第五章(下)

 同時刻、寮近くの道路。

「どうしたのハル君、こんなところで一人で?」

 遠回りをして帰ってきて、あと角を一つ曲がれば寮のある道に出るという所で、その角そのものの場所に小さい子供が蹲っているのを見つけた。更にそれが、お互いあまりにも知り過ぎた関係になってしまった彼であることに陽子も直ぐに気づいた。

「ハル君こんなところで、しかも保育園の服着たままで」

 見つけた彼は園児服を着たまま。明らかに様子がおかしい。しかも少しぐずっている。

 陽子は急いでハルの下に走ると、鞄を脇に置いて彼の目の前にしゃがみ、そっと両肩を抱いた。

「……」

 ハルも戸惑っていた。

 自分に心配そうな顔を向けてくれているこの狼女は、捜し求めていた頼れる人物に違いないのだろうけど、しかし彼女は自分が嘘吐き少年――狼少年であったのを知っている。しかも嘘を吐いていた自分を鬼という助っ人まで連れてきてこらしめたのは他ならぬ彼女なのだ。そんな彼女が自分のことを信用してくれるのだろうか。

「……か、……か」

 それでもいうしかない。

「か?」

「かいじんが……」

「かいじん? ……って、怪人!?」

 ハルが何をいおうとしているのか推測しようとして出た言葉に、陽子が驚きの顔になる。

「かいじんが……ほいくえんにでて……」

 そうしてハルはなんとかそこまで言葉に出した。

「……」

 それを聞いて陽子の思考が目まぐるしく回転した。

 怪人が出た、保育園に? このまえ出たばっかりなのに? でもそれを誰かに知らせようとハルは保育園から走ってきた?

 それならばハルがこんな格好のまま飛び出して、こんな遠くまで走ってきた理由も合点がゆく。

「ハル君、他のみんなは?」

「……まだ、ほいくえんにいる」

 どうやらハルだけが園から奇跡的に抜け出すことができたらしい。彼の必死の表情がそう訴えている。

「――わかった」

 こんなにも連続して怪人が現れるなど殆ど例ががないが、ハルの必死の表情がそれを事実だと物語っていた。

「狼のお姉ちゃんが今からみんなを助けに行く」

 状況を察した陽子は、そう力強くハルにいいながら立ち上がった。

「しんじてくれるの、ぼくのこと?」

「あたりまえじゃないか!」

 陽子はそういいながらハルの頭をくしゃっと撫でた。

「キミは嘘を吐いたことを心から謝ったんだ。そしてそれを鬼に認められたんだぞ、お前は男だと。男となったキミが、もう嘘なんか吐くわけないじゃないか」

 そう、自分の友達の赤き鬼が男として認めた彼だ。もう虚言を使うなど考えられない。

「ハル君、これちょっと重いけど、この鞄を持ってあそこに行くんだ。あそこにある建物がお姉ちゃんが住んでる寮だから」

 陽子はそういいながら自分の持っていた鞄をハルに両手で抱えさせるようにすると、道の向こうを指差した。

「……あそこ?」

 他の建物よりも少し大きめの造りなので、陽子の寮はハルにもなんとなくわかった。

「ハル君はあそこにいってかくまってもらって、そして寮母さんに『保育園に怪人が出た』っていうんだよ!」

 陽子はそういってハルの肩に右手を置く。陸上保安庁や水上保安庁への通報はそれで寮母がしてくれるだろう。

「……しんようしてもらえるかな」

「だいじょうぶ。狼のお姉ちゃんが保障する!」

 陽子はそういいながらハルの肩を少しだけ強く握った。

 狼少年になりかけた彼を、狼である彼女が信用するといってくれている。これ以上に心強い言葉は無いだろう。

「うん!」

 ハルは陽子からわけてもらった勇気に後押しされるように寮に向かって走った。

(……あ)

 その走っていくハルの後姿が、何故だか小さい頃の自分の後姿に重なって見えた。

 あるはずのない銀色の耳が頭の上に生え、あるはずの無い銀色の尻尾がお尻で揺れていた。

 小さい頃の陽子が不意に立ち止まり、こちらに振り返った。大事そうに今の陽子の鞄をしっかり抱えて。

 小さい頃の陽子の口が動いて、一つの言葉を形にした。

『ばいばい、おおきくなったぼく』

 小さい頃の陽子はその言葉と笑顔を一つ残すと、再び駆けていった。

「……バイバイ、わたし」

 再びハルへと戻ったその後姿に、陽子も別れの言葉を告げた。

 普通であり続けたいと願う女の子は、そのきっかけとなった過去の自分に別れを告げた。普通の中の普通じゃなくて、自分の中の普通をこれからは探すために。

「ボクはもう一度『わたし』を受け入れて、そしてもう一度『わたし』に別れを告げて、ボクは本当の『ボク』になる……今から」

 陽子は少し大人になった。今までも達観している部分はあったけれども、それも含めて少しだけ大人になった。あの真っ赤な友達のおかげで。

 小さな男の子を少しだけ大人にした大きな女の子は、自分も少しだけ大人になっていた。

 ボクは守るべき人たちを守るために強くなる。強いはずだったボクを取り戻す。それは――ボクのためでもあるから。

「さぁ、いくよ!」

 陽子はクラウチングスタートの体勢になると、そのまま空へ飛んで行くのではないのかというくらいの勢いで跳び出した。

「うぉぉっぉおおーっ!」

 先ほどのハルと同じように陽子も無我夢中で走る。

 自分も他の同世代の普通の人間の女の子に比べればはるかに強いだろうが、怪人相手ではさすがに後れを取るのは否めない。その事実は前回遭遇した陽子自身が身を持って知った。

