甘いパン
伊藤テル
甘いパン
何とも言えない高揚感が俺にはあった。
何故なら今日、いつもジメジメしていて暗くてキモイヤツへ「成仏しろ!」と言いながら持参した塩を掛けたら、めちゃくちゃウケたからだ。
クラスメイトたちは大笑い。
俺の友達はもう泣くほど笑っていた。
何かもうハイになっちゃって、どんどん塩を掛けていったら、どんどんソイツが縮こまっていったので、そこでさらに一言。
「ナメクジじゃん! 汚ねぇんだよ!」
これで教室は揺れるほどの大爆笑。
登校した時は、ネタのために塩を持ってくるなんて俺もどうかしてるな、と思ったけども、いざウケたらあの時に塩を持ってくるという判断をした俺、マジグッジョブ。
俺に塩を掛けられたソイツはそのまま教室の外に出て、何か完全に勧善懲悪って感じで、気分がスカッとした。
今日の俺は学校でヒーローだった。
いつもボソボソ喋ってクラスの雰囲気を悪くしているヤツを倒せて、英雄騒ぎだった。
通学路、俺は意気揚々と歩いていると、後ろから誰かに話し掛けられた。
何だよ! 塩かけてやろうか! と思いながら振り返ったその時、俺はゾッと背筋が凍った。
何故ならそこには、塩掛けてやったアイツがブリーフ一丁で立っていたからだ。
何でブリーフ以外あとは全部裸何だよ、というか高校生になってマジの白ブリーフって何だよ、とか思っておののていると、ソイツはこう言った。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
俺は唐突なイミフ発言にビックリして、その場から走って逃げた。
何なんだアイツ……急に狂ったのか……など思いながら、心臓をバクバクいわせ、街の裏道に入って、しゃがんでいる俺。
いやでも何で俺があんなヤツにビビることあるんだと思い、俺はまだ残っているビニール袋に入った塩を取り出した。
しかし何故か甘い香りがする。
何でだろうと塩に顔を近付けると、なんとその塩は砂糖になっていたのだ。
砂糖。
さっきアイツが言っていたことが俺の脳内で再生される。
『砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから』
『砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから』
『砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから』
『砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから』
『砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから』
何だ、何なんだ一体、何でこんなことになっているんだ。
アイツは、あの時すぐに教室の外へ出て行って、それから戻ってこなかったから、すり替えることもできなかっただろうし。
いやそもそも甘いパンになりたいって何? どういうこと? 高校生になって甘いパンになりたいって何?
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
俺の脳内を反芻し続ける謎の台詞。
まるで勝手に反響しているように。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
いや違う!
俺はバッと声がする上のほうを見ると、俺が背もたれしている建物の二階の窓から、ソイツが俺に対してそう言っていたのだ。
いつの間に!
俺は急いで立ち上がり、また走り出した。
この時に気付いたことは2つ。
まずそのまま走って自分の家には行っちゃいけないだろう、ということ。
コイツに俺の家を教えてしまうことは危険だと。
そしてもう1つ。
それはアイツが窓から俺に対して腕を振っていたのだが、その腕が何故かフランスパンみたいになっていたこと。
まるで体がパンに近付いていっているような。
なんという怪異なんだ。
全く意味が分からない。
俺は恐怖心に煽られながら、とにかくどこかあまり行かないところへ走っていった。
ここは植物公園。
前に友達と花火しに来たことがあったが、それ以外では来ない場所だ。
まあ木々も多いし、隠れられる場所も多そうだ。
ここならどうにかとか思っていると、
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
また少し上のほうから声が聞こえたので、反射的に振り返ると、そこにはなんとパラシュートが木々に引っかかっているアイツがいたのだ。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
そう言っているアイツの両腕は明らかにフランスパンになっていた。
さらにチリチリでキモかった髪型は、テカテカなクロワッサンになっていて、目からは黒い涙をボトボトと流していた。
そしてその涙から香ってくる匂いはチョコ。
既に甘いパンになりかけているソイツは何故か笑っていた。
俺は思い切って喋りかけることにした。
「おい! 掛けてほしいなら下に来いよ! 上から見下ろしてんじゃねぇよ! ビビってんのか!」
威嚇。
俺はその選択肢を選んだ。
