隠し味
「ふふ・・。あああああん・・・」
「ダメですよジゼルさん、歩きながら食べるなんて」
「・・・あら、そうですね。わたくしったら。あんまり美味しそうなのでつい」
「メイプルさんの分まで買っておけばそのまま、出向く理由にもなったのですが・・・。何処かゆっくり出来そうな場所は、見当たりませんね」
この街は恐ろしい事に、どこに目をやっても綺麗な場所など見当たらなかった。
屋内のレストラン(パブ)ならば座るイスくらいあるかもしれないと考えたが、どこで覚えた知識なのか、飲食物を提供する店にあらかじめ食べ物を持ち込むことはタブーとされている事をどちらかが思い出して口にすると、その計画もたちまち頓挫した。
二人は当てもなく街を彷徨って、ジゼルの『ジョズのホットカウチ』の湯気が段々と収まって、それと同時に彼女の顔も曇り始めてしまうと、その様子をすぐ横で眺めて居たセイムは大変心苦しい気持ちになって、結局手近な高さのガラクタの上に腰を下ろして暖かい内に食事をとる事にした。
周りでは、やはり大勢の汚い大人たちがカードゲームや喧嘩に精を出していたので幸いこの若者二人は景色に化けて漸く一息つくことが出来た。
「では、いただきます・・・」
セイムが『カウチ―ズサンド』の包みを開いて、ジゼルが早速その隣で、綺麗に並んだ白くて小さい歯を剥いてジョズのホットカウチをかじろうとした時だった。
「待てよ」
食事の前で弛緩しきった二人の意識は急激に緊張しドキリとして、同じタイミングで声のする方を振り向いた。
そこには、顎を半分機械に変えた金髪の男が立っていた。
男はパンパンに張り詰めたシャツから延びる黒ずんで毛だらけの腕をジゼルの方に伸ばして、ジョズのホットカウチを取り上げた。
泣きそうになるジゼルの顔を見て、あっけにとられていたセイムが騒ぎ出す前に男は言った。
「もっと旨くしてやるよ」
そして、取り上げたホットカウチの上にかかった赤いソースを、黒ずんだ分厚い舌でべろりと舐めとった。
「へへへ・・・。ほらよ」
男は欠けた前歯を晒しながら邪悪な微笑みを浮かべて満足そうにソースを味わうと、取り上げたホットカウチをジゼルに返した。
セイムはあまりの卑劣さにこんな奴の為に自分たちが不当に落ち込んだり怒ったりするのは何よりも馬鹿らしい事だと心の底から確信した。
なので。
「ジゼルさん、僕、本当はそっちが食べてみたかったんです!」
すぐにジゼルのホットカウチと自分のカウチ―ズサンドを交換して『この男特製の品』を勢いよくむさぼった。
あの食欲をそそる見た目から、想像もできない程に、ジョズのホットカウチは不味かった。
工業用の油の匂いがパンや極太のソーセージにすっかり染みついているのだ。
パリパリと張りのある皮に歯を突き立てるたびに、中から熱々の肉汁があふれ出して、その食欲をそそられる状況と実際に感じる味覚とのギャップにセイムは、しばし苦しんだ。
この残酷さはセイムにとって救いだった。
セイムが最後のひと口を口に押し込んだ頃に、男はどうするでもなく、満足そうな表情を浮かべてセイムを見た。
「ぼうや、お味はどうだ?ええおい?」
セイムは口の中の物をしっかりと飲み込むと爽やかな様子で顎が金属になった男を見た。
「とっても『コク』がありました」
男は口角をくいっと持ち上げて汚れの詰まった顔のしわを一層深めた。
「『コク』だと?」
知らぬ間にその場に居合わせた街の住民たちは、セイム達の反応に注目していて、おおよそ予想と違った反応が返ってきたので、いたるところで小さな嘲笑が上がる。
「コクだとよ」
「つまらねぇ」
「馬鹿が」
「ガキのくせに」
「なんだよ・・・」
「コクか・・・」
「ねぇ、もういこうよ・・・?」
「とっとと失せな」
大人たちの嘲笑がひとしきり止むと鉄顎の男はもう一度口を開いた。
「お前、気に入ったぜ。明日の夜、中央地区の店に来な。『ハンガー』って店だ。待ってるからよ。絶対来いよ」
男はそう言うと、一連のやり取りを伺っていた連中に小突かれながら、濡れた街へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます