セイムとメイプル

ホテルマンボウの放埓な騒音が次第に収まり始めた頃、セイムは鉄臭い固くひんやりとして心地の良い床の上で横になっていた。


彼は、暗闇が好きだった。


視覚が失われる代わりに自分の感覚が研ぎ澄まされて、聴覚や嗅覚が鋭くなって、この中であれば自らの本領が発揮できるような。そんな根拠の無い自信が湧いて来るのだった。


そんな暗闇の中、耳を澄ませてみるとやはり聞こえてくるのだ。


セイムは静かに起き上がって音のある方へ向かった。


「・・・・おまえ?セイムか?」


「シッ、ジゼルさんが起きてしまいます」


少し前から聞こえていたのは、メイプルの歯と歯が小刻みにぶつかり合う音だった。


彼は、この蒸し暑い夜に酷く凍えていたのだった。


セイムは、自分が使っていたシーツを被せて後ろからぴたりと着いてメイプルの体を温めた。


メイプルは初め、くすぐったそうに悶えたがすぐに落ち着いて温もりに身を任せた。


「あったけえや」


「雪山だとか、とても寒い所で低体温症にかかったらこうするといいんです。火を焚いたり、厚着をするよりもずっと効果があるそうです」


「ふぅん。知らなかった」


元々、メイプルは一匹狼なのだ。


きっと、今回だって一人で切り抜けられるに違いない。

セイムはそう確信していたが、すぐ近くで凍えている人を見過ごすことなど到底できるわけがない。


セイムは、メイプルの肩の上まで寝具を引き上げるとジゼルを起こしてしまわないように小声で言った。


「前に読んでもらった本に書いてあったんです。僕は、武器を持って戦う事も出来ませんし、ろくにエレメントを使う事も出来ません。なので、僕でもできそうな事を・・・。火のおこしかただとか、ほどけない紐の結び方だとか、薬草の見分け方とかを調べてもらって色々教えてもらったんです」


「なるほどな、ほんとにあったけぇ。もしかしたらSWEの隠し仕様かもな。傷の直りが速くなったり解毒効果があったりして!」


「どうでしょう・・・?それはわかりません」


「おい、もっと足先まで温めてくれよ!」


「だったら、じっとしていてください」


「へへ、わかったよ」


メイプルはそれからすぐに眠りについたので、セイムもそれを追うように蕩けるような眠気に身を預けた。

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