逃げ出す人々
伊藤テル
逃げ出す人々
最近、私が通学路でふと振り返ると、みんな逃げ出すようになってしまった。
化け物に襲われそうになっているように、血走った目で、その目の血走りよりも速く走っていくのだ。
『通学路、振り返るとそこにいる』みたいなホラーならまだ良かったのに。
私の場合は振り返るとそこから人が全員いなくなってしまう。
人っ子一人残らず、私の後ろから人がいなくなる。
元々の前方を向くと、前には普通に人が歩いている。
何事も無かったように、ただただ通常通り。
まるで私を境界線に世界が変わってしまっているような。
天国と地獄の境目のように、世界観が壊れてしまっている。
どういうことなんだろうか。
全く原因が分からない。
思い当たる節もまるで無い。
だから振り返ることが最近怖くなってしまい、何か後ろで音がしても、できるだけ振り返らず、前だけ向くようにしている。
前だけ向いている、なんて歌詞だったらカッコイイんだけども、今の私は物理的にも精神的にも何かへ怯えている。
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私は正直美人だ。
昔から人と比べられていた。
幼稚園の頃から、たくさんいる中から指を差されて「結月ちゃんが一番美人だから」と男子から言われていた。
女子からは「結月ちゃんみたいになりたかった」と言われて。
それが当然で、何よりも当たり前のことだった。
私は美人だし、周りは普通かそれ以下だし、それが自然の理だったので、それ以上に見た目を気にすることも無く。
だから人から避けられた経験もほとんど無い。
みんな私に集まってくる。
嫉妬もあっただろうけども、それ以上に憧れが強くて。
憧れの渦に嫉妬は沈黙させられていたみたいな感じ。
まあ避けられると言えば、私はドーナツが好きすぎて、周りはダイエットとかどうとか言って、一緒にドーナツ屋さんに来てくれないことくらいだろう。
ちなみに私はダイエットみたいなこともしたことない。痩せる体質だから。
それが個性だということに気付いたのは、中学生の頃なので、それ以前はみんなどんだけ食べているんだ、浅ましいなぁ、と思っていたけども、どうやらどんだけも食べているのは私だけだったらしい。
その頃の穿った感情は機会があれば謝りたいと思っている。
まあそんな機会も無いけども。
みんな私の”今、綺麗であること”に夢中で、私の過去にはてんで興味も無い。
私の現在の美しさを褒め称えるだけ。
あと避けられるという議題で知恵を絞るなら、あれかもしれない。
ドーナツが好きすぎて、ドーナツ柄のモノを身に付けすぎて、一緒にいたらドーナツの一味と間違われてしまうから一緒にいないみたいなところかな。
私はもうドーナツの宗教に入信しているのかってくらい、ドーナツ柄やドーナツを模したモノを身に付けている。
まあ間違いなくドーナツにお布施しまくっているので、ドーナツの宗教に入っていると考えても過言ではない。
私はドーナツ柄の服・バッグに、ドーナツの形をした髪留めを身に付けているし。
少し子供っぽいと言われているけども、そんなことは正直何とも思わない。
だって自分が好きなモノを付けているほうが、気分が上がるから。
人にどうこう言われたって、人は私の人生じゃないから。
逆に人の人生に口を出してくるって、ぶっちゃけどういうことっ? って思うし。
何様なんだと憤ってしまうこともある。私の人生にとってモブのような存在ほど口出してくるのも何でだろう。
とにかく私は私の人生をどうこう言って生きていくんだ。
だから周りのことは気にしていなかったんだけども、やっぱりこればっかりは気になるもので。
何で私が振り返るとみんないなくなってしまうんだろうか。
まるで怖いモノを見たかのように走って逃げてしまう。
私は容姿端麗で避けられたことなんて、ほとんど無いのに。
特に見知らぬ人に対しては無敵なのに。