 しかしそれでも、園に残された他の園児や保育士を脱出させるまでの時間稼ぎくらいできるだろう。多分残された者たちはその恐怖で身動きもできず、その場で蹲っている。ハルはその呪縛には取り込まれなかったが、しかし本当に怖い時は多くの生き物は固まってしまうものだ。だから少しでも強い自分が行って、その固まってしまった時間を何とか解きほぐせれば。

 陸保や水保の駆逐部隊が来るまでなんて待ってたら、取り返しのつかない事態に発展するかもしれない。ハルが決死の覚悟で伝えてくれたこの知らせを無駄にはできない。

『自分に恐れているのだろう』

「ああ怖いよ!」

 頭の中に流れてきた鬼越の言葉に陽子は声を張り上げて答えた。普通でなくなるのは怖い。

『誰かが困っている時に、我らはこの拳一つ蹴り一つで何とかできるかもしれない力を持っている。それを忘れてはならん』

 でも今は、普通でない自分が行けば助けられるかも知れない人がいる。

「忘れるもんかこんちくしょう!!」

 陽子は更にそう一つ吼えると、ピッチを上げて加速した。


 数分後、保育園。

「……? ハルくんが……いない?」

 庭へ繋がるドアとなっている硝子をぶち破って怪人が室内に侵入してきてしばらく経った。

 怪人はそれ以上の大きな破壊活動をしようとはせず、ただ室内に佇むだけだった。ある意味小康状態になってはいるのだが保育士自身も腰が引けてしまって立つこともままならない。後は近隣の住民が騒ぎに気付いて陸保か水保に怪人出現の通報をしてくれるのを信じて待つしかない。

 そんな風にして少し落ち着きを取り戻した時、園児の一人が欠けているのに気付いたのだ。

「かいじんにたべられちゃったんじゃ……」

「そんなことはありません!」

 園児の一人が思わずいってしまった一言を、保育士が嗜める。

 保育士も動けないなりに怪人の動きはずっと見ていた。怪人が現れた直後、園児の全員が保育士の下へ走ってきたはずだった。だから怪人の近くには園児は最初からいないはずで、怪人が園児の一人をどうかしたなどとは考えられないのだが。

「ひとりでにげんたんじゃない?」

「……」

 誰かがいったその意見にはさすがに保育士も反論できなかった。

 でも一人でも逃げ出してくれているのなら、その子の安全は確保されたことになる。園児であるから怪人出現の通報まではできないだろうが、一人でも完全な無事であるならばそれに越したことは無い。

「それともろっかーのなかにかくれてんじゃないのかな?」

 女の子の一人、ヒトミがそんな風にいった。

 そうかもしれない。そしてそれが一番可能性が高いのかもしれない。静かなのは身を隠したその場所で気を失っているからかもしれない。

 ここを脱出できる機会が訪れてもその前に全てのロッカーや隠れ場所を探さないといけないのか……そう保育士が沈思していた時

「――こっちだ怪人!」

 聞き覚えのある女の子の声が庭の方からした。

「うぉぉおおおりゃぁあ!!」

 咆哮と共にその声が室内に入ってくる。そしてその光景を見た全員は、まるで銀色の槍が吹っ飛んできたのかと思った。

 走ってきた勢いのまま垣根を越えて庭に飛び込んだ陽子は、室内に佇立する怪人を発見して誰何を浴びせかけると、そのままの勢いで飛び蹴りを食らわせた。それは振り向いた直後の怪人の胸に当たり、ちょうどバランスが崩れてしまった相手を転倒させた。陽子も飛び蹴りなんかまともに練習したことはないのだが、高跳びを始めた頃に跳んでいたはさみ跳びの要領でやってみたら、意外に綺麗に決まってしまった。ずずんっと、数トンはありそうな怪人が床に沈む震動に室内が包まれた。

「ヨーコちゃん!?」

 いきなり飛び込んできた銀色の槍の正体が、仲の良い狼人の少女だと知るとみんなが驚きの声を上げた。

「先生! みんなを連れて早く逃げて! ここはボクがなんとかするから!」

「ヨーコちゃん、どうして……」

「ハル君が教えくれたの! 決死の覚悟で走ってきてボクに伝えてくれたの怪人が出たって!」

「ハルくんすごぉいっ!」

 密かに正義の味方の救援を成功させていた彼の偉業に、他の園児が思わず声を上げる。

「でもヨーコちゃんだって危ない」

「ボクは狼人だから! あれのパンチ一つ食らったくらいじゃ死なないから! だからボクが時間を稼ぐからみんなと早く逃げて!」

 蹲ったままの保育士と園児たちに背を向けながら陽子が叫ぶ。彼女の視線は、起き上がろうともがいている怪人から離れない。

「……ヨーコちゃん、ごめん。みんな……逃げるわよ」

 保育士は震えが抜けない足のままなんとか立ち上がると、園児たちを守りながら玄関の方へ向かった。

「よーこちゃんまけるな!」

 園児の一人、ヒトミが声を嗄らさんばかりに叫んだ。彼女ができる精一杯の応援。

「うん、負けないよ!」

「ヨーコちゃんがんばれ!」

 他の園児たちもそれに続く。

「うん、がんばる!」

 保育士に誘導されて玄関の方へと逃げる園児たちからの声援。陽子もそれに返すが実は彼女も少し膝が震えていた。

 前回の対戦時はヒトミを担いで逃げれば自分の役目は終了するのが前提で立ち向かったから良かったが、今回はある程度自分が怪人の相手をしなければならない。人質を奪われた怪人が今度は何をするか分からない。だから奪った本人が正規の駆逐隊が到着するまでは相手をして時間を稼がなければ、何が起こるか分からないだろう。ある意味では人質の交換だ。

