怪盗フォックステールの入場
なにが怪盗フォックステールよ。
こんな格好までして、恥ずかしいったらない。
銀色の海面と星の絨毯に映る二つの大きな月に照らされた赤いスカーフが、複雑怪奇な建物の隙間を吹き抜ける妙な臭いでたなびいた。
見れば見る程、だらしなく、品の無い街だ。
男も、女もそのどちらもだ。
ゴミが転がったままの街で、ノミのように小さな快楽をむさぼるために小銭を稼ぐ愚か者たち。
こんな街など、放っておいて勝手に消滅してしまってもきっと誰一人困りはしないだろう。
・・・しかし今は、そんな事も言っていられない。
なにせ今夜の確保対象は、この世界の行く末を左右するかもしれないのだから。
・・・気分を上げましょ。
ジョズの街の天を衝くマストの上に設置されたガントリークレーンのてっぺんにあった人影は、そのスラリと長くしなやかな体躯を伸ばし月光を美しく切り取った。
It's ‼showtime‼‼‼
・・・なんてね。
「・・・以下の者は、ここに残り今日中に元のようにこの区画を整備しておくこと。君たちは、よそ者だな?ここにいる以上俺の言う事には従ってもらう、トラブルを避けるためにプロフィットボーイズが渡来するまで別区画で隔離させてもらう。高レートの台で遊ぶほどなのだから、どうせそのために来たのだろう?」
・・・ふふふ。
「・・・なんだ?」
マシウと、それから耳のいいプレイヤーたちの何人かは、すっかり散らかった鉄の部屋へとなり果てたハンガーの空間をきょろきょろ見渡した。
「どうしたってんだよ?」
肘から先が機械の男が言った。
「頭でもイカレたか・・・」
耳から頬に掛けて、それから右足首から先が金属の男が言った。
「今度は、頭も変えちまえばいい・・・」
両手、それから鼻が金属の男が言った。
「静かに!!!」
マシウは、荒くれたちを一喝して黙らせ、自らは聴覚を鋭く集中させた。
・・・ふふふ。
「誰だ!?」
突如。
ブイーン!ブイーン!ブイーン!!
ゴゴゴゴゴゴ・・・・。
誰かが言った。
「空だ・・・」
空間の4隅に設置された汚れにまみれた回転式警告灯がけたたましい点灯を終えると、二つに割れたハンガーの天井から眩しい程の月が現れた。
そして。誰かが言った。
「見ろ!!!怪盗フォックステールだ!!!!!!!」
「なんだと!?」
怪盗フォックステールは、その場に居合わせた人間の意識が全て、自分に注がれている事を確信すると、赤く塗られた唇でそのすべてに対して微笑みを投げた。
男たちは思わず息をのんだ。
それから、フォックステールは、首に掛けられた細いチェーンの先に着いた物を胸の谷の奥から引き揚げて、細く長い2本の指でつまむと光を反射させるように人々に見せた。
その眩しさは、何人もの目をくらませた。
フォックステールは、人々の、特にマシウを見て、薔薇のように気高く言った。
「約束通り、これは頂戴いたします」
しなやかな影はただそう言うと、闇夜に吸い込まれるが如く、瞬く間に姿を消した。
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