ドーナツを好きすぎる性格を知られてしまった人に対してはちょっと弱さもあるかもしれないけども、見知らぬ、ただ見た目だけで判断してくれるだけの親密度の連中には無敵なのに。
こんなことを考えてしまう性格の悪さがちょっと滲み出ちゃっているのかな。分からない。
でもそうなっていることに気付いた時からこのことが気になって気になって仕方ない。
だからつい、ふいに振り返る時もあるんだけども、その度にやっぱりみんな走って逃げ出す。
怪物を見たような、この世のモノじゃないモノを見たような、迫りくる大男から逃げるように一目散に散っていく。
かなりヤバそうなヤンキーの人たちも逃げ出したので、正直ただ事じゃないような気がする。
あぁ、でもあういうヤンキーの人はクスリをやっているかもしれないから、たまたまそのクスリの副作用が出た瞬間と一致しただけかもしれない。
なんてことを考えていても仕方ないので、私は同級生に頼んで、私の後ろを歩いてもらい、急に振り返ってみることにした。
その結果がこうだった。
「結月ちゃん、何かすごいこわごわと振り返っているから、怖い顔になってるよ」
私はハッとした。
確かにそうなるようになりすぎて、振り返ること自体が戦々恐々としてしまい、振り返る時、顔がこわばっていたかもしれないって。
同級生とはバイバイして、一人で家路に着く。
でもその時にふと思ったことは、最初の逃げ出したのは一体何だったのだろうか。
まさか最初からこわばっていたわけじゃないだろう。
最初の、もう覚えてもいないけども、最初の振り返りの時はきっと普通の顔だったはずだ。
それとも何らかの騒音への振り返りで、怒りに満ちた、怖い顔をしていたのかな。
でもそれが続くとは思えないし。
結局考えることは荒唐無稽な話で。
もしかしたら私が振り向くと、そのタイミングで私の前方に何か良からぬ物が出現するのだろうか。
いや同級生は私の顔がおかしいとしか言わなかったし。
もし出現するのなら今回も出現するべきだと思うし。
それともそういう自分から行動した時は出現しないみたいな、面倒臭いヤツなのか、と思ったその時、急に正面から人が私へ向かって走ってきた。
まるで逃げ出すような速度で、逃げ出しているような血迷った目で。
私は誰かに助けを求めるように一心不乱で後ろを振り向くと、そこには大きな大きなドーナツが浮いていた。
ピンクのシュガーが掛かった、私の大好きなドーナツなんだけども、直径1メートルはありそうな巨大なドーナツ。
私はあまりの衝撃に腰が抜け、その場で尻餅をついてしまうと、自分に寄ってきた人達が自分をジャンプして飛び越え、ドーナツの穴の中に入り、そのまま消えていった。
甘い甘いドーナツの香りが状況と不釣り合い過ぎて、何だか笑ってしまったその時だった。
自分の後方に何かを感じ、おそるおそる自分の元々の前方を向くと、そこには人間の目玉だけの存在が浮いていて、ちょうどドーナツの穴くらいの大きさだった。
巨大なドーナツと巨大な目玉の対峙。
何だか睨み合っているようにも見える。
私は尻餅をついたまま、自分の頭の上で浮いている二つの物体を眺めていると、そのドーナツの穴が目玉を吸い、消してしまった。
ドーナツが勝ったんだと意味も分からない日本語を浮かべていると、ドーナツが言った。
明らかにドーナツが言った。
「あまり長居すると邪魔になるので帰りますが、やっと貴方の生活がまた甘くなりますね」
スゥっと消えていったドーナツ。
あれ以来、私に不思議な出来事は起きていない。
ちなみにあの時、ドーナツの穴の中に入っていった人たちは普通に街にいて、何事もなかったように私とすれ違う。
多分、あのドーナツは私の守護神だったんだと思う。
悪い何かを倒してくれたんだ。
そう思うしか無かった。
だってドーナツ好きだし。
やっぱりドーナツって最高だよね。
(了)
逃げ出す人々 伊藤テル @akiuri_ugo5
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