(……いくら傷の治りが早いって言っても、首がちぎれるくらいの一撃食らったらやっぱり死ぬよね)

 首がもげたても直ぐにくっ付ければ大丈夫なのかとも思ったが、そんな風にして命を取り留めた亜人類の話も聞いたことがないのでやっぱり無理なのだろう。

(……え? 首がもげても生き残れたらデュラハン? あれってゴーストみたいなもんだからなー、もうご飯食べれないじゃん)

 やはり基本的には「肉食ってなんぼ(しかも生)」な血筋である犬飼の者にとっては生存できても食事ができないのはツラい様子。

(ていうか、結局はボクくらいじゃ時間稼ぎにしかならないか)

 再び立ち上がった怪人を見上げながら陽子が思う。何この超強そうな相手。最初の一撃で相手を転倒させられたのも僥倖だったのだろうと推測する。

(せめて戦いの場が庭なら)

 この室内も劇ができるくらいの結構な広さがあるが、2メートルを有に超えているであろう怪人相手には狭すぎる程。

 パンチの一撃が飛んできたらどこまで避けられるか――と思っていたところに、怪人の右腕が本当に飛んできた。

「うぉっとぉっ!?」

 怪人の一撃を身を低くして更に横っ飛びで陽子が避ける。あまりにも動きすぎて背中を壁にぶつけてしまった。

「いてて……」

 背中を擦りながら陽子が立ち上がる。座ったままなどではいられない。第二撃がいつ飛んでくるか分らない。

 やはり室内では狭い。陽子としてはなんとか庭の方に押し出して体勢を整えたい処だ。

 次の一撃が飛んできたら自分から庭の方に避けて誘い出すか――そう思って割れたガラス戸の方に体を寄せていこうとすると

「ヨーコちゃん! 庭の方に造園業者の人が倒れてるの!」

 陽子の意図を悟ったのか、玄関から逃げ出す直前に中の様子を今一度伺った保育士が声を上げた。

「え!?」

 陽子が庭の方を確認すると、垣根の角の部分に確かに作業服姿の男性が倒れている。

 そんなことなら庭から入って来た時にその男性を移動させた後に怪人に飛び掛っていれば良かったのだが、後の祭りである。

(……これじゃ庭の方を戦闘フィールドにはできないな)

 陽子がそう熟考していると、その隙をついたように怪人の二撃目が飛んできた。

「!?」

 陽子も一瞬の判断が遅れて脚に力が入らない。

(……く、避けられない!?)

 それでも陽子は咄嗟に腕をクロスして前にかざした。そこへ怪人の一撃が突き刺さる。

「ぐほぉっ!?」

 思いっきりふっ飛ばされた陽子はそのままの勢いで、遊戯道具や工作道具などのラックが置いてある壁へと叩きつけられた。ガードした腕がいやな形に曲がるが、それもしばらくすると狼人の持って生まれた力で元に戻りはじめる。

「――痛っ!?」

 しかしてそれ以上に陽子に悲鳴を上げさせたものがあった。ラックのある壁にふっ飛んだ時、そこに置いてあった何かが陽子の腕に当たったらしく、当たった場所を裂かれた陽子が痛みに叫んだ。

「いたたたた……保育園は色んな道具があって大変だね……って、え?」

 左の二の腕に当たった何かは、陽子の腕の皮膚を裂いていた。当たった時の感触でこれぐらいなら直ぐに血が止まると思っていた陽子は、ぼとぼとと落ちるのが止まらない自分の血を見て、驚愕に顔を歪めた。

「なんで止まらない……って、あぁ!?」

 陽子は自分が叩き付けられて粉砕されたラックに置いてあった道具箱のぶちまけられた中身の一つに、白く光るアクセサリーを見つけた。銀のブローチ。先日行われたお遊戯会に来た観客の一人の忘れ物。そして狼人にとって銀は、猛毒である。

「ぐあぁあぁあぁあっ!?」

 血で半分赤くなっていた銀のブローチを見て、陽子が絶叫する。左の二の腕の傷口を手で押さえるが、指の間から血がどんどん滲み出てくる。

「あ……あぁあ、あ……」

 一気に力を消失させた陽子がどすんと尻餅をつき、そのまま壁に背をあずけた。陽子の左側の床がどんどん血溜りになっていく。

(……あー、ボク、ここで死ぬのかなぁ……)

 急に力を失ってしまった陽子に止めを差そうというのか、怪人が地響きと共にゆっくりと近づいてきた。

(……最後に正義の味方をやって死ぬなんて、ずいぶんと狼人っぽくない死にかただなぁ……異端審問長官とかラスボスみたいのが現れて激闘の末相討ちとか想像してたんだけど)

