再会

「聞いてくださいジゼルさん!すごいんですこの街の人たち!皆さん大砲で飛ぶんです!」


セイムは昨日の光景が頭の中に鮮烈に焼き付いていたのでジゼルに会うなりその事を伝えたかった。


「まぁ。大砲で?」


ジゼルは珍しくセイムがはしゃいでいるので、このままどこかに彼を隠してしまいたくなった。

セイムは続けた。


「はい!暗くて着地する場所も見えないはずなのにドンドン飛んで木の葉みたいに静かに着地するんです!」


「あの方々が?信じられませんね、セイム」


やがて、その様子を横目で見ていた大人たちのにやけ面に気が付くとセイムはすぐにシュンとなった。


「あ・・・・ごめんなさいジゼルさん。僕ばかり喋ってしまって・・・」


ジゼルは船べりに寄りかかる様にしているメイプルを感謝の思いを込めた眼差しで健全であることを確認して、それから、細波で微かに上下する商船ユリシーズの船上市場を見回した。


「いいんです。いろいろなものがあって目移りしてしまいますね。先にシャズさんに頼まれた買い物を済ませてしまいましょうか?」


ジゼルは水平線の向こうからなだれ込む潮風を髪先で軽くあしらってそう言った。


「はい!でもジゼルさん。ちょっとじっとしていてください。」


セイムはついさっき買ったばかりのハンカチを取り出して、ジゼルのすすのついた顔を拭いた。


「ああ、セイム!皆さまの前ですよ?」


あの、幽霊のような女性の言う通り微かに湿り気を帯びたハンカチで拭かれたジゼルの顔はすぐに綺麗になったのでセイムは大変満足した。


「良かった。綺麗になりました」

「どうもありがとう」


彼がジゼルから離れると、間髪入れずに二人の間に強引に体を差し込んで割って入るものがあった。


デイヴィッドだ。


セイムはデイヴィッドの素顔をこの時初めて近くで見たので、その綺麗な黒い瞳に見つめられて吸い込まれてしまいそうだと思った。


「デイヴィッドさん・・・」


思わず彼はデイヴィッドの名を呼んだ。


デイヴィッドは何も語らず、じっとセイムを見つめていた。


そうして理由も無くしばらく見つめ合っていた二人だったが、先にしびれを切らしたのはデイヴィッドだった。


彼はすべり止めと防水目当てで甲板に塗られた松脂を銀色の指でこすり落とすと自らの頬に塗り付けてセイムに向けて突き出した。


セイムはデイヴィッドにも大変な苦労を掛けていたことにようやく気が付いて、ジゼルの時よりもずっと丁寧に彼の顔に着いた松脂を拭きとった。


顔の汚れを綺麗に拭き取ってもらったデイヴィッドは、目を5厘ばかり煌めかせてセイムにそっと抱き着いた。


セイムは動物のように素直な彼を受け入れて、ジゼルと再会させてくれた事について感謝の言葉を伝えた。


その様子を見ていたジゼルも、思い出したかのようにメイプルに真っ直ぐ歩み寄って感謝を伝えた。

メイプルは、ただ一言。

「くすぐってぇ」

と言った。


雇われのジョズの住民たちは必要なものを一通り物色すると次々に船を後にした。

帰路につく彼らを、一足先に下船していた女たちが出迎えた。

彼女たちが出稼ぎから帰った後なのか、それともこれから稼ぐつもりなのか、セイムにはわからない。ただ、その様子が彼の眼にはとてもたくましく魅力に溢れた物に映ったのだった。


「そうだ、ジゼルさん」


「はい。なんですか?」


セイムはジゼル呼んで、調合したばかりの練香水を手渡した。


「これは、日頃お世話になっているお礼と、昨日勝手に飛び出して行ってしまったお詫びです。」


「まぁ・・・!開けてもいいですか?」


「はい」


ジゼルは早速蓋を開けると調合されたばかりの練香水の香りを楽しんだ。


「うぅん、いい香り。こんなをいったい誰から教えてもらったんですか?セイム」

「はい。シャズさんです」


「え?ふふ、そうですか、まだまだたくさん学ぶことがありそうですね?」


「実は、ジゼルさん。この街に来る前にシャズさんが僕たちにあそこから出て行けと言ったんです」


ジゼルは特に驚いた様子も無く渡された練香水を手首に少し塗って答えた。


「それは困りましたね」


「はい、行く先は、僕たちで決めろって言うんです」


「では、ダンテさんの所にお世話になりません事?」


セイムは言葉を失って、思わず一部始終をじっと眺めていたデイヴィッドの方を見た。

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