確かに会っていた

卯野ましろ

確かに会っていた

 ただいま登校中。雲ひとつなく、暖かくて気持ちが良い。

 ……こんなに良い天気なのに、雅代まさよは今日もきっと……。


「ヤッコ!」

「へ?」


 後ろから、あたしを呼ぶ声が聞こえてきた。

 この声……!

 もしかして、いや絶対……と思って振り返った先にいたのは「雅代!」


「えへへ。おはよう」


 あたしに挨拶してくれた雅代はニコニコしていた。

 雅代、笑ってる!

 嬉しい……。

 また雅代に会えた!


「雅代……! 久し振り!」

「ねぇヤッコ、私ね……」

「うん、何?」

「学校に行きたい」

「そっか……え?」


 そういえば雅代は今、制服姿。

 嘘でしょ?

 本当に?

 最近の雅代は、あたしに会うことさえ拒んでいたのに?


「ふふっ、どうしたのヤッコ。急に固まっちゃって。私、変なこと言ったかな?」

「いやいやいや、そんなことは絶対ないよ!」


 あたしは首をブンブン振った。もちろん、横に。雅代は笑顔のまま。


「そっか。じゃあ、またね!」

「う、うん! またね!」


 雅代は手を振りながら、あたしとは違う方向へ駆けていった。

 雅代、久々に登校するんだ! 制服姿だったし、さっき「またね」と言ったし……そうだよね?

 やったぁー!

 しかも自分が登校する前に(お母さんに送ってもらうんだと思う)あたしに会いに来てくれるなんて! 確かに、この場所から雅代の家は近いけど……あたしが通るのを待っていてくれたんだ!

 ああ、雅代のいる生活が戻るんだ。

 楽しみ!

 あたしはワクワクしながら学校を目指した。




「おはようございます!」

「おおヤッコ! おはよう!」

「おはようヤッコ。元気だねぇ」


 あたしが教室に入ると、先生と友達が少しビックリしていた。そりゃそうか。こんなにハキハキと挨拶をしたことはなかった、と自分でも分かる。


「どうしたんだヤッコ、何か良いことでもあったのか?」

「はい、ありました!」


 先生からの質問に即答すると、先生も友達も「何だ何だ」と興味津々でソワソワしてくれた。


「雅代がっ、雅代が久々に学校に来ます!」

「え、マジ?」

「わーい!」

「雅代~!」


 あたしの知らせに友達みんなが喜んでくれた! みんな、あたしも嬉しいよ!

 雅代、みんな雅代に会いたがっているよ。早く教室に来て!


「うーん。それは何かの間違いじゃないか?」


 あたしたち仲良しグループが喜ぶ中、先生は首を傾げている。


「……へ?」


 それって、どういうこと?


「実は昨日、先生は雅代のお母さんと電話したんだ。雅代は昨日から、お婆ちゃんの家に泊まっているらしいぞ。二泊三日と聞いたし、今朝帰ってくるとは考えられないなぁ」


 嘘……。

 あたしがさっき会ったのは間違いなく雅代だった。

 制服姿でニコニコしていた。

 「またね」って言った。

 それなのに。


「もし登校するなら、そのときは連絡するってことになっているし」


 どういうこと?

 先生は雅代が登校するって知らなかったどころか、あり得ないって否定している。

 それなら、あたしが今朝見たのは何だったの?

 幻? 夢? それとも幽霊?

 霊……?

 霊!

 まさか雅代……!


「学校に行きたい」


 雅代の言葉が頭に浮かび、あたしは涙を流した。


「ヤッコ!」




 ねぇヤッコ。

 私、学校に行きたい。


「雅代!」

「ヤッコ!」


 あ……あれ?