きっとこういうことを言えばアイツはビビってまたどこかに行くかもしれない、そう考えたのだ。
するとソイツは
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
と言いながら、パラシュートから飛び降りてきた。
6メートルくらいあるけども大丈夫かと一瞬思ったけども、案の定、着地に失敗したらしく腹を強打した。
よっしゃ、死んだか、と思ったが、腹からまるでフレンチトーストの卵液を垂れ流すだけで、そのまま立ち上がってこう言った。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
俺はハッキリ言ってやった。
「いやもうなっているんだよ! 甘いパンに! 結構甘いパンになってるから!」
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
そう言って、ドラマのゾンビのようにのっそりと近付いてきたソイツ。
まあそれくらいの速度ならと思い、距離をとった刹那、目の前から消えた。
一体どこにいったと思ったら、また後方から聞こえてきた。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
振り返ると、そこには蝉のように木にしがみついたソイツがいた。
今度は陸地から4メートルほどのところ。
いやだから
「何で上のほうにいくんだよ! 掛けてほしいなら下に降りて来いよ!」
するとソイツは木にしがみついた状態から、首だけ180度まわして、こっちを向き、こう言った。
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
しかしソイツの顔には既に何らかの液体が掛かっていたので、俺は言った。
「もうハチミツか甘い樹液か何かが掛かってんだからもういいだろ!」
そう叫んでも、ソイツはずっと、
「砂糖掛けてよ。甘いパンになりたいから」
と言うだけで、下にも別に降りてこないので、また走って逃げることにした。
あんなヤツから逃げるなんて、そもそもプライドが許さないみたいなところもあるんだけどもな。
なんやかんやいろいろ走っていたら、また通学路に戻ってきてしまった。
もう帰るか、いやでも家を知られたくないし、とか考えながら街を歩いていると、目の前の、馴染みのタピオカ屋から話し掛けられた。
「最近買ってくれませんね、他のタピオカ屋に浮気しているんですか?」
「いや。そもそもタピオカ自体あんま買ってない」
と、俺は疲れていたからか少々塩っぽく対応すると、タピオカ屋は俺と反比例するかのように笑顔で、
「じゃあ逆にちょうど良かった! 最近うち、他の商品も置き始めたんです! 見てってください!」
まあまだ家には戻りたくないし、見てみるか、と思って足を止めた。
タピオカ屋は嬉しそうに喋りだした。
「まずはフランスパン、クロワッサン、チョコパンにフレンチトースト、どれもタピオカドリンクに合うように甘めに作っているんですよ! ハチミツを掛けてもおいしいですよ!」
何だか違和感のあるラインアップ。
今まさにそのラインアップと出会ったような。
俺は走って逃げようとしたその時、今まで馴染みのタピオカ屋が喋っていたはずなのに、アイツの声になって、こう言った。
「君が砂糖を掛けてくれたおかげだよ」
反射的に俺は振り返って、叫んだ。
「砂糖は掛けてねぇわ!」
振り返った刹那、俺の口に何かが入ってきた。
そして俺の目に入ってきたモノは、まさにアイツなんだけども、潰れたパンのようにグニィっと形状を変えて、無理やり俺に食べられようとしているアイツだった。
どんどん俺の口の中へ押し込みにやってくるアイツ。
嫌だ。
あんなジメジメしたキモイヤツを食べたくない、なんて考えても無駄で。
アイツは俺の体の中に完全に入り込み、その瞬間俺はめちゃくちゃ太った。
「何だこれぇ……」
と喋った時に気付いた。
声が何だかパサパサのパンのように、ボソボソとした声になっていることに。
さらに何だか腹痛を感じて、立っていても常にうずくまっているような姿勢になってしまう。
まるで俺がアイツみたいになっている。
アイツは太ってはいなかったけども、完全にそれ以外がアイツになっている、と。
まさか俺はアイツになってしまったのかと思ったし、そうだった。
・
・
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とりあえず家に帰ろうとして、自宅に行けば「誰ですか?」と言われ、訳も分からず植物公園でたむろしていると警察に保護されて、俺の家族と言ってきた人は見たこと無い人で、否、アイツにそっくりな、間違いなくアイツの遺伝子を持った人間で。
俺は今、アイツとして生きている。
学校ではナメクジ幽霊と言われて、バカにされている。
そして俺という存在はこの世から消え去った。
最初、アイツが俺の代わりになっていればワンチャンあるかなと思っていたが、俺の代わりなんていなくて。
俺とアイツは一心同体というか、この世からいなくなったのは俺だ。
もう俺なんていないんだ。
終わろう。
(了)
甘いパン 伊藤テル @akiuri_ugo5
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