告白2
ジョズの街の小役人、中年のプレイヤーのマシウは実に久しぶりの不安と酔狂的な期待に苛まれていた。
これほど、彼を高ぶらせたのは勤労9年目になる現在彼が勤めている会社の入社面接以来だった。
最もそれももう遠い昔の話で、さらにはどこか違う世界の自分とは別の人間の夢を覗いて、付けた日記を読んで知った程度の物に感じられるほど希薄な物だった。
あの小さな来訪者は言った。
『怪盗フォックステール』がマシウの持つ何かを狙っている、と。
その予告状が本来マシウにしかわからないはずの場所で、偶然発見されたのだ、と。
それは、この街のいったいどこなのか。
マシウにはぼんやりと思い当たる場所がいくつかあった。
「マシウ様」
「あ。ああ」
「明日のワーカー達のシフトは如何なさいますか?」
自動端末のうちの一体が、磨いたガラス玉のような青眼でマシウを見た。
マシウはこの教会から齎された当時最新の自動端末が、おおよそ自分の監視役であることを知っていた。
「そうだな・・・」
「マシウ様、今日は、いつもより濃く煮出しておきました。ALCL分解酵素液です」
カウチの脂肪を固めて作られたキャンドルの揺れる火に照らされて隣の給仕室から現れたのは、もう一体の自動端末だ。
こちらは、小さな女性型だった。
マシウは魚の装飾が施されたカップに手を伸ばした。
今夜はいつもの倍、もっと言うならば、それ以上、あのまずい酒を飲んだのだ。
「すまない。・・・明日の高レート地区は、入札で決めさせよう。8000万から始めて、5500万が限度といったところだろう。連中も、稼ぎたいだろうからな」
「承知いたしました。そのように取り計らいます」
一見すると烏合の衆に見える彼ら労働者も、実のところ数名から十数名単位の小さな組合を構築しているのだ。
報酬の高い区画での労働は、公平を規す為に入札による獲得方式になっている。
マシウは、最大効果が得られる温度に熱せられたALCL分解酵素。通称ゴキジュースを静かに一口飲んで背もたれに体を預けた。
「実はな・・・」
マシウは誰かに伝える訳でもなく呟いて、もうひと口ゴキジュースを飲んだ。
「俺には夢があるんだ」
「マシウ様?」
「夢・・・?人間が睡眠をとる時に見るという?」
「いいや何でもない。忘れてくれ」
何もなければ、このまま明日が(最も、暦上では既に日付を跨いでいるが。)来るだろう。
シャワーーーーー・・・・。
「お前、足から洗うんだな?」
シャワーを浴びて、ボディドライヤーにからりと乾かされたセイムに、メイプルは暖かいお茶を差し出しながらそう言った。
「だから、なんだって言うんですか」
「別に、怒る事無いだろ。ほら、お茶」
取っ手の無い容器に注がれたお茶からは、湯気が立っていて、零さぬよう恐る恐るそれを受け取ったセイムの手がメイプルの指に触れた時、その指は氷のように冷たかった。
セイムはその事を一瞬気にしたが、すぐに忘れて容器を持ち直した。
「ありがとうございます」
「いいって。なぁお前らどんな関係なの?友達?それとも付き合ってんのかよ?」
シャワーーーーー・・・・。
「・・・それが、僕にもよくわからないんです」
セイムは、暖かいお茶で一度口の中を潤した。
「なんだそりゃ」
「僕、友達がいないんです。他の人とそういう関係になった事も無くって。でも、ジゼルさんは、とても大切な人で、出来るならずっと、魚釣りをしたり、食事をしたりしていたいんです。その事を、いつも伝えようと思うんですけれど、なかなか難しくて・・・」
セイムは、一言一言をかみしめるように言った。
「うわぁ重い。お前重いよ」
「どういう意味ですか?」
「まぁ、いいやこの話は終わりだ2度とするな」
「メイプルさんが聞いた事じゃないですか!」
シャワーーーーー・・・・・。
「へへ、悪かったよ、むくれんなってこっち来てみろよ」
メイプルは、自分の位置へセイムの手を引いた。
「なんですか・・・?」
セイムは彼の顔も見たくなかったが、その感情はきっとすぐに薄れて消えてしまう
事も知っていた。
「ほら、あそこ」
セイムはゆっくりとメイプルが指さす方を見た。
それは、部屋の一辺にある曇りパネルの方だった。
はずだった。
さっきまで確かに白く曇って決して向こう側が見えなかったパネルは、驚くべきことに透明に透き通り向こう側が透けて見えていたのだ。
先程のメイプルの発言とこの施設のいかがわしさからセイムはすぐにその仕組みを理解した。
「ジゼルは、頭から洗うんだなぁ」
セイムは激怒してメイプルをパネルが曇って中が見えなくなる角度の位置へ移動させ自らはお城の守衛のようになった。
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