 頭が朦朧としてきた陽子は、自分が何を考えているのか分らなくなってきた。

 自分の力(特に運動神経)をフルに活用すれば、正式な怪人駆逐部隊が来るまでの時間稼ぎぐらいだったら余裕だと思っていた。しかしそれはたった一つの装飾品によって崩された。

(……でも死ぬときってだいたいこういうイレギュラーで死ぬんだっけ)

 自分を早急な死に至らしめようとする、銀のブローチを見ながら陽子が自分の末路を想う。

 怪人の出現とこのシルバーアクセは、関連性はあったのかも知れないが、関係そのものは全くといっていいほど無い。しかしこの国では銀製のアクセサリーや道具は結構色々な場所にある物でもある。それが偶然の産物であっても、陽子のような亜人類ファンタジークリーチャーにとっては、普通に暮らすだけで危険が多量に含まれるのである。

(でも……園のみんなと先生は、逃がすことができたんだ……ボク、よくやったよね……)

「……」

 そこの狼女、死ぬにはまだ早いぞ。

「……?」

 出血で意識が薄らいできた陽子は、頭の上の方で誰かの声を聞いた。

(……え、なに、幻聴……?)

 陽子が声のした方に顔を向けると、自分に背を向けて赤鬼が立っていた。鬼なのに天パーじゃなくて綺麗なストレートの金髪。高校の女子用制服に身を包んだどこかで見たことがあるような赤鬼が、肩に大きなスポーツバッグを担いで立っている。

(映像付ってことは……ああこれ、走馬灯なのか……)

「……えー、ボクを迎えに来た天使役ってミユキなの……ちょっと似合わないな……なんか残念……」

「似合わなくて悪かったな」

 陽子が思わず口に出た言葉にその赤鬼が反応した。

「それに鬼がいるのは普通は地獄の底だ、逆だ。お前の妄想で勝手に似合わない役を押し付けるな」

「……えー、じゃあここって地獄なのー……ちぇ」

「まだ寝ぼけているのか? 早く目を覚ませ!」

 相手との間合いを取ろうと赤鬼の体が揺れる。その時、下から見上げる格好になっていた陽子は、たまたま見えたスカートの中身で何かを思い出した。

「……黄色に濃いブルーのストライプ……さっきミユキが穿き替えてた、ここでもらった鬼のパンツだ……――って、ほんもの!?」

「そんな恥ずかしい部分で気がつくな」

 朦朧とした陽子の意識が一気に覚めた。

「なんでここにミユキがいるの! 銃のある神社に行ったんじゃ!?」

「これから探索に出かけようとしていた処に、小僧が血相を変えてやってきてな。本日の夜もまた予定が変更になってしまった」

 夕飯などを済ませ再出発準備を終えた鬼越が、夜からの探索に出ようと玄関に向かうと、高校の学生鞄を大事そうに抱えたハルが飛び込んできたのだ。ハルも陽子には認められた安心感からか、鬼越には最初から全てを話し、それを聞いた鬼越はハルの保護と怪人出現の通報を寮母に任せ陽子の後を追った、とある物を一つ抱えて。ハルはほんの少しのギリギリの差で、もう一人の救援を呼ぶことに成功していたのだ。

「さすがに元が狼だけあって良い脚力だ。こんな物を持っては全く追いつけなかった」

 鬼越が担いでいたバッグをどさりと床に下ろす。鬼越が里から持ってきた二つの荷物の大きい方だ。やはり相当な重量物が入っているらしく床が少し揺れた。そしてこれは前回現れた怪人の攻撃を受け止めるのに使ったものだ。

「小僧から理由を聞いてみれば園に怪人が出てお前が一人で討ちに行ったらしいじゃないか。水くさい奴だな」

「だって……連絡のしようがないじゃない」

「それもそうだな」

 鬼越はそういいながらバッグのジッパーを開くと中身を取り出した。

「……なにそのイカしたデザインの武器?」

 野太い柄の先にペール缶を二つ付けたような、見るからに物騒な特大ハンマーを鬼越が担いだ。所々に用途不明な機械が付けられているが、それが陽子の見立てによるイカした部分なのかも知れない。

「対トーマスホガラ戦用決戦武器、爆槌だ」

 鬼越はこの救援のため、本来なら蒸気侍を討つために用意しておいた武具を持ってきたのだ。これだけ頑丈そうな見た目ならスポーツバッグ越しに怪人の拳を受け止めても平気だったのには頷ける。

「……鬼ならちゃんと金棒持ってきてよ」

 しかし陽子は鬼であるのに武器が金棒でないのに不満である様子。

「今回の蒸気侍探索ではこれしか持って来ていない。我慢しろ」

 鬼越はそういいながら爆槌と名付けられた長重武器を両手で構えて、怪人へと少しずつ近づいた。それまで怪人は何をやっていたかと言うと、相手が増えたことにより場の様子を伺っていた。

 怪人は高い防御力と引き換えに動きが幾分か鈍い(それでも一般的成人男子並には素早いが)ので、打たれてから打ち返すというプロレスや合気道のような戦い方を基本戦術とする。だからこのように相手の様子を伺っているというのも良くある場面であり、それができるのも防御力の高さのおかげである。

