過去より

「この辺りには、大勢のプレイヤーたちが住んでいたって話はしたな?」

「はい」

「今は・・・。殆どがボタに埋もれたあとだが少し前までは、この辺は豊富な地下資源に恵まれた地域としてそこそこ名の知れた場所だった。お前も見ただろ?谷底に作られた沢山の家を。あれは、それぞれがここに住み着いていたプレイヤーたちのギルドハウスの廃墟だ。奴らの半分は、入れ替わり立ち代わりヴェールへ挑むためにここを立ったが。残りの半分は『採掘屋』としてここの領主雇われていた」


「ギルドハウス?あんなに小規模な?」


「ああ。昔は、2人だろうが100人だろうがまとめて『ギルド』と呼んだんだ。『パーティ』とギルドを呼び分け始めたのは、教会が人を使うようになってからだ。ギルドという呼び方を特別なものにしたかったのか、あるいは、全ての集団を総称する事に不都合が生まれたのか・・・。セイム、お前はニワトリと卵、どちらが先だと思う?つまり、親が先なのか子が先なのか?」


「にわとり?たまご・・・・?」


突如投げかけられた質問にセイムは眉間にしわを寄せた。


「・・・・話がそれた」

「はい」


「大規模な採掘作業は一日中、それこそ1サイクル中続いた。この辺りは、まるきり地形が変わってしまうほど荒れ果てて、動物たちは住処をどんどん追われていった。それでも俺たちは、まだまだ・・・。まだまだ足りなかったんだろう、何せ湧き水にさえ代金を取るような強欲な奴らだ・・・。そして、効率化を図るために大量導入された新機構を備えた重機たちがその事にさらなる拍車をかけた」


「新機構というと。内燃式のエンジンとはまた別の物でしょうか?」


「そうだ。従来の『浮きシップ』や『グライダー』、そのほか多くの動力機関なんかとはまるっきり異なる発想をもとに設計された動力を搭載した機械たちだ。そいつらは何と。はっ、『燃料補給が必要ない』と来た。当時は、教会の給電システムも無ければ、浮きシップやグライダーの動力に使われる『エレメントコア』も貴重で、大掛かりな仕掛けを動かすにはあのボロボイラーと同じく多くを蒸気機関に頼っていた。もっと言えば、地面から掘り出した燃料に頼っていた。普通、そんなもんが世の中に出回ったら今まで多くの地域でエネルギー需要を担っていたここの連中はお役御免になって路頭に迷うところだが、ここはSWE。仮想空間だ。飯が食えなくなっても死にやしない。穴掘りが好きなだけの変わり者も大勢いた。利権を握っていた領主は青ざめていただろうが、その頃はちょうど、大規模ギルド同士の対立が落ち着いたばかりで、まだまだ出土燃料の需要は右肩上がり、それに、教会の指示を受けて各ギルド同士が占有していた交易ルートを個人商人たちに開放、力を持った集団に属す事無く個人が実力で金を稼ぐことが出来る時代に変化しつつあった。金儲けがしたい奴らの競争は激化し、ここの領主という奴も『その内自分たちをお役御免にする機械を使う』という矛盾を抱えてでも他所より利益を得たかったんだろう。だがな・・・その最新の機関ってやつは補給なしで半永久的に動作する事で『自然に対して全くの無害。ランニングコストが不要』だと言う売り文句だったはずなのに、実際にふたを開けてみれば、起動中に放出される特殊粒子が重大な健康被害および環境汚染・空間歪曲を引き起こすことが露呈して、慌ててメーカーが自主回収をするはめになった」


「そんな事があったなんて。知らなかった・・・」


「産業革命時代を飛び越えるような歴史的転換期を迎えるかと思われた世界は一旦平和になって。後には、放出された特殊粒子によって植物だけが異常成長してしまう地域や、生態系が壊れた大地だけが残された。追々立ち上った噂によれば、実はこの特殊粒子は無害で、自主回収するまで世論を激化させたのは『新型の点火式内燃機関の発表を控えた』当時の技術屋連合の『プロパガンダ』によるものだともされている、だが、これはあくまで噂だ。真相は闇の中だ」


「プロパガンダとは何ですか?」


「『自分たちに有利になる様にいろいろな宣伝活動をする事』だ」


「事実でない事でもですか?」


「そうだ、嘘だろうが真実だろうがリアルタイムでの大多数の思想を誘導することが目的だ。・・・話がそれた」


「はい」


「そんなある日、ここに住んでいたプレイヤーの一人が発掘作業中に巨大な地下空間を発見した。男が恐る恐る中を調べてみるとそこは、巨大な地底湖になっていたそうだ。なんだかんだ、掘り当てるのが好きなここの連中は大はしゃぎさ、もしその空間がリピートエクスプロアなら当時3大ギルドと呼ばれていた『教会』や『ダメ人間ハウス』、『ロードオブバルハラ』の奴らが必ず介入してくる。この辺りはヴェールに挑むほどの実力者が常に飽和状態だったことで3大ギルドでも干渉をしたがらない無法地帯だったが、リピートエクスプロアが見つかったとなれば話は別だ。発見の困難さから見計らって、誰もが・・・と言っても特にここの領主というやつだが『英雄』以上のアイテムの発見を期待した。奴の魂胆は、リピートエクスプロアの『湧き報酬』を3大ギルドにばれないように売りさばく事だった。如何にも、小悪党らしい浅はかな考えだ」


