香がそう言って、互いにちょっと意味ありげに笑いあう。
「カレーかあ。うーん、クミンってこの辺で売ってるのかな。あと、ターメリック」
「あ、夏帆は台所出入り禁止ね。今回はあたしと静香。それとアリエルさんで晩メシ作るから」
「ええーーっ。なんで? カレーって難しいんだよ? 言っちゃなんだけど、美紀に出来る? スパイス炒めるの失敗するとすぐに焦げちゃうし」
「カレー専門店じゃないんだから。日本のご家庭は普通のルーを使うの。今日ぐらいのんびりしてなって」
美紀がそう言うと、静香もにこにこと微笑みながら相づちを打つ。ここに至って、ようやく夏帆は二人が最初からそのつもりだったということに気がついた。
夏帆の家でお泊まり会をすれば、イヤでも夏帆が晩ご飯を作ることになる。それを見越しての、静香の家の別荘でというわけだ。
「むー。二人とも、ずっこい」
「ま、あたしらだってそれなりにメシの一つや二つ作れることを証明しとかないとね。アリエルさんも手伝ってくれるっしょ?」
強引に話を畳みかける美紀に、アリエルはちょっと照れたような苦笑い。
「いいけど、夏帆みたいに上手くないよ?」
「ああ、いいのいいの。そんなのあたしらも同じだから。な、静香――静香?」
美紀の怪訝な声で、夏帆は静香が道路の反対側をじっと見ていることに気がついた。かなりきつめの坂道には数台のトラックが路上停車している。静香の視線はそのうちの一台に注がれているようだった。
「あのトラック、少し動いてない?」
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買い出しからのアクシデントの予感です。
次回 第11話 ちょっとした冒険
本日の20時15分過ぎに更新予定です。
少しでも気に入っていただければ、嬉しいです。
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