 だから怪人を駆逐したければ、まずはその歩く要塞のような打たれ強さをなんとかしなければならない。通常はその為の戦車の投入だが、今はそんな決定打はこの場に無い。

「――はぁああ!」

 鬼越は両手で持った爆槌を振りかぶると、そのままなんの躊躇いも無く怪人の胸部へと打ちつけた。

 怪人も、見た目は細い鬼越の一撃など食らってもどうということは無いという風にそのまま打たれたが、槌部分が怪人の胸にヒットした瞬間、柄に付けられたレバーのような物を鬼越は掴んだ。

 その瞬間凄まじい爆音と共に槌部分が高速で伸縮し、そのピストン力と鬼越の腕力、そして爆槌自体の重量が合わさって怪人を後ろへと押し出した。たたらを踏んだ怪人は自重を支えきれず、数歩後ろにあとずさった後に、背中から倒れた。室内を凄まじい震動が再び襲う。床にもヒビが入った。

「ぶはぁっ!?」

 いきなりの爆煙に襲われて陽子がむせる。

「……けほ、けほ……ちょ、なによこれ」

 爆煙が晴れてくると、様々な物品が散乱して滅茶苦茶になった室内の中央に鬼越が立ち、割れたガラス戸の方に追いやった怪人を更に庭へと押し出そうとしている。

「ダメだよ庭は! 造園の人が倒れたまま!」

 まだ庭には造園業者の者が気を失ったまま残されているのを知っている陽子が叫ぶ。

「大丈夫だ。先ほど見つけて既に安全な場所に確保してある」

 しかしそれは鬼越の手により既に回収されていたらしい。室内に入ってくる前にまずは陽子と同じように庭に進入したのだろう。

「……安全な場所?」

 陽子が訊き返す。多分それは近くの家の玄関先に放置しただけなのではないかと予想するが、それでも戦闘の場に転がされたままよりははるかにましなので、陽子もそれ以上は何もいわなかった。しかし陽子には気付けなかった倒れた作業員を鬼越は直ぐに見つけたのだから、さすが戦い慣れした鬼の血筋というべきか。

「しっかし園の中がめちゃくちゃに……」

「人死にがでるよりかはマシだ」

「……そりゃそうだけど……って、ちょ、ミユキも服破れてるじゃない! 血まで!」

 爆発の圧力で被ったのか、鬼越の着る制服の所々が破れていた。破れた服の下にある皮膚まで何箇所か裂けて血が出ているのを陽子は見た。

「これは決戦武器なのだ。一撃に込める力は最高だが、その分扱い難く使用者もそれなりに被害を被る」

 鬼越はそう冷静に講釈しながら、爆槌を再び振りかざす。

 そうまでして蒸気侍を倒すべく里から持参してきた武器を、今は園のみんなを守るために赤き鬼が振るう。

「はっぁああ!」

 再び爆槌が唸り、立ち上がりかけた怪人を再びの爆煙と共に、庭へと押し出した。

「……ミユキ」

 正に鬼神のごとき戦いぶりを見せる鬼越を見て、陽子が何とか身体を動かそうとする。

 このままここで倒れている訳には行かない。いくら鬼越があんな物を振り回せるくらい強いとはいえ、それがいつまで持つかわからない。

「ヨーコちゃん」

 そんな時、か細い誰何の声が後ろから聞こえた。

「……先生?」

 園児たちと退避した筈の保育士が、身体をびくびくと震わせながら四つんばいで陽子の下に近づいてきた。

「なんかすごい爆発の音が……中がめちゃくちゃ」

 酷い惨状の室内を見て唖然とする保育士。最初の爆槌の起動音を聞いて驚いた保育士が、中の様子を見に来たらしい。二回目の遭遇であるから、それぐらいはできるくらいに肝が据わったらしい。

「……すみません」

 とりあえず鬼越の代わりに謝っておく陽子。

「……先生、他のみんなは?」

「騒ぎに気付いてくれた近所の人が、自分の家でかくまってくれてる」

「……それは良かった」

「なんかミユキちゃんまで来てくれたみたいだけど」

 爆槌を振り回す破れた制服姿の赤鬼を見て、この世の光景とはとても思えないように目を丸くする保育士が言う。

「……ええ、頼もしすぎる助っ人です」

 ハルの嘘吐き騒動の時といい今回といい、本当に頼りがいのある女だ。

 しかしその頼れる女も、鉄車帝国怪人を一人で相手するには荷が重過ぎる。

「……先生、お願いがあるんですけど」

 そして自分がそれに加勢する力を取り戻すため保育士に懇願する。

「私にできることがあるんならなんでも」

「……そこにカッター、転がってますよね」

 陽子が叩きつけられたラックに置いてあった道具箱に入っていた工作道具の一つに目を向ける。

「うん?」

「……それでボクのこの傷口を上から更に切ってくれませんか」

「そ、そんなこと!」

「……シルバーのアクセで切っちゃったみたいで血が止まらないんです」

 陽子が出血が止まらない傷口から手を離すと、その場所を目で示す。凝固する気配の無い傷口から血が溢れ続けている。

「ヨーコちゃん……」

「……いいんです、そうしてくれた方が早く傷が治るから」

 至極真面目な瞳で陽子が保育士を見る。

「そうよね……ヨーコちゃんは狼人おおかみびとなんだもんね、そうした方が良いのよね」

 思わず拒否の姿勢を示してしまった保育士だが、陽子の眼を見て、彼女が自分たちとは少し違う生き物であることを思い出した。そして少し違う生き物だからこそ、今苦しんでいる事実も知った。それが観客の忘れ物であった銀のブローチのためであるのも理解した。忘れ物を残してしまったのは自分の所為ではないが、それでもどこか別の場所に置いておけばと罪悪感に心が痛む。苦しんでいるこの子のためにもそれを晴らさなければ。

