たからもの
ハンガーでの喧嘩も、よそ者を始末してきたことも、怪盗フォックステールが盗んでいったブルーバードの結晶でさえも、所詮、彼にとっては取るに足らない他人事に過ぎなかった。
しかし、この街が、ひいてはこの街の動力の源である『マトリクス』を失うこととなれば話は劇的に変化する。
マトリクスとは、かつて、大切な仲間たちと引き換えにマシウに齎された正体不明のエネルギー体で、それは、彼が冒険を辞めるきっかけでもあり、かつての仲間たちの形見でもあった。
マシウは、濃い潮のにおいをずいぶん久しく肺いっぱいに吸い込んで、額にはうっすらと冷や汗をかき始めていた。
「マシウ様!これ以上は危険です!」
「水の量が多すぎます!」
「お前たちは先に上がっていろ!」
口を開けば忠告ばかり、機械の分際で黙っていろ。
マシウは彼らの言葉を受け入れることなく、巨大な迷路のようなジョズの街の内部通路を迷わず突き進んでいった。
水の量がひざ下から腰のあたりに来たところで辛くも辿り着いた機関室でマシウはようやく水から顔を出して息継ぎが出来たような気がした。
彼は非常用ランタンの、光源が封じ込められたガラス玉を砕いて光を灯すと、次にマトリクスを安定保管するためだけに用意された取っ手のついた特殊合金製のケースを手に取った。
マシウが足元で防護カバーの開閉スイッチを操作すると、彼の命に応えるようにゆっくりとマトリクスがあらわになった。
マシウは、手や顔に火傷を負いながらマトリクスを特殊合金で出来たケースで左右から挟み込み封じ込めた。
「・・・・これで、大丈夫だぞ・・・みんな・・・」
『・・・・・マシウ様』
それと同時にジョズの街は全ての動力を失った。
人の力は失われ、一寸先も見えない闇の中を
おおおおおおう・・・・!
おおおおおおおおおうううう・・・!
無限の金属の通路抜けて聞こえてくる鳴き声は、まるで悪魔の笑いのようだった。
それが段々と、マシウ達のそばまで近づいてきているのだ。
彼らは、後ろか前か、どちらから聞こえてくるのかさえ分からない声の主に出会わない事をだけを願いながら地上を目指した。
やがて、開いた隔壁を1枚挟んだ向こう側の角から、一頭のカウチ現れた。
カウチは、体中におびただしい量の『小さな虫』を付着させ、地獄の責め苦にあわされているようなうめき声を上げた。
カウチにとりつく小さな虫。それは、マトリクスの力で絶えず鎮静化させていた寄生虫『ゴキブリ脳バチ』であった。
通路の半分ほどを埋め尽くしていた巨大なカウチは、光源と共に憎き生命体を見つけると反射的に動いて、暴力的な様子で頭を天井にぶつけるようにもたげた。
マシウは、ゆっくりと後ずさって、充血しきった両目から目を離すことが出来なかった。
そして、目の前の隔壁を閉じると、2体の自動端末に命令した。
「逃げるんだ!」
3名は、狭く暗い通路を必死の思いで走った。
そしてマシウは、あの隔壁が長く持たない事を知っていて、彼の予想通りに3回角を曲がったころには、後ろからカウチの獰猛な息遣いが聞こえて来た。
「待て!そっちじゃない!こっちだ!」
マシウは、先頭を走る2体の自動端末を呼び止め行く先を改めさせた。
「しかし!マシウ様!そちらは行き止まりです!」
「アリー!大丈夫だマシウ様がそうおっしゃっているのだ!急げ!」
「はい!」
マシウは、通路の狭いわき道に体を滑り込ませて、行き止まりの場所にある梯子を上った。
しんがりを勤めるヘイドのすぐ後には、体の肉を引き裂いてカウチが無理やり追いかけて来て、鼻先からは、蟻ほどの小さな生物が次の獲物を狙うように何匹も飛び跳ねていた。
そうして、マシウのたどり着いた場所というのは行き止まりだった。
「マシウ様・・・!」
アリーが心配そうな声を上げた。
しかし、この街で彼の知らぬ場所など無いのだ。
マシウは、この通路の出口を塞ぐハッチを施工したものが仲間の中で最もいい加減な人物である事を知っていた。
いや、人物であった事を知っていた。
彼は思い切り、ハッチを叩いた、何度も何度も叩いた。
「マシウ様!ヘイドの足元までカウチが来ています!」
「もうすぐだ!」
悪魔に取りつかれたような激しい吐息がすぐそこまで迫っていた。
あの巨体を、無理やりここまで突っ込んだのだから、恐らくこのカウチは助からないだろう。
だがそれが何だ。
「マシウ様!」
マシウが渾身の力を込めてはなった体当たりは、ジョズの街の装甲を破壊することに成功した。
マシウは、すぐに二人を引き上げて、ハッチを締めたが、外の世界を見たマシウは、衝撃のあまり膝から崩れ落ちた。
「なんてこった・・・・!」
暗闇の中、人々は逃げまどい、ゴキブリ脳バチに寄生されたカウチたちは苦しみに悶え、街は壮絶な
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