『リピートエクスプロア』とは、SWE内に点在する小さな遺跡のようなものである。


迷路や、暗号解読、お供え、殺戮、操作、などによって奥に進むことが出来て最深部には珍しい秘宝や、武器、特殊な道具の設計図や、ルーンの封じ込められた道具、強力な『まじない』の触媒、薬品の材料となる植物の種、製錬不可能な金属、特定の原生生物を手なずけるためのアイテム、そのほか、ありとあらゆる奇妙な品々が定期的に『発生』するのだ。


これらは、一般的には『湧き報酬』と呼ばれ。


その稀少価値に応じて一般、稀少、英雄、伝説、神話の5段階で格付けされている。


シャズは続けた。


「せっかくの発見を横取りされる前に、連中はさっそく中を調査することにしたんだが1日目の調査が終わる頃、数人が姿を消した。姿を消した奴らの捜索も兼ねた2日目3日目の調査になって、プレイヤーたちは見つかるどころか次々に姿を消して行った。湧き報酬の持ち逃げを疑ったここの領主は躍起になって、ヴェールに挑む前の奴らも巻き込んで大規模な探検隊を組織して本格的に調査を開始した。その大規模調査の初日が終了する前に、一人の男が穴から上がってきてあの屋敷に住んでいた領主に報告をした。その時、男は酷くおびえていたそうだ。男は言った。穴の中にバケモンがいた。そいつにみんな食われちまった。と」


「時間湧きだ・・・・」


「ああ。そう言う奴もいるな。・・・それから、この辺り全域の動物たちが次々と原因不明の怪死を遂げた。地下から逃げて来た男も、それからバタリと倒れて、急いで治療術師の元へ搬送されたが屋敷から少し離れた所で容体が急に悪化してあの世行きだ。物事の因果関係を認知できる『pkyトレーラー』の能力者共にいわせりゃ、全域を犯している毒は地下から染み出していると言った。そして、ある者は、人間たちが自然を破壊したせいで世界がバランスを取ろうとしたと言った」


「それは・・・。今も・・・」


「まぁ、待て。全域の原生生物たちは例外なく怪死したが、どういうわけかここの周りの生き物たちだけは、それを免れた。そのバケモンとやらが原因だとすれば最も近くにいたはずなのにだ。辛くも生き残った動物たちは、毒の及ばない高い地形を目指して移動したといわれるが、こいつは。こいつは、群れとはぐれたのか、それとも群れの中でこいつだけが運悪く生き残ったのか・・・」


シャズは取り出したタバコに火をつけて続けた。


チリチリという小さな音と共にいつもの芳香があたりに漂った。


「毒の範囲は、ドーナツ状にどんどん広がって僅かだが残っていた植物たちまで枯れ果てた。プレイヤーたちは気味悪がって次々に離れて行ったが。諦めの悪い領主は最後の望みをかけて、その『化け物』の討伐隊を結成した」


「それで・・・。どうなってしまったんでしょうか?」


セイムは思わず抱き上げたシーポンをきつく締めつけた。

彼は何となく結果を知っていて、それでも、希望を捨てたくなかった。


「失敗したよ。討伐隊は全滅。領主は頭に毒が回ったのか、毎晩毎晩見た事も無いその化け物が自分の寝床に入り込んでくる悪夢を見るようになり、遂には、地底湖に繋がる通路を発破で封鎖して、全てを放り捨てて自分は遠くへ逃げていった」


「じゃあ。今でも・・・」


「ああ、シオは毒の影響が出ているのかもしれない。あくまで推測だ。俺やリナはともかく。お前は元気そうだしな。・・・・俺たち人間がバラ撒いた『毒』のせいで、自然とかいう奴が怒って、あの化け物が出現したのか。それとも奴が出現したせいでこの一帯が『毒』で汚染されたのか・・・・」


「それが・・・。にわとりが先か・・・。たまごが先か・・・」


「そうだ」


シャズは、たばこの吸い殻を足で踏みつぶして土をかけた。

辺りは静寂に包まれて虫の声一つ聞こえなかった。


それからしばらく二人とも黙っていたが、風が一度吹いて木の葉をざわつかせると、それが合図だったかのようにシャズも口を開いた。


「セイム、シオの具合が少しでも回復したらお前らはここから出ていけ」

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