「わかったわ」

 覚悟した保育士は転がっていた工作用のカッターを取ると刃を出した。そうして震える手でカッターを構えると、その刃先を陽子の腕に当てる。

「いくよ?」

「……いつでも!」

「――っ!」

 保育士は目をつぶると、両手で持ったカッターを全力で押した。変に力を加減したら全くカッターは動かないと悟ったからだ。

「うあぁあぁぁああ!?」

 銀のブローチで受けた傷の上から更なる傷を負った陽子が叫びを上げる。

「ヨーコちゃん!?」

「……だいじょうぶ」

 痛みをこらえるように歯を食いしばる。食いしばった口から犬歯が飛び出す。

「……次、もう一度、バツになるようにお願いします」

 そして更に傷を負うのを懇願する。

「そうした方が、いいのね」

「……はい」

 保育士はほとんど開けていられない目でなんとか確認しながら、陽子の傷口を更に抉るようにカッターの刃を滑らした。

「がぁああぁあ!?」

「ヨーコちゃん!?」

「はぁ……はぁ……だいじょうぶ……これで、なんとか」

 更に二つの傷を負った陽子なのだが、先程より幾分か顔色が良くなったように保育士にも見えた。

「……すみません、こんなこと、やらせて」 

 保育士は首を横に振った。

「……本当はこんなこと、ボクもしたくなかったけど……」

 徐々に血が止まりつつある傷口を見て、陽子が力が抜けたように言う。

 銀の武器でついた傷口を上から更に普通の刃物で切って傷を上書きする。

 銀でつけられた傷の処置方法として、もっとも簡素且つ、もっとも強引な方法である(通常は焼きゴテなどで傷を塞ぐのが確実とされている)

 狼人は銀の武器で傷つけられても、完全に治癒力が消失する訳ではないが、それでも治癒力は数百倍から数千倍の時間へと停滞する。そしてその間に出血多量で死に至る。

 この処置方法だと、その銀で受けた傷を体内に押し込む形になるので、体がその傷を治そうと働き、完全に治癒するまで著しく体力を消耗することになる。

「……先生、あそこに転がってる園児服を着たクッションは何ですか」

 一応出血は止まったのだが、それと引き換えに気分が悪くなってきたのを紛らわすように、室内に散乱する物品の中に珍しい物を見た陽子が訊いた。

「あれは――」

 そこで保育士は園児たちの間で流行ってる遊びを陽子に説明した。怪人が現れた時にもその遊びをしていた園児がいたので、園児服を着られないままで逃げていた子が一人いた。

「なるほど……それ、使えますね」

 陽子はそういいながら手の届く所に転がっていた別の昼寝用クッションを引き寄せた。

「あとはなにか、私にできることある?」

 制服の上着のボタンを外し始めた陽子に保育士が訊く。彼女が何をやろうとしているのか判らないが、まだ何か自分で出来ることがあるのなら協力したい。

「そうですね……お願いできるのなら、レバーとか内臓系が食べたいですね、生で」

「内臓?」

「血をずいぶんと無くしちゃったんでそれを取り戻さないと」

「わかったわ、スーパーまで行って買ってくる」

 保育士はそう言い残すと陽子の側から離れ玄関の方に消えた。

 それはもしかしたら戦いの場になるこの園から保育士を離れさせる陽子なりの方便だったのかも知れない。ここから先は普通ではない者の領域。そしてそこに今立てるのは鬼越と――自分だけ。

「さて……」

 ボタンを外すのを続けながら、クッションを一つ抱えて陽子が立ち上がる。

「反撃開始だよ」


「鬼のーパンツはー! よいパンツー!」

 高らかに歌いながら鬼越が爆槌を振り回す。

「強いぞー! 強いぞー!」

 アルトよりも更に低く、それでいて美しくのびやかな歌声で、戦いの歌を赤き鬼が歌う。

「虎のー! 毛皮で出来ているー!」

 園児たちが贈り物をくれた時に歌っていた歌を、鬼越も歌っていた。

 始めは自分を血戦の覚悟へと誘いざなうために「鬼の~パンツは~」と何気なく呟いただけだったのだが、一度口にすると妙に楽しくなってきてしまって、いつの間にか大声で歌ってしまっていた。

「強いぞー! 強いぞー!」

 爆槌が唸り、その爆圧が怪人へと攻め入る。

「五年ー! 穿いても破れないー!」

 その爆煙の中から伸びた怪人の腕を、鬼越は紙一重でかわす。少し避け切れなかった高速で伸びた指先が鬼越の頬をかすり血が出たが、それすらも楽しい。

「は、は、は、……――あはははははは!」

 そして歌だけではたまらなくなり、鬼越は笑い出した。

 鬼越はこの戦いに高揚していた。外の世界にこれだけの猛者がいるとは思わなかった。前回の接触でもある程度の力の差は感じていたが、実際に戦って理解した。自分に戦い方を教えてくれた鬼の里長と同じかそれ以上。

「あっはっはっはっはー! 強いぞー! 強いぞー!」

 それがあまりにも楽しすぎて、このままこの戦いで果ててしまっても良いような気持ちになっていた。

「十年ー! 穿いても破れないー!」

 一般兵が変身しただけの簡易型だとしても、やはり怪人と名乗るだけあって相手は強い。鬼として生まれた強靭な体幹を利用しての立ち回りだったが、上には上がいるものだと思い知らされた。そしてそれだけの強敵と出会えて、己の全開を用いて戦えるのが最高に嬉しい。

「強いぞー! 強ぃ――ぐは!?」

 高らかに戦いの歌を歌い続ける鬼越に、怪人が最大限に延ばした腕がヒットした。胴に直撃を食らってふっ飛ばされた鬼越は地面に叩きつけられたが、すぐさま体制を立て直す。しかし怪人の方も好機とみたのか、更に踏み込みもう一撃加えてきた。鬼越は爆槌をかざして怪人の更なる一撃を受け止めた――が

「ぐぅ、」

 しかし鬼として生まれた強い肉体を持ってしても、その一撃に地に膝を突かされた。爆槌自体は怪人の攻撃を受け止められるほどに頑丈なのは証明されていたが、鬼越の体がそれに着いていけなくなった。

(ここがアタシの限界か……だが)

 己の力を限界まで奮い、これだけの強敵をここまで翻弄させた。

(……楽しいな、この楽しさのまま死んでいけるのなら本望か)

 怪人が重々しく腕を振り上げる。

 片膝を突いた鬼越は、疲れたかのように爆槌の槌部分を下にして地面につけ、防御する姿勢を解いた。

 自分の全力を出し切り、そしてその戦いの中で死んでいく。なんと幸せなことだろう。戦いの種族として生まれた鬼にとっては一番の死に方だ。蒸気侍の探索など最早鬼越の頭には無い。目の前の戦いだけが鬼越の体を熱く満たしていた。

 腕を振り上げた怪人が頭上へと近づいた。このまま頭を叩き潰すつもりなのか。それでも鬼越の身体能力であれば今から全力で後ろに跳べばかわせるだろう。しかし鬼越はなんだかそうしたくなくなってきていた。

(……だが、鬼として生まれたのに正義の味方として死んでいくのは、やはり鬼らしくないな)

 戦いに生きる血筋である鬼という生き物として生まれてきた鬼越にとっては、ここで死ぬのは惜しくないが、その点ひとつだけが心残りであった。悪役であって悪人ではないのだが、やはりそれでも正義のために死んでいくのは、鬼としては気恥ずかしい。

「……」

「――こっちだ怪人!」

 そんな心地好くも複雑な終焉の気持ちに包まれていた鬼越の耳に、聞き慣れたといってもいいあの女の声が聞こえた。

 二度目の誰何を受けて怪人が振り向くが、流石に一度食らった攻撃には二度は反応しないらしく、ゆっくりと体勢を崩さないように振り向く。そんな落ち着いた動きを見せる怪人の肩口に高校の女子制服がぶつかった。怪人もあわてずそれをハエでも払うように腕で落とすが

『――!』

 それは筒型のクッションに制服の上下を着せたものだった。

「空蝉の術――!?」

 その光景を見て思わず叫んだ鬼越の驚きを遮って「うぉおおりゃあぁあっ!」という声と共に、銀色の槍が再び怪人の胸部へと突き刺さった。

 またしても不意をつかれてバランスを崩した怪人が、背中から庭に沈んだ。園丁が轟音と震動に包まれる。

 奇跡的に二度目の飛び蹴りを成功させた陽子がバックステップを踏みながら鬼越の下にやってきた。

「お待たせ! ボクも今から加勢するよ!」

 制服を使った撹乱を成功させた引き換えに陸上用レーシングウェアとなっている陽子が、立て膝のままの鬼越に言う。

「お前忍びの者だったのか!?」

 しかし鬼越はそんな処に驚いていた。

「いや、そういうわけじゃないけど……それにこれくらいの術ならこの園の子たちはみんな使えるみたいだよ」

「なんと!?」

 この園は忍びの者の育成教室だったのかと更なる驚きが鬼越に及ぶ。

「というかさっき自分から死のうとしてなかった!? なんか頭差し出しちゃって!?」

 制服を着せたクッションを投げつける瞬間、鬼越が戦意を失っていたように見えた陽子がそう質した。

「すまん、この戦いがあまりにも楽しすぎてここで死んでも良いと思っていた」

 鬼越が素直に己の気持ちの暴走を謝罪する。

「……さっきボクに『そこの狼女死ぬにはまだ早いぞ』とかいってたのはどこの誰だよ!」

 傷口から伝わってくる気分の悪さを抑え込むように、陽子が大声で怒鳴る。

「ミユキは園のみんなから貰った鬼のパンツ――勝つためのパンツ穿いてるんでしょ! 負けちゃダメだよ!」

「……そうか、そうだったな」

 戦いの愉悦のまま死のうとしていた自分を、鬼越は恥じた。自分は小僧と小娘から貰った贈り物を身につけているのだ。彼ら彼女らの気持ちを危うく無駄にするところだった。

 正義のために死ぬのが気恥ずかしいのなら、正義のために勝って生きればいい。戦いに生きる血筋の者ならば、戦い抜いて道を選べばいい。

「お前がその格好で戦いに出ると女子プロレスラーのようだな」

 それを教えてくれた陽子への照れ隠しのように鬼越はそんな風にいいながら立ち上がる。

「あらためて他人に指摘されると恥ずかしい! ボクもそう思ったけども!」

 とりあえずおへその辺りを押さえながらの陽子の返し。女子プロレスというものを知っている鬼越の知識にもぴっくりだが、格闘技の一つなので知識の一つとして覚えていたのだろう。

「しかし……この戦いを楽しみここで死んでも良いと思ってしまったのは、やはりこの怪人を倒すにはアタシ一人の力では時間稼ぎにしかならないということでもある」

 起き上がろうとしてもがいている怪人を見ながら、鬼越も自分の力をそう称する。限界がすぐ近くにあったからこその高揚感であったのも否めない。

「二人の力を合わせればどうにかなるんじゃないの?」

「アタシもそう熟慮した処だ」

 無敵に思える怪人だが、陽子の飛び蹴りや鬼越の爆槌によって転倒させられ、自重によるダメージは蓄積されてはいる。陽子と鬼越の一人ずつではそれ以上のダメージを負わせられないかも知れないが、それが二人同時となれば、一人での限界を破ることは可能だろう。

「結局のところこの怪人というものはどうすれば倒せるものなんだ?」

「ある程度のダメージを負わせた後に、強い一撃を食らわせると怪人の体の組織の一部が崩れて、そこから連鎖爆発状態になって怪人を構成している体組織を崩壊させられる……ってなってるらしいよ」

 鬼越の問いに陽子がそう説明する。戦車から放たれるトリモチ弾は動きを封じる以外にも、その衝撃でダメージを蓄積させる用途もあるらしい

「詳しいな」

「それも中学の時に習うんだよ」

「だから普段は駆逐車両が大砲をぶち当てて始末、という訳か」

「そういうこと!」

 怪人が身を起こして体制を整え始めた。そろそろこちらも覚悟を決めなければならない。

「ミユキ、策は?」

「爆槌に残された力を全解放、それを二人の全力を持って叩き付ける。それならば砲弾並みの力は発揮できるだろう。策としてはそれが選択肢の一つ」

「なかなかシンプルでイイじゃない? ボクそういうの大好き」

 傷を負った陽子も体力を消耗した鬼越もあまり長く戦えるような体の状態じゃない。だからこその一撃必殺。

「失敗したらどうなるの?」

「二人とも爆槌の爆圧で吹き飛ばされどこかへ叩きつけられる。治癒が追いつかなければ相手に踏み潰されてそこで終わりだ」

「痺れる展開だね。選択肢ってもう一つあるっぽいけど」

「これだけの騒ぎになっているのだ、あと十分かそこいらで正式な駆逐隊も来るだろう。それまで相手を翻弄しつつ逃げ回れば良い」

 鬼越はそう告げながら陽子の方に顔を向ける。陽子も鬼越の方を向く。身体が限界に近い二人とも対策法としてはそちらの方が良いだろう。

 だがしかし、二人は同時に口を開き

「イヤだね!」

 見事なハーモニーを見せてニヤリと口元を歪ませながら再び怪人の方に、不敵な笑顔を向ける。

「ミユキは勝つためのパンツを穿いてるんだもんね、逃げるも負けるも無いよね!」

「ああ、ここで逃げでもしたらこれをくれた小僧と小娘に顔向けできん」

「破けたスカートから鬼の縞パンがちらちら見えてなかなかセクシーですよミユキ女史」

「お前の方はパンツ丸出しだがな」

「これはユニフォームです!」

 二人はそう言い合いながらも、鬼越が構えなおした爆槌を陽子も掴んで、再び立ち上がった怪人へその闘志を向ける。

「ボク、全力で走るけど、着いてこれる?」

「お前はアタシの腕の振りに合わせられるのか?」

 鬼越がそういいつつ陽子の様子を伺うように横顔を見ると、彼女はとても良い表情をしていた。全てのしがらみを捨て去って、未来へ突っ走ることを決めたような晴れ晴れしい顔。

(……お前は、強くなったのだな、前に進むために)

 陽子は陽子自身で己の中に敷いていた枷を取り除いたのだろうなと、鬼越はそう思いながら再び怪人へと顔を向ける。

「でもさ、思ったんだけどあの怪人も強敵だけど本当に強敵っていったら」

 計ったように二人同時に動いて間合いを合わせている時、陽子が唐突にいった。

「なんだ?」

「一昨日のクッキー作りの方がよっぽど強敵だったよね」

「まったくだ」

 二人して苦笑する。あの溶岩だか隕石だかに比べたら目の前の怪人の方がよっぽど組みし易い相手のように思えてきた。

 そしてその時は訪れる。立ち上がった怪人が庭に落ちていた小石を踏んで一瞬姿勢を崩したのを二人は見た。

「――今だ!」

「うぉおおおぉおお!」

 瞬間、二人は駆けた。

「鬼ーのパンツはー!」

 同時に二人で爆槌を振り上げながら飛び上がり、鬼越がそう叫ぶ。

「いいパンツー!」

 陽子もつられるようにして叫ぶ。

「強いぞー!」

 そして渾身の力を込めて振り下ろし

「強いぞー!」

 二人の全ての力を込めた打撃に続いて全開放された爆槌の一撃が怪人に放たれた。

 その一撃で怪人の体組織の一部が遂に崩れ、そのまま連鎖爆発崩壊を起こして、周囲は大爆発に巻き込まれる。陽子も鬼越も掴んでいた爆槌も一緒に吹き飛んだ。

「うわぁああぁああ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る