火
突如現れた強烈なエレメント反応にゴキブリ脳バチ達の活性は極限まで高まっていた。
彼らは宿主であるカウチと人間たちの身体を軋む骨の音が聞こえる程酷使してジゼルに殺到した。
「さぁ!こちらです!私を食べてしまいたいでしょう?!あなた方は逃げるのです!お早く!」
「マシウ様!」
「マシウ様!立つんです!逃げましょう!」
人造物がゆえに寄生を免れた2体の自動端末は、ぐったりとうなだれるマシウを引きずって出来るだけ脆く、狭い場所を目指した。
3人の姿が見えなくなるまで見守るとジゼルは呼吸を整え、次々と襲い掛かるカウチと小虫を虹の嵐のようになって払いのけた。
しかし。
「数が・・・。多すぎる・・・」
投げ飛ばしたカウチが段々と別のカウチや瓦礫で受け止められ始めると、彼等は瞬く間にジゼルを追い詰めた。
ジゼルは覚悟を決めてエレメントの冴えを高めた。
次の一太刀からはもし受けようものなら只では済まない、けれどカウチたちがそんなことを知るはずもなく、彼等は今、この街で最も危険な存在へと昇格したジゼルへと躊躇なく向かっていった。
否。
この街で最も危険なのは、彼女では無かった。
カウチたちがジゼルのキルゾーンに踏み込む前に、彼女の纏う虹のオーロラを空から落ちて来た黒い戸張が覆い隠した。
光源を失った世界は再び闇に包まれて、その闇を銀色が一瞬照らし出したかと思うとジョズの街は、爆炎に包まれた。
「・・・デイヴィッドさん?」
人々も、カウチも、街も真っ赤に燃え上がり、辺りは夕方ほどの明るさにまで照らされて、その中を明日の休日に胸を躍らせる様に炎たちが転げまわっていた。
恐ろしい光景とは裏腹にデイヴィッドは優しい穏やかな素顔でジゼルを見て。
まだまだ無限に向かって来る者らに対しては、再び灼熱の火炎を放った。
何度も
何度も
何度も放った。
「やめてッ!!!デイヴィッドさん!!もう辞めて下さい!・・・お願い!」
ジゼルがそう叫んで、デイヴィッドにすがった。
デイヴィッドは、加熱された両手がジゼルに触れないように振舞って、自身を彼女の好きにさせた。
虫の取れた人々は重大なやけどを負ったものの辛うじて息があった。しかし、ゴキブリ脳バチはジョズの街の隙間という隙間から無限に補充されつづけ、動くものは移動砦に、動かないものは餌にした。
抵抗を辞めたジゼルの周りには幾人か無事なものもいたが、ジゼルはもう戦えなかった。
ぐ・・・・うううおおおお・・・・。
肉で出来た風船が萎む音がすぐそばまで近づいてくると、デイヴィッドはジゼルを抱えて空に逃げた。
すぐ足元では、逃げ遅れた人々が再びゴキブリ脳バチに覆われカウチに潰された。
茜色だった街は、いつの間にかうっすらと青白くなって、ものの焼けた耐えがたい匂いが立ち込めている。
デイヴィッドは、高く、そして狭い場所を選んで最も安定する場所にジゼルを立たせた。
まもなくして、雨が降り始めた。
殆ど露天のその場所は肌寒く、雨が容赦なく吹き込んだ。
そんな中、ジゼルはさめざめ泣いていた。
デイヴィッドは、不思議そうな顔をして、ジゼルに光る小さなガラス玉を差し出した。
それは、量子蛍を閉じ込めた読書灯だった。
ジゼルは、それを静かに受け取るとまた、さめざめと泣いた。
デイヴィッドの銀色の手はすっかり冷えていた。
「なぜ泣くの?」
美しい音色の声だった。
ジゼルは何とか呼吸を整えて答えた。
「あなたが、優しいからです・・・」
ジゼルは、ますます悲しくなった。
ジゼルの頬を伝わる涙は、次々に雨に溶けて消えていった。
生まれては消え、また生まれては消えた。
デイヴィッドは、それをしばらく眺めていた。
そして、消える前のジゼルの涙を銀色の指でそっととらえると言った。
「これは、僕達だ」
その言葉は、彼女に計り知れない勇気を与えた。
バンッ!!!
「マシウ様こちらです!」
「急いでください!!もう少しです!」
乱暴に扉をあけ放ち現れたのは、地上であった3人組だった。
この時、もうジゼルは泣いていなかった。
その瞳は、勇気と、覚悟の炎で燃えていた。
彼女は、3人に無事を喜ぶ言葉を掛けて、何かを抱えてうずくまっているマシウを特に心配した。
「良かった・・・!さぁ、皆さんだけでも安全な所へ・・・・何とか移動する方法はありませんか?」
マシウは、うずくまったままそんなものは無いと言った。
2体の自動端末は、来た道を小さな虫に包まれたカウチたちが無理やり上がってきているのを見つけ大急ぎで扉を押さえた。
「皆さまだけでも!どこかへ!」
「・・・・どこかへ!何とかお逃げください!」
2体の自動端末が機械のくせにそんな曖昧な事を言ったので内心マシウはせせら笑った。
ジゼルは隅の方に追いやられていた作業用リフトを見つけ、その操作盤をがむしゃらに操作したが反応は無かった。
しかし、彼女はあきらめなかった、操作盤のコードの類や駆動系が外れてしまっていないのかを彼女なりに必死に点検した。
「無駄ですよ」
震える声でマシウがそう言ったがジゼルは、諦めなかった。
「いったいどうすれば・・・」
「しおりさん。一つお願いを聞いてもらえませんか?」
ジゼルはすぐにマシウのそばに寄って、具合を尋ねた。
マシウはジゼルの沢山の質問を無視して、抱えていたマトリクスを差し出した。
「これを、どうかよく日の当たる海の見える場所に連れて行ってあげてください」
「これは、いったい?」
「かつての仲間たちが置いて行ってくれたものです。長い間この街を守ってくれたが、今となってはもう・・・」
「マシウ様・・!扉が破られます!」
「逃げて!お願い!」
ジゼルは差し出されたマトリクスを受け取った。
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