 今あたし、雅代に会っていたのに。

 辺りを見回すと、そこにいるのは今朝あたしと会話した友達だった。みんなはなぜか、あたしに安堵の表情を見せている。


「ヤッコ、大丈夫?」

「……あたし、どうしちゃったの?」

「あのね……」


 雅代の話をした後、あたしは泣きながら倒れたらしい。それであたしは保健室に連れていかれ、しばらくベッドで寝ていて、今起きたとのこと。


「……ごめんなさい……あたし、みんなに迷惑かけて」


 あたしが謝ると、みんなは「謝らなくて良いよ」「大丈夫だからね」と優しい言葉をかけてくれた。それでも、あたしは自分を許せなかった。


「でも、みんなに朝から変な話をしちゃって、あんなワケの分からない話をして倒れちゃうなんて……あたしバカみたい」

「ヤッコ……」


 また泣き出したあたしを、みんなは心配してくれている。あたし、おかしくなっているみたいなのに。


「ヤッコ、何も悪くないのに自分を責めちゃダメだ」


 あたしたちが話していると、先生二人がやって来た。


「あ、先生」

「鬼ちゃん!」


「コラ、鬼ちゃんじゃなくて先生でしょ。さ、あなたたちは教室に戻って。授業が始まるわよ!」


 養護教諭の鬼ちゃん先生に言われ、みんなは「ヤッコまたね」と退室した。優しいみんなに、あたしも手を振った。


「……ねぇ、ヤッコちゃん」

「は、はいっ!」


 みんながいなくなった直後、鬼ちゃん先生がグイッと顔を近づけてきた。


「登校中の出来事、気になるから話してくれない?」

「……はい」


 あたしは今朝、雅代と出会ったことを先生二人に話した。こんなおかしな話を真剣に聞いてもらえるなんて、あたしの周りは良い人ばかりだ。




「それ、もしかして雅代ちゃんの生き霊だったりして」

「い、生き霊?」


 あたしの話が終わった直後、鬼ちゃん先生のまさかの憶測に驚かされた。予想外の言葉だったのか、宮崎先生も口を大きく開けている。

 そういえば鬼ちゃん先生って、噂によると相当のオカルトマニアらしい。保健室に来た生徒たちに、よく怪談などを披露しているとか。

 でも生き霊ってことは……!


「じゃあ雅代は自殺していないってことですよね!」


 あたしが明るく言うと、鬼ちゃん先生が頷いた。すると宮崎先生が、


「ヤッコ、さっき先生は雅代のお母さんと電話したぞ。雅代は元気だって。お婆ちゃんの家で気分転換ができているそうだ」

「……良かった……!」


 雅代は生きていた!


「ヤッコちゃんが見た雅代ちゃんは、きっと雅代ちゃん本人の強い気持ちが生み出したものなのよ」

「雅代の、強い気持ち?」

「うん。学校に行きたいって、しかも制服姿で現れたなんて、そういうことじゃないかしら」


 雅代……。

 やっぱり今朝あたしが見たのは、本人ではなくても雅代だったんだ。鬼ちゃん先生の話を、あたしは信じたくて信じたくて仕方がなかった。


「ヤッコ」

「はい、宮崎先生」

「雅代が自宅に帰ってきたら……」




 それから数日後。


「……雅代!」


 あたしは雅代本人と会った。学校の保健室で。


「ヤッコ!」


 久々に再会できた雅代とあたしは、涙を流して抱き合った。


「会いたかったよ雅代……」

「私も! ずっとずっと、ごめんね!」

「やだ、謝らないでよ! 会えて本当に嬉しいっ……」


 あたしは雅代に抱き締められながら、雅代の気持ちを聞いた。

 ずうっと学校に行きたいと思っていたこと。

 それでも勇気が出なかったこと。

 そして雅代が、一番あたしに会いたかったということ。


「あのね、ヤッコ……」

「何?」

「私、これから少しずつ頑張るよ。今も教室は怖いけど、それでもこうしてヤッコやみんなに会いに来るから……!」

「……うん。雅代、頑張って!」

「ありがとう、ヤッコ!」


 その日から、雅代が再び登校するようになった。まだ教室には行けないから、保健室に来て勉強している。一緒に給食を食べたり、休み時間に談笑したりと、また雅代と楽しい時間を共に過ごせるようになった。

 あの日、あたしは確かに会っていた。

 学校に行きたかった雅代に。

 そして今、あたしは会っている。

 やっと前進できた